ジャスミンの風

                                         
                                           
「羌」を訪ねて敦煌へ−中国シルクロード紀行−9



 翌朝市バスで街中に出掛け、目に入ったツアー旅行社で車をチャ
ーターしてお目当ての莫高窟へ向かう。土漠の中を30分ほど走って
到着。莫高窟は鳴沙山東端の断崖に1,600mに亘って開削された石
窟群で、4世紀半ばに楽そん(ラクソン)という僧侶によって造営が始めら
れたと言う。以来、幾多の民族によって支配された時代にもほぼ1,
000年間に亘って造営は続けられ、またこれらの石窟はすべて東を
向いて開かれており、朝陽を真正面に受けて輝くように配置されてい
るとのこと。荘重な牌楼の門をくぐると前方に石窟群が見えてくる。
入場券(約2,500円)を買って荷物をすべて預けて(内部は撮影禁止)、
入口で日本語ガイドを待つ。15分ほど待ってやって来た中国人の研
究員というガイドと共に廻る。同行者は、熊本で輸入代理店等を経営
しているという実年の男性とその中国人ガイドの女性だった。


[莫高窟入口]



[延々と続く莫高窟群]
 最初は96窟で、莫高窟群のシンボルともいえる朱色の9層楼(北大仏殿)。ヒンヤリと
した中に入ると、高さ34.5mの初唐の作という弥勒菩薩(中国で5番目に大きいという)を
見上げることになる。続いて148窟。 懐中電灯で照らす内部には盛唐期に造られた身
長17mにおよぶ涅槃像が安置されている。その後方にある側面には色はほとんど退
化しているものの釈迦の弟子たちを含めて多くの壁画が描かれ、往時には僧侶たちが
窟内をグルグル廻りながらお経をあげていたと言う。つぎの130窟も盛唐期に完成した
もので、顔の長さ7mという穏やかな表情の弥勒大仏が坐している。南北の両壁には莫
高窟で最大という高さ15mの巨大な菩薩像と飛天が描かれている。237窟,244窟,251
窟には五尊や三尊,チベット様式他の塑像や反弾琵琶を奏でながら舞う天女図,樹下説
法図等の壁画が残されている。259窟には"東方のモナリザ"と称される優美な姿の仏
像が坐している。

 最後の16,17窟は晩唐期のもので、16窟の壁画の多くは西夏時代に
修復されたが、北壁の入口側には1,900年に多量の敦煌文書が発見さ
れて映画「敦煌」の主要舞台となった「蔵経洞」の17窟がある。これら
の文書を西夏の眼から隠そうと入口の壁を塗り込めた、というもので
ある(井上靖の小説「敦煌」が原作)。階段を登ったり降りたりして一時
間半ほどで参観出来たのはほんの一部だったが(現在確認されている
石窟数は全体で734窟で、うち一般に開放されているのが40窟)、どの
デザインも彩色も素晴らしいの一言に尽きる。これらの絵や彫像は往
時の地元権力者や僧侶,お金持ち等に雇われたタクラマカン砂漠の要
衝地だったホータンやクチャの画工が描き,彫ったとされている。ここま
で残されているのは、当地域が極端に乾燥した土地だったからこそで
あろう。隣接する莫高窟陳列館には特別窟の幾つかが色彩豊かに復
元,展示されており、見るほどに莫高窟の威容感が増すばかりである。


[九層楼前にて]



[映画「敦煌」のセット倣宋古城の遠景]
 葡萄畑が点在する敦煌市内に一旦戻って昼食をとった後、飛砂のためか周辺の風
景が煙って見える土漠の中を西南方に向かって走ること20分余り行った先に、ポツン
と楼閣らしきものが見えてくる。日中共同製作の映画「敦煌」が撮影された実物大の
セット"倣宋古城"である。往時の敦煌城を復元したもので、高さ18mにもおよぶ楼閣
下の門をくぐると、内部には仏廟,市場,民家等のセットが一面に設けられており、また
当時の武器や軍旗(のぼり)や男女の衣装も飾られている。衣装は試着出来るように
なっている。30年ほど前に観た、悲嘆した女性が見上げるばかりの楼閣の上から身
を投げる、というかすかに記憶する映画の名場面を想い出しながら見て廻る。




[倣宋古城の中1]


[倣宋古城の中2]

 さらに茫漠たる土漠の中を一時間ほど走って"陽関"に行き着く。古代
の関所跡といわれている所で、入口から遠くに見える高台の上に朽ちた
姿で残っている烽火台までは場内車で登っていく。唐の詩人王維が
「西、陽関を出ずれば故人無からん」と詠んだとおり、高台から先の西方
には霞む地平線まで乾いた土漠(彷徨える湖ロプノールや楼蘭遺跡を抱く
タクラマカン砂漠)が続くばかりで、ここからのシルクロードはまさに命がけ
で地の果てに赴くという感を禁じ得ない。全身砂埃を浴びながら宿舎に
帰り着いたのは19時頃だった。中国の日本との時差は一律一時間遅
れなので、暑苦しい陽は未だまだ高いところにある。シャワーを浴びて
サッパリする。



[陽関から先は茫漠たる砂漠]


[陽関の烽火台跡]




                                         
                                           


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