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ダイエット


 著者 田 敞


「この服着れたの」と久美子がうれしそうに言う。

 姿見の前で、あっちこっちポーズを取りながらニコニコ顔だ。

「3月には、着れなかったのよ。ここがパッツラで」

 ベストの前を引っ張っている。私は朝刊から目をあげてそれを見る。

「ほら、こんなだったの」と、ベストの中に両腕を入れて膨らませて見せる。

 たしかにブカブカだ。腕2本入れてもまだ余裕がある。

「へええ、すごい」

「すごいでしょ」とまた姿見に正面の、横の、斜めのと、ポーズを取って見とれている。

「激やせだ」

とすかさず称賛する。後が怖いからだ。

「3カ月でそんなに痩せたんだ」

「3カ月。ええっと、4,5,6でしょ。そうだわ、ほんと3カ月」

 指折り数えて感心している。とっても嬉しそうだ。

「バード様さまだね」 

4月になって、それまで何年も本を抱えてごろごろしていたのが突然起きあがったと思ったら以前やっていたバードゴルフをまたやりだした。最初週2日だったのが、すぐ週6日になった。1日は、バードゴルフ場が休みなのだ。とても残念そうだ。その上、畑や栗畑の草刈りや生け垣の剪定やと、働くこと。今は、それに加えて、卓球や、エアロビクスまでやっている。

でもさすがに昨日は疲れたと言って、バードもエアロビクスも休んで寝ていた。午前中に母親を買い物がてら散歩に連れて行ったのが応えたのだろう。おそらく店まで2キロほどはあるだろう。車だと5分もかからないけど、歩きだと30分では着かないかもしれない。その上、行きはだらだらの登りがずっと続く。昨日は梅雨の曇り空で、暑くはなかったといっても、そこを車椅子を押しながら往復したのだから、考えただけでもオットットと私ならしり込みする。買い物が多すぎて、預けてきたといって、車で取りに行っていた。母親は出かけるのはデイケアーしかないから、たまに買い物をすると嬉しくて、ついつい買ってしまうのだろう。

で午後からバードゴルフに行かずに少し寝てたと思ったら、起き出すなり、草刈りだと言って草刈り機を持ちだした。夕ご飯を作ったまではいいけど、疲れたと言ってほとんど食べずに朝まで寝ていた。

今朝はちょっと寝坊して新聞を読んでいると、とっくに起きていたのだろう久美子が、隠居の母親の世話から帰ってきて髪染めに行って来ると言っておしゃれしている。もう元気いっぱいだ。まあ、不死身だ。

 それで痩せた自慢話になった。

 「それを俺に移したな」

 と立ちあがって自分の腹をたたく。

 え、という顔をしてから、私の腹を見てオホホと笑う。近寄った私の腹を叩いて「中性脂肪」という「違うの内臓脂肪」と答える。

「なんとかしたら。薬飲んでる」「あれは中性脂肪を下げる薬。内臓脂肪じゃないの」

「少し歩いたら」と鏡をのぞきこんで化粧しながら言う。

「だよな。最近サボってるもんな」

このひと月ほど歩くのをさぼっている。歩くと疲れて、草刈りができないから、と理由づけして、結局なんにもしないでゴロゴロしている。ひょっとしたら歩く目標がなくなったからかもしれない。足がある程度治ってからは少しは歩いていた。それが四国遍路はもう無理だな、と思い始めたころから歩かなくなった。

「じゃね、行って来るね」

バックを抱えて鼻歌でも出そうだ。足なんか、なんだか畳から少し浮きあがっているようだ。

 私もなんとか動かなくちゃ。このままではごろごろ爺さんになって老年太りもいいとこになってしまう。寝たきりなんてまっぴらだ。目標を寝たきりにならないように、に切り替えてまた歩かなくちゃ。ああ、まだそんな歳じゃない。目標は高く掲げなくちゃ。