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隙間
田 敞
とってもにぎやかだ。クラブ仲間で初めてのカラオケだ。みんなとっくに還暦を過ぎているから、カラオケはベテランだ。職場の飲み会で2次会にカラオケに行くのが流行った世代だ。
「私はどこにでも潜り込めるの」と隣のおばさんが言う。女性が2人で男が4人だから両手にカラス状態なのだ。あっち側の男が歌いだしたので私に話しかけてきた。あっちの男は一人だけ還暦前で、また、いけ面なのだ。マッチョだし。
「潜り込むって」
大音量の歌で聞き間違えたのかと思った。誰の布団にも潜り込むのかと思ったのだ。何ぼなんでもそれは不謹慎というものだろう。
「東京でお手伝いしてたの」
先ほどまで、3人で金の卵の話をしてた。あっちの男は金の卵が分からなかった。
「あの頃はね、日本が伸び盛りで好景気だったの」とおばさんが説明した。
「中学校を卒業したら、みんな東京に就職したのよ。集団で東京に出ていく写真が新聞に出たものよ。東京オリンピックの前で、すごく人手不足だったの。だから、その子供たちが金の卵っていわれたの。分かった」
「そっか。俺はまたなにかと思った」
と男は冗談ぽく笑った。世代の断絶だ。
「それで夜間の学校に通ったの。私は隙間があればそこにもぐりこんでなんとかやっていけるのよ」
「へえ、すごいなあ」と私は言う。
歌がうるさくて聞き取るのが大変で、耳を口元に寄せなければよく話が分からない。で自然に寄り添うようになる。困ったおじさんだ。
あの当時はそんなふうにしていた金の卵はいっぱいいた。兄も夜間高校に通っていた。親はみんな貧乏してたのだ。それなのに、親の苦労を少しも考えずにごくつぶしをしていたのを思い出して、親はどんなに大変だったろうなんて殊勝なことを思ったりする。
「それで資格取ったの」
「その資格で今も働いてんだ」
「そうそう」
「悠々自適で、年金暮らしすればいいのに」
「働くの好きなの」
彼女は同じ年なのに、いまだに現役で働いている。
「ちょこっと隙間があれば、潜り込んで働くの」と笑う。
そうやっていろんなところを渡ってきたのかな、と思う。今は、こんな田舎で、小さな事業所の事務をやっていると言っていた。
「おれなんかだめだな。怠け者で。たあだしがみついてやってきただけ」
「旦那は働かないの」というのが答えだ。
「へええ」
「遊び人」
「なんにもやらないで遊んでるんだ」
「じゃ、ひもじゃない」
「そう、ひも」とニコニコしている。
「なんでほっぽり出さないの」
少し考えてから、
「働くのと働かないのと、しっくりするのよ」
彼女はニコニコ手を合わせる。両手の指を少し開いて、それぞれの間に指を入れて隙間をぴったり埋めるように。
「ね、デュエットやろ」
その手を外して彼女が言う。
「これ誰」次の曲が出たので、向こうから声がかかる。
「ア、私だ」と彼女が言って渡されたマイクを持つ。立ちながら、「ギンコイ、ギンコイ」と前奏に負けない声で言う。
私は予約の機械を引き寄せる。
そういうものかもしれない。夫婦なんて何が良くて一緒にいるのか。私も長く夫婦やってるけど分かったためしがない。彼女のいうように、結構、出るとことへこむとこで埋め合わせしているのかも知れない。だいたい、人間のやることなんだから、完ぺきなんてないし、足りないとこだらけが当たり前なんだから、それでなんとか足して1になる式にやってるんじゃないかあ。元々、半分どうしがくっついて生まれてくるのだからそんなもんでいいのだろう。うちだって、まあ、人のこと言えたもんじゃないし。だから、それぞれ女房や旦那をほったらかして、とっくに還暦超えたお爺さんおばあさんがカラオケやってる。
隙間埋めるのにちょっとだけ飽きて、ちょっと他の隙間見つけたくなるのかもしれない。