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「アインシュタインが考えたこと」について10
(「アインシュタインが考えたこと」佐藤文隆、岩波ジュニア新書31)
著者 高田敞
(以下{ }内は上記本からの引用です)
{光が曲がる}(P100)
問題
{いまエレベーターの箱があって、その一方の壁から他の壁に向かって、光を真横に発射したとします。光は、エレベーターと共に落下している座標系で真っすぐ進むのです。ところが、この光の進む道筋を地面に静止した座標系から見ると、曲がってきます。なぜなら、右の壁から左の壁にいくあいだに時間がたっているわけだから、光はスーッと落下するはずです。光が左の壁についたときには、エレベーターの中で同じ高さにあった発射点の位置は、下に落ちているでしょう。だから光もスーッと下に落ちて進むのです。}
考察
問題点1
{光は、エレベーターと共に落下している座標系で真っすぐ進むのです。}
考察
これは実際の実験で確かめられていません。したがって仮説です。光が高速すぎるから実際に実験できないということにしても、実験で確かめられていないから、科学では仮説の域です。
したがって、この「光が曲がる」という実験は仮説を出発点にしているので、結論も仮説になります。最初の仮説が間違いだと、結論ももちろん間違いになります。
この実験は、まず、{光は、エレベーターと共に落下している座標系で真っすぐ進むのです。}ということを実証することから始めなければなりません。
そして、この仮説は間違いだと私は考えます。以下、そのことを書いていきます。
問題点2
上と同じ問題
考察
光が、落下している座標系で真っすぐ進むためのエネルギーが説明されていません。エレベーターは、加速して地球に向かっているから、その中で真っすぐ進むには光は加速しながら地球に向かって縦滑りするように進まなくては真っすぐ進めません。光が加速しながら落下するには、何らかのエネルギーが加わり続けなくてはなりません。そのエネルギーはどこから来たのか、説明がありません。
ちなみにエレベーターが加速しながら地球に向かう(落下という)エネルギーは、地球とエレベーターが引き合う万有引力です。しかし、光には質量がないから万有引力はありません。地球の万有引力も、質量のない光を引きつけることができません。
エレベーターが落下する原理はニュートン力学や、実験で科学的に証明されていますが、光が、エレベーターの落下と同じ加速度で地球に落下する原理は存在しないし、実証もありません。
問題点3
光が、落下するエレベーターの中で真っすぐ進む原理を{光が左の壁についたときには、エレベーターの中で同じ高さにあった発射点の位置は、下に落ちているでしょう。だから光もスーッと下に落ちて進むのです。}と説明しています。
考察
発射点の位置が下に落ちるのに伴って、同じ加速度で光も落ちると述べています。
これは光速度不変の原理に反します。光は、光源の動きに影響されないという原理です。ところが、ここでは光源(発射点)の動きに発射された光が完全にシンクロしています。矛盾です。
(この光速度不変の原理は、この本でも相対性理論の原理としてよく登場しますが、ニュートン力学から推論できる原理です。光は慣性質量がないから光源の速度を保存できない、ということです。特殊相対性理論が原理としている、光は何物にも光速度であるという光速度不変とは異なります)
問題点4
{ところが、この光の進む道筋を地面に静止した座標系から見ると、曲がってきます。}
考察
どの座標系も対等であるというのが相対論だとこの本には書いてあります。すると、落下するエレベーターに静止した座標系と、地面に静止した座標系は対等であるはずです。
したがって、エレベーターに静止した座標系から見ると光が真っすぐ進むなら、地面に静止した座標系から見た光も、地面に静止した座標系に真っすぐ進むはずです。
エレベーターに静止した座標系に真っすぐになり、地面に静止した座標系には曲がるというのでは、座標系は対等でなくなります。エレベーターに静止した座標系が上位になります。矛盾です。
問題点5
問題点3の回答が、{なぜなら、右の壁から左の壁にいくあいだに時間がたっているわけだから、光はスーッと落下するはずです。光が左の壁についたときには、エレベーターの中で同じ高さにあった発射点の位置は、下に落ちているでしょう。だから光もスーッと下に落ちて進むのです。}ということです。
