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僕たちのオリンピック

 

田 敞

 

「羽生君かっこよかったわよね」

 とおばさんが言う。

「ほんとよね。けがしてたんでしょ」もう一人のおばさんも言う。

「よく勝てたよ。たいしたもんだ」と私も話を合わせる。

 私たちは、公民館の部屋が空くのを待っている。いつも早く来るおばさん二人と私とおじさん一人で、ダンスの靴に履き替えたりしながら部屋の前のロビーで待っている。前のグループはもう少しで終わる。 

「天性の素質があるんだね」おじさんが言う。

「持って生まれたって感じだもんな」と私が受ける。

「華があるのよね。きりっとしてて、それでいて笑顔があたたかいのよね」

 おばさんの目がとろけている。

「金取るには、天性の素質だけじゃだめなんだよ。努力なくしては何事も実を結ばないから。彼は限界超えた練習してるから怪我したんだ」おじさんが言う

「羽生は転倒が原因じゃないの」と私。

「転倒したのが直接の原因だとしても、それまでの練習で、筋肉も関節も悲鳴をあげてんだ。馬の背を折るのは最後のわらしベ一本だって言うだろ」

 おじさんがうんちくを傾ける。

「世界中のたくさんの子供が一生懸命練習して、いっぱい脱落していって、一握りの人が、夢の舞台に出て、その中のたった一人しか4年に一度の金メダルもらえないのでしょ。それなのに連破でしょ。奇跡よね」とおばさんが言う。

「そう思う。彼はなにか持ってんだよ。ジャンプの高梨なんか、ワールドカップでは先シーズンまでダントツの一位で、メダル逃したことなかったのに、銅だろ。でも銅とれてよかったよ。今年は一回も優勝できなくて、不振もいいとこだったのによく取れたと思う。この前のときは、優勝して当たり前だったのに、メダルさえ取れなくて。それからもずっと勝ち続けてたのにオリンピックの年になって若手に追い抜かれて、かわいそうに、って思ってたけど、よく取れたよ」

 私はひいきの高梨の話を出す。

「よく頑張ったわよね。金取らせてあげたかったわよね」もう一人のおばさんが言う。

「ほんと。前年のシーズンまでだれも勝てなかったのに、オリンピックシーズンになったらばたっと飛べなくなって。プレッシャーに弱いのか、持ってないのかわかんないけど、まあ良かったよ。喜んでたもん」と私。

「でもやっぱり悔しかったんじゃない。今度のオリンピックはもうだめでしょうから」おばさんが言う。

「そうかも、ワールドカップの優勝回数は断トツの53勝だもの。2位の人は13勝ぐらいだよ。それで肝心のオリンピックで金取れないんだから」

「カーリングも頑張ったじゃない。最初ルールが分からなくて、おもしろくなかったけれど、分かってくると結構面白のよね。ストーンが滑っていくときのはらはらがいいのよね」

 もう一人のおばさんが言う。

「そだね」おばさんが応える。

「彼女らはすごかった。まさかメダルを取るなんて思いもしなかった」カーリング好きの私も応える。

「実力以上に頑張ったから、すなおにうれしいんじゃない。金メダルの韓国と一勝一敗だし、それも接戦で、延長まで粘ったのはすごいよ」と私。

「パシュートもよかったでしょ」おばさんが言う。

「ぴったりそろえて滑るのは練習の成果だろうね。日本のお家芸だね」とおじさん。

「途中逆転されたときはもうアカント思ったけど、悠々と抜き返したもんね」と私。

「終わったみたい」おばさんが言う。

 ドアを開けて子どもたちが出てくる。私たちの前の時間はちいさな子どもたちがダンスを習っている。

「あの頃から習ってたら、今ごろ天使のように踊ってるかも」おばさんが言う。

「今頃一流のダンサーだわ。後の祭りだね」と笑う。

「みんなかっこいいのよね」おばさんが言う。

「そうよね」もう一人のおばさんもしみじみ言う。

 きっと大した努力もしないでのうのうと過ごしてきて、かっこいいことが何にもないまま歳をとってしまったことなんか考えたんだろう。

「いいんだよ。かっこなんか。俺たちはへたでも楽しくやれてるんだから。死に物狂いでかっこよく生きるのはあの人たちに任せてたらいいの」私は言う。

「そだね」立ちあがりながらおばさんがにこにこ言う。

「そだね」もう一人のおばさんが応える。

みんなにこにこで立ち上がる。なんてったって、もう、足を踏まずに踊れるようになったんだから。

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