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避難小屋
著者 田 敞
「やあ、こんばんは」と声をかける。
公民館のロビーの長椅子に二人は腰掛けて話し込んでいた。「こんばんは」と二人がこちらを見て笑いかける。吉田さんと光村さんだ。吉田さんは、同じ年くらのお爺さんで、いつもニコニコ話す。光村さんもたぶん同じ年くらいだろう、おしゃべり好きのおばさん。私がお爺さんだから、お婆さんだ。
部屋をまだ前のサークルが使っているので、終わるのを待っている。
二人は、また続きの話に戻っている。
「3坪以下なら、許可いらないんだろ」
吉田さんが言っている。
「いるのよ」と光村さんが応えている。
「どうして」
「自分の庭に建てるのなら、建築許可はいらないけど、何もない所に新しく建てるときはいるのよ」
「そうなんだ。俺はいらないとばっかり思ってた」
「じゃ、設計図なんかいるんだ。これで大丈夫かな」
「もう少しちゃんとしたのがいるわよ」
「ほらこれ」
と紙を2枚私に見せる。設計図だ。
吉村さんはこの前のサークルのときに同じように待っているときに那須に小屋を建てる話をしていた。光村さんが、2級の建築師だというので、設計頼むなんて言っていたので、持ってきたのだろう。
「やあすごい、さすがだね。キャド」と聞いてみる。ちょっと、知識をひけらかしたのだ。
「そう」
「じゃ、ちょちょっと書いてくれる」
光村さんがちょっと困った顔をしている。
「ちゃんとしたのなら、設計料払わなくちゃだめだよ」と助け船を出してやる。彼女はまだ現役のプロなんだから、仲間といっても、それはそれこれはこれだ。
「建ててどうするの」と私は聞く。
「みんなで集まって、バーベキューできるかと思って」
吉田さんはニコニコ答える。
「いいな」と私もニコニコ言う。
でも、だれが那須の小屋までバーベキューしに行くだろうとは言わなかった。
「温泉がいっぱいあるから、そこでゆっくりしてもいいし」
「そうだわ、あそこら日帰り温泉いっぱいあるからいいわ」
「山ん中で、独りでゆっくりするのもいいし。使い道はいろいろあるよ」
吉田さんはうれしそうだ。
一泊でもするなら、電気も水道もトイレも必要だ。たんに小屋というだけでは済まないだろう。
私だって、田舎暮らしの本など読んでいるのだ。
先日図書館で田舎暮らしの雑誌を見た。その本によると、退職した人たちを対象にした移住を推進している町もたくさんある。移住しやすいように、いろいろなサービスが特典としてある。移住を考えている人はたくさんいるのかもしれない。都会は働く人たちに開放して、役立たずの年寄りは田舎に行ってろという政府の方針かもなどと、いじけたことは考えない。たぶん、やっと仕事から解放されてホッとしたところで、どこか遠くへ行きたくなる人がたくさんいるのだろう。アフリカで生まれた人類が、とことこ歩いて、南米の最南端まで歩いたのだ。まあ、退職した年寄りが歩いたのでは子孫が残せないから、みんなで田舎暮らしにあこがれて歩いたのかもしれない。
前、一緒にダンスをやっていたおじさんも退職してこちらに家をたてて、奥さんを置いて独り暮らしをしていた。
ずうっと、仕事仕事で明け暮れて、やっとそこから解放されたら、そのしがらみから逃れて、どこか遠くで新しい人生を始めたくなるのかもしれない。つれあいや、子供とさえ離れて、新しい海や山と向き合いたくなるのだろう。
仕事で知り合った人たちとは、縁が切れた、見回すと、他には妻と子供だけだ。子供が独立していれば、話し相手は妻だけだ。
一切のしがらみを捨てるにはもってこいだ。未練はない。ひとりでどこか遠くへ行って、知らない山や知らない海やに向き合って、新しい場所で新しい人とあって、新しい人生を始めるにはもってこいだ。
でもなかなかそうはいかない。ふんぎる勇気もない。
遠くへは行けないから、近くで間に合わせる。公民館はもってこいだ。新しい知り合いができ、新しい関係ができる。逃げ出す必要もさしてない。そこで、小屋をたてる。そこで、田舎暮らしの雑誌を見る。
夢の第二の人生だ。夢は夢。そのとおりだ。
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