空いっぱいに蝉時雨第11章の5
  「そろそろ来てもいいかもね。」
 時計は午前三時を指している。
 シフスは、それが反撃のことか、ハン達からの知らせのことかはかりかねる。 「最悪だな。」
「なにが。」
「いや、最後が縛り付けられたままボンじゃ、大昔の死刑みたいだなと思って な。」
「悪あがきできないだけいいかもよ。」
 リサが、嵐の音に負けない声で怒鳴るように言う。
「後三時間か。」
「順調に行ってればね。」
「あっちも嵐かな。」
 シフスの脳裏を、彼らが墜落していれば、という思いがかすめる。
「それはどうだか。中心がこっちにあればぎりぎり逃げてると思う。」
「とにかくこれからだ。見つかるもみつからないも。」
 シフスは、自分の迷いをごまかすように、まごまご言う。
「今、どの辺りだ。」
「後、千キロあるかないかね。」
「いや、俺達。」
「操舵室じゃないと無理ね。行く気ある。」
「行きたいけどこれじゃな。」
「どこでも大差ないわよ。死に場所のアドレスなんて、だれかに知らせるの。」
「いや、せめて、ハーグの方へ向いてたいと思ってな。」
「律儀ね。でも無理よ。なんにも出来ないわ。」
「くそ、だな。」
 船は時折ほとんど横倒しになる。これで、木っ端みじんだろうと思っても、そ のたびに、壊れずに、船はまた立ち直る。

 「後一時間半ね」
 リサが、独り言のようでもあり、話しかけるようでもあるように言う。
「ああ。」
 船はまだ持ちこたえていた。
 リサと、シフスは、それぞれのベットにしっかり縛り付けられていた。
 もし、ハン達が順調なら、テイオウに攻撃されても不思議ではない距離に近づ いているはずだ。もし、キラー衛星からの電子砲なら、やられたのもわからない うちに蒸発しているだろう。レーザー砲でも、結果は同じだ。  シフスは、じりじりとその瞬間を待つ。せめて、死ぬ瞬間くらいは意識したい と思う。これで終わりだと思うことさえ出来ないのはあまりにつらい。叩きつける波の音のなかから、甲板をぶちこわしてくるだろう砲の音を聞き取ろうと、 必死で耳を澄ます。その音より早く、自分は蒸発しているだろうとは思っても。
 二人は待ち続ける。      


(11章の5おわり、空いっぱいに蝉時雨11章の6に続く

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『妹空並刻』