考察
これでは、やはり、エレベーターの座標系が先にあって、地面に静止した座標系が後になっています。座標系に優劣がついています。
しかし、それは上に書いたので置いておきます。
光がなぜエレベーターともに落ちるのかという疑問も、問題点2で書いたので置いておきます。
ここでは、座標系のあと先から考えてみます。
この本では、まず、エレベーターの座標系の中から見ると、光は真っすぐ進み、それを、次に地面に静止した座標系から見ると曲がるということでした。
では順序を反対にしてみます。先に地面に静止した座標系から光を見てみます。相対論では、地面に静止した座標系に対して光は真っすぐ進みます。落下するエレベーターの座標系から見たのと同じ現象です。
それをエレベーターの座標系から見てみます。
光がまっすぐ進む間に時間が経過します。その間に、エレベーターは落下しています。すると、地上に対して真っすぐ進む光に対してエレベーターが落下しているので、左の壁に光が当たる場所は、右の壁の光源の真向かいの左の壁の上の方になります。エレベーターの中の人から見ると、光は上に向かって放物線を描くように見えます。
まとめ
|
エレベーターの座表系から見た光の進路 |
地面に静止した座標系から見た光の進路 |
先にエレベーターの座標系から光を見た場合 |
真っすぐ |
下に曲がる |
先に地面に静止した座標系から光を見た場合 |
上に曲がる |
真っすぐ |
このように、光を見る座標系の順序によって、光の進み方が異なってきます。
矛盾ができます。
結論
なぜこのように矛盾が生じるのかというと、光が座標系に対して、まっすぐ進むという考え方が間違っているからです。座標系は、実質の何かではなく、抽象的な概念にしかすぎません。したがって、光は座標系からどのような力も受けません。また、座標系は光を屈折させるような物質も構造も持っていません。したがってエレベーターの座標系からも、地上の座標系からも影響を受けないので、そのどちらに対しても真っすぐ進みません。光はそれらを無視します。なにも無いのですから。
では光は何に対して真っすぐ進むのでしょう。ニュートン力学では簡単です。絶対静止空間というものを考えます。座標系で言うなら、この全宇宙を包む座標系です。この世界で唯一実質的に静止している座標系です。エレベーターや、列車や、地球などのように、座標系の外から見ると動いている座標ではありません。外がない座標です。
光はそれに対して光速度で真っすぐ進みます。また地球もそれに対して独自の動き(自転し、太陽を公転し、銀河系の中を公転し、銀河系と共におとめ座銀河団の方に突進し、している地球の実質の動きです。
光も地球も動いているので、相対速度を変えます。したがって光は地球に対して曲がって進みます。実際に、星の光が地球に対して斜行しているのが観測されています。これを光行差といって、常に観測されています。
同じように、エレベーターに対しても光は曲がります。エレベーターは加速しているので、放物線を描いているように観測されるはずです。
また、宇宙背景放射の観測でも、地球の進行方向から来る光は青色偏移し、後方から来る光は、赤方偏移していることが観測されています。光が、地球に対して相対速度を変えているという事例です。
これらの観測は絶対静止空間に対して光が光速度であるということで説明できます。
相対論のいう、光は何物にも光速度であるなら、地球に対して星の光は、エレベーターの中の光のようにまっすぐ当たるはずです。また、前方から来る光も後方から来る光も地球に対して光速度で当たるとしたら、光はどちらの色にも偏移しないはずです。ところが観測事実はそうではありません。
相対論の仮説は実際の観測には一致しないということですから、相対論は間違っているということになります。間違った仮説だから、上に書いたような矛盾や、説明不可能なエネルギーの作用が現れるのです。
ニュートン力学では、光は、絶対静止空間に対して光速度で真っすぐ進みます。光源がどのような速度で動いていても、その速度には影響されずに、光固有の速度で宇宙空間を直進します。こちらの方が実際の観測と一致します。したがってこちらが当たりです。
問題
{アインシュタインは以上のような考察から、星の光がたとえば太陽をかすめて通過する場合、太陽の近くは大変重力が強いですから、光はたぶんそこで曲がるだろうという予想をたてました。}
考察1
