ジャスミンの風

                                         
                                           
「羌」を訪ねて敦煌へ−中国シルクロード紀行−10




 翌朝市バスで街中へ出て、少々迷ったが一昨日着いた町はずれ
にある汽車站(=バスターミナル)を探し出して、トルファン行き夜行
バスの切符を購入(約2,100円)。そこから絲路(シルクロード)賓館とい
うホテルを目印に15分ほど歩いて街中に出て、敦煌に行ったら訪れ
たいと思っていた夜光杯工廠に立ち寄る。「葡萄の名酒 夜光杯 
飲まんと欲して琵琶馬上に催す 酔うて沙場に臥すも君笑う莫れ 
古来 征戦 幾人か回る」という涼州詞(唐の王翰の詩)で知られる甘
粛省名産の夜光杯は、日本語の話せる店員によると、南側に連な
る祁連(キレン)山脈のみで産出される墨玉(ボクギョク)という玉石から
加工される、とのこと。楽しみにしていた加工過程は、ちょうど工場
が拡張工事中ということで見ることはかなわなかったが(現在市内
の別の場所で製作しているとのこと)、墨玉の原石,それから削り出
したサンプル,薄く研磨する途中のもの,仕上がった杯 という実物を並
べて見せてもらうことが出来た。製品を光に透かしてみて緑色が多
いほど質の良い杯だと言う。また、姿形の小さい杯ほど強い酒を入
れて飲むのが通とのこと。手にとってみるとガラスのように透ける
ほど極薄に削ってあるので、原材料が石とは思えないほど軽い。後
日トルファンから帰ってきた日に再び立ち寄って、小さいのを幾つか
選んで土産用に買うことにした。


[夜光杯]



[沙州市場に立ち並ぶ売店]
 古来、沙州(サシュウ)と称される敦煌は広大な砂漠に囲まれた中でのオアシ
ス都市であって、東西の人々が行き交うシルクロードの交差点であった。こじ
んまりした現在の街中には、羊肉等のウイグル料理を含む様々な料理を楽
しむことのできる食堂広場や各種香辛料や瑞々しい果物等を店先一杯に並
べた屋台が連なる沙州市場と呼ばれる一角があって、涼しくなる夕方以降に
なると多くの人々で賑わうという。広い陽関東路を挟んでその向かい側に、
門前にラクダの彫刻のある「敦煌市博物館」が建つ(入場料無料であるがパ
スポートの提示が必要)。シルクロードや玄奘三蔵法師の行跡を記した模型と
か、紀元前からの絹織物の半切れ(時代が新しくなるにつれて色彩や図柄が
美しくなってくる)等が展示されている。

 入口に日本語の話せる係員が居たので、予め用意していた質問をぶつけて
みる。「紀元前2〜1世紀の漢の武帝の時代に羌(キョウ)族という遊牧を営む民
族が存在し(羌とは牧羊する人の意)、一時は今の敦煌周辺にも進出していた
という。その後4世紀から5世紀にかけての五胡十六国時代の五胡の中に羌
(チャン)という国家が出現した。隋,唐を経て北宋代にはその一部が北東に移住
して西夏を建国したと言われている。現在は四川省西北部の主にチベット族・
チャン族自治州周辺に少数民族として居住している、とのこと。それで、敦煌周
辺に今でも羌族の人たちは居るのだろうか?」。その返答は「羌族の子孫は近
辺にまだ残っているだろうけど、漢族やウイグル族と同化してしまって今では見
分けがつかないのでは……」ということだった。近くに居るのであればちょっと
会ってみたいなと思っていたが、これ以上は無理なようなので諦める。


[街中心部に建つ反弾琵琶像]



[朽ちた沙州故城(旧敦煌城遺跡)]
 沙州市場の中の屋台でピリッ辛い麺の遅い昼食を摂って(約50円)、少し離
れた所にあった中国銀行で両替を済ませる(日曜日だったが、以外にも両替
の窓口は開いていた)。夕刻までには未だ時間があるので、市街の西にあると
いう"敦煌故城"を探しに出掛ける。党河を渡って20分ほど歩いた街はずれの
左側に、高さ10mほどの茶褐色をした岩山が見えてきた。沙州故城とも呼ば
れる旧敦煌城遺跡である。往時は敦煌郡の中心としてかなりの規模を誇って
いたようであるが、今は崩れかかった岩壁の所々に窓だったような穴があいて
いるのが見られるのみで面影は全く無く、寂しい限りである。敦煌は18世紀初
めに今の場所に移されたという。30分ほどで引き返す。

 それにしても暑い(気温は32℃余り)。党河に差し掛かると川風があっ
て涼しい。河畔に中国風の屋根を持つ幾つかの小さなあずまや風の建
物があったので、そのひとつで一休み。ふと開けた川上(南側)に眼をや
ると、陽に照らされた巨大な砂丘の連なり 鳴沙山(メイサザン) が見える。
一時間ほど涼んでから中心街に戻る。この時初めて気づいたのである
が、通りの歩道にはシルクロードやラクダ,兵馬,漢詩などを彫り込んだ
大きな石板が点々と嵌め込まれている。どれも見ごたえがあって素晴
らしいパフォーマンスで見飽きることが無い。次々と写真を撮り続けて
いて気がついたら、行き先とは違う方向に向かっていた(夢中になって
知らないうちに角を曲がっていたらしい)。またこの歩道にはごく短い間
隔でベンチが置いてあって、歩き疲れてちょっと休むのにとても重宝す
る。


[党河から眺める鳴沙山]








[街中で見掛けたたシルクロード往来の壁絵]


[歩道に嵌め込まれた石板の一つ]




 ほどなくバスターミナルに到着。右足のふくらはぎが痛くなってき
た。ベンチに座ってバスの発車を待つこと一時間余り。街中のスー
パーで買ってきたビスケットや水,ジュース等を持って18:30定刻発の
バスに乗車。




                                         
                                           


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