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 ひよどり


著者 田 敞


「赤い実みんな食べられたわよ」

 隠居から庭を通って帰ってき他久美子が、炬燵に入りながら言う。

私は炬燵に足を突っ込んで座イスに持たれながらテレビを見ている。このごろはすっかりテレビ守り爺さんだ。

「これくらいの高さで、いっぱい赤い実が付いてたの」

「ああ、万両」

「塀のところの南天も」

「この前二日ほどバナナ置かなかったからな。腹減っちゃったんだ」

 庭中の万両の実と、南天の実がすっかりなくなっているのに昨日気が付いた。バナナを置かなかった腹いせということでもないだろう。腹が減ったのだろう。万両も南天も私が植えたのではなく、勝手にいたる所に生えてきたものだ。おそらくヒヨドリがした糞に種が混ざっていたのだろう。万年青や美男蔓や、しゅろや、榎が抜いても抜いても生えてくるのも彼らの仕業だ。庭は彼らの畑なのだ。

 冬ばれの庭のマグノリアの枝にいつの間にかひよどりがポケッととまってこちらを見ている。今日はバナナを食べてもう満足しているのだろう。

おとなしそうに止まっているけれど、いざ、他のひよどりが来ると、すぐ喧嘩になる。くんずほぐれつ、取っ組み合いをやりながら落ちてきて、地面を転げ回る時もある。二羽とか三羽でやってきて少し離れて止まっている時もある。家族なのだろうか仲良しな組み合わせもある。

「最近四十雀見ないな」

「そう」

「エナガも来ないし、アオジもいない」

「ひよどりが意地悪してるんでしょ」

「そうかも」

 今年の冬はアオジが来ない。緑っぽい雀のような鳥で、冬になると毎日庭にきて地面をつついていたのだが、今年は見かけない。枯れ葉をいつもくちばしではね飛ばしていた、ひよどりくらいの胸の白い鳥も来ない。去年はアオジと共に毎日訪れてくれていたのに、残念だ。目白は、もう何年も見かけない。

 テレビはニューヨークパークの小鳥の話をしている。ニューヨークパークは、熱帯から北へ渡っていく鳥たちの通り道だそうだ。それでかどの鳥も派手派手だ。

 「うちの鳥は地味だなあ」と久美子に言う。

 「派手なのはじょうびたきぐらい」と久美子が言う。

「あれくらいかな。それだって、地味だもんな」

 うちの庭に来る鳥はたいがい茶色か、灰色かだ。派手気味なのはジョウビタキくらいだ。それでもテレビの鳥に比べればまるきり地味だ。

「熱帯の鳥だから派手なのかしら」

久美子が言う。

「たぶんそうだわ」

 赤や黄や青やの原色の派手はでの小鳥たちだ。それが、熱帯からニューヨークを通ってずっと北まで渡っていくという。白鳥や鶴のように大きな鳥ではない。小さな鳥が何千キロも旅をするという。

「あれみんな恐竜の生き残りだから」

「そうよね」久美子も感嘆する。

 あの、小さくて、派手はでに着飾った小鳥たちが恐竜の生き残りなのだ。白亜紀末の、大量絶滅を生き残った唯一の恐竜なのだ。巨大なクビナガリュウや、恐ろしいティラノザウルスが生き残ったのではなく、恐竜の中で一番ちっぽけな小鳥が唯一生き残った。不思議なことだ。

 哺乳類も大量絶滅を生き残ったけれど、不思議なことにその当時はみんな小さくてあんまり強そうなのはいなかったようだ。その後哺乳類はいろいろ進化したけど、サーベルタイガーなどというおどろおどろしい虎は今はもういない。

 ライオンだって、虎だって今は息絶え絶えだ。ヌーはたいした武器は持たないけれど、大群で草原を疾走している。ネズミなんて、チェルノブイリの事故のあとも大繁殖しているという。人間なんかも「おれが一番だ」なんて豪語しているけれど、5000万年後生き残っているかどうか怪しいものだ。1億年たったらおそらくいないだろう。たぶん頑張って500万年じゃないだろうか。かつての海の王者たちも、陸の王者たちも、空の王者たちも今は1頭もいないのだから。

「最近は、鳥の数が減った」と、ニューヨークパークで長年鳥を観察している人が言っている。

「渡りの途中に壁ができたからかな」

 久美子はきょとんとする

「トランプが言う前にもう3分の2はできちゃってるっていうから」

「まさか」

 生息地も、越冬地も、渡る途中も環境が変わっていってるのだろう。人々は山を切り開き、熱帯雨林を切り開き、どんどん、町を作り、畑を作っている。まあ、仕方がないことだ。ニューヨークパークに渡り鳥が多いのも周りが大都会で行き場がないからだとテレビのおじさんが言っている。まあ、仕方がない。

 庭で、ちいちゃな鳥が10羽ほど梅の枝や、木瓜の枝の中で飛びまわっている。

「えなが。四十雀もいる」

「ほんと」

「噂はしてみるもんだ」

「水浴びに来たんだ。羽づくろいしてる。さっき久しぶりに水取り換えたから」

「よくわかるわね」

「ずっと晴れてたから、水ないんだよ」

久しぶりに、水浴び用の大皿を洗って水を入れた。しばらく、外の水道が凍っているのを言い訳に水を入れなかった。その水道が今日は朝から出る。盆栽にも水をやった。

「この寒いのに、よく水浴びするよ」

「ほんとね」

 久美子はこたつで寝転んで本を開く。私は座椅子に持たれて外を見る。えな蛾たちはもういない。ひよどりが一羽とまってこちらを見ている。

 日が強くなったのか空がまぶしい。もうすぐ立春だ。