アインシュタインは、光は地球大気で曲がるということを知っていたでしょう。蜃気楼、カゲロウ、逃げ水など、空気による光の屈折現象の原因は解明されていましたから。また、太陽や、星が、計算上の時間より水平線から早く登ったり遅く沈んだりする現象も知っていたでしょう。凡人の私でさえ知っているのですから。
すると、太陽をかすめる星の光も、太陽大気で屈折すると類推できたでしょう。
実際、エディントンの観測した星は、コロナの中に写っています。星の光は太陽大気の中を通過しているのです。すると、星の光は必ず屈折しているはずです。
アインシュタインが知らなかったはずはありません。そうでもないか。今の物理学者は、みんな、太陽大気の中に写っている星の光は、重力で曲がるが、大気では曲がっていないと信じ切っているのですから。
不思議な現象です。地球大気は星の光を屈折させるが、太陽大気は星の光を屈折させないのです。そんなことはあり得ません。
エディントンの観測した星の光は、太陽大気で屈折しているのであって、太陽重力で曲がっているのではありません。その証拠の一つが、エディントンの観測した値が、ばらつきがあったことです。重力としたら、太陽重力が大きく変動していることになります。太陽重力が瞬時に変動するということはありません。すると、光の曲がり方は一定になります。ばらつくことはありません。ではなぜばらつきが観測されたのか、相対論では説明不能です。そこで、相対論者は、観測機器がよくなかったとかいって、誤差のせいにしたりしています。そうでしょうか。
太陽大気としたら、問題はありません。太陽大気は激変しています。屈折率がつねに激変しています。観測値が瞬時に変わるのは当たり前です。
これは、地球でも観測されています。地球大気の変動で、星の光がまたたいています。同じ現象です。冬、日本の上を偏西風が通るので、星がよくまたたくと言われています。
重力が原因なら、観測値は同じでなくてはなりません。大気による屈折なら、同じであるのは不可能です。
エディントンの観測値のばらつきは、太陽大気の屈折のために星の光が曲がったとう方を示唆しています。
考察2
{光は、エレベーターと共に落下している座標系で真っすぐ進むのです。ところが、この光の進む道筋を地面に静止した座標系から見ると、曲がってきます。なぜなら、右の壁から左の壁にいくあいだに時間がたっているわけだから、光はスーッと落下するはずです。光が左の壁についたときには、エレベーターの中で同じ高さにあった発射点の位置は、下に落ちているでしょう。だから光もスーッと下に落ちて進むのです。}
と述べています。
このことから、光はエレベーターの落下速度と同じ加速度で落下するということがわかります。ということは地球の重力でも光は十分曲がります。何せエレベーターの右から左にいくあいだに曲がっているのがわかるというのですから。
まあ、光が地球を通りすぎるには、10分の1秒もかからないから、光が落下するとしてもそんなには曲がらないでしょうけれど、観測できるのではないでしょうか。
考察3
(マイケルソン・モーリーの実験)
マイケルソン、モーリーの観測した光は、まっすぐだと相対論者は言っています。この実験は、地上で行われているので、落下するエレベーターがなくても光は落下の法則どおりに落下しているはずです。縦と横の速度の微妙な違いを観測できたのですから、光が落下することでおこる速度の違いも観測で来たはずです。このときの実験では、光が地球の重力で、物体の落下の法則と同じ加速度で落下するということは微塵も触れられていません。なぜなのでしょう。もちろん、光は地球の重力では落下しないと考えていたからでしょう。一般相対論がまだなかった時代ですから。でも現象は、人間が知ろうと知るまいと、同じに起こるはずです。一般相対論という論があろうとなかろうと、光が、エレベーターと共に落下するなら、マイケルソンとモーリーの実験のときも光は落下していたはずです。それとも落下するエレベーターがなければ光h合落下しないのですかね。座標系を落下させなければならないのでしたか?
結論
ところがなぜか今も光は地球の重力では弱すぎて曲がらないと考えているようです。エレベーターの落下速度で光も落下しているのに。不思議なことです。
また、光がエレベーターの落下速度で落下するとしたら。光は光速を越えることになります。特殊相対論に矛盾します。[エレベーターの中の光の速度=光の横に進む速度(光速度)+落下の速度]となるから落下の速度分だけ光速を越えることになります。