空いっぱいに蝉時雨第11章の4
   波はもう絶え間なく船を叩きつけている。ミサイルの発射まであと5時間。
 どこまで近づいたら攻撃機と見なして反撃してくるのか。シフスは、船室の手すりにしがみつきながらじっと待つ。
 俺はくそだめになっちまった。シフスは怯えている。あの日から、俺は腑抜けになっちまった。
 突然、無線機が呼び出しのコールを鳴らす。激しい波の音のなかでも、はっきりと二人に届く。
「キングアーサー、受信していたら応答願います。」
 ハン達ではない。彼らなら、直接この船の名前を呼んだりしない。二人はもう一度呼び出し音が鳴るのをじっと待つ。数秒後、もう一度同じ声が聞こえる。間違いなくこの船を呼び出している。
「どうする。」
「なんだと思う。」
「わからない。」
「ほっとくか。」
「いや出てみよう。何か、情報が入るかもしれない。」
「そうだな。ここで疑われてもだいなしだからな。」
「こちらキングアーサー、どうぞ。」
「こちら、Y7153海難部。低気圧がそちらに接近している。至急非難されたし。詳しいことは、ネットで送る。」
「わかった。ありがとう。」
「そちらは、もうかなり波が高いだろう。大丈夫か。」
「ああ、今のところは大丈夫だ。」
「そうか、じゃ、北東に進路を取って、ケルゲレンへ向かえるか。」
「オーケー、そうする。」
「救助が必要なら、このままの周波数ですぐ呼べ。チャンネルは開けておく。」
「いや、その必要はないだろう。」
「わかった。だが、念のためだ。冒険もいいが、命あっての物種だぞ。彼女は、かなりきつそうだ。」
「サンキュー。その時はよろしく。」
 シフスは、努めて気楽な声を出す。
「まずいな。」
 送信のスイッチを切ったあと、言う。
「確かに。場所が完全に捕まれてる。だが、まだこの船のことはわかってないって事だ。」
「それもそうね。だけど、よくこちらの船の名前までわかるわね。」
「あいつは化けもんだからな。で、どうする。」
「なにを。」
「進路さ。」
「このままよ。」
「それはわかってる。俺が言いたいのは、疑われるんじゃないかってこと。」
「いいじゃない。今更、どうしようもないんだから。見てみなさいよ。」
 リサが指さす、暗いなかに見えるマストには帆がなかった。
「さっきまで、前に小さな帆があったけど。波に消えちゃったわ。」
「進路も何もないってわけだ。」
「そ、あとは波まかせ。」
「テイオウが早いか、嵐が早いかってとこか。」
 話している間も、二人は手すりにしがみついている。床にへばりついてるのがやっとだ。
「こいつはちょっとひどいな。」
「どう転んでも最後にはまっすぐ立つように出来てるから大丈夫よ。」
「その前に、こっちが参っちゃうよ。」
「ベルトしめた方がいいかも。」
「最後くらい、もう少しかっこよく決めたかったのにね。」
「確かだ。船酔いでげろ吐きながらじゃ話にならん。」
 船は、波の谷間から一気に頂にかけ上ったかと思うと、一瞬で、谷間に滑り込み、激しい音と振動とともに波に潜り込む。
「おい、無線きっといた方がよくないか。」
「送信の電波はでてないわ。」
「いや、自動緊急無線。メーデーでも発信されたらおしまいだぞ。」
「大丈夫。元々そんなもの積んでないわよ。」
「そうか。」
 救助はなしか。おぼれるのは苦しいな。シフスはふっと思う。
 波は、ますます高くなっていくようだ。シフスは、波のぶつかる音のなかに、船の壊れる音かそれとも何かわからない、テイオウの攻撃の兆しを聞き取ろうと耳を澄ましている。
「交代で、少し眠る。」
 リサが言う。
 シフスは答えない。船は、砕け散りそうな勢いで、波に持ち上げられては落ち込んでいる。

       

(11章の4おわり、11章の5に続く


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『妹空並刻』