ふじさんの当直日誌 in ボストン 11月3日<後編>
 〜ボストンの空の下



11月3日<前編>の続きです。

ハーバードを離れ、また「T」で3駅くらい離れたMGH(マサチューセッツ総合病院)の見学に。とても綺麗で、広い病院。ただし、病床数はそんなに多くはなく、数百床くらいのものらしい。とにかく、どこも余裕がある作りなのだ。廊下もものすごく余裕がある。

 外来には、担当医の先生の写真が大きく掲げてあり、専門としているジャンルが提示されている。案内してくれたM先生に聞くと、この病院では、外来担当医の人種別の割合も決められているのだという。白人何%、東洋系何%とかいうように、すべて平等でないとならないという考えに基づくものなのだろうけれど、考え方によっては、かえって不公平な印象もなくはない。平等とか公平っていうのは、あまりに過剰にやろうとするとかえって不公平な感じになってしまう、難しい。

 世界最初のエーテル麻酔が行われたという施設である「エーテルドーム」を見学。
 当時のままの施設が残されており、その頭頸部の手術は、教壇つまり多くの学生たちの目前で行われたらしい。学生たちが、教壇(といっても、まわりの学生の席のほうが高い位置にあり、ちょうど取り囲むようなかたちになっている)を取り囲んでいる絵があるのだが、どう考えても、今だったら術場の看護師長さんに「不潔!!」とおこられまくってしまうような情景だ。

 とりあえず、そのエーテル麻酔はうまくいったらしい。ちなみに、華岡青洲の麻酔手術は、このエーテル麻酔の2年前なのだが、世界的にはほとんど知られていない。

 それしても、現代でこんなふうに手術を教育目的とはいえ見世物みたいにしたら、間違いなく訴えられるなあ、と思ったりして。
 M先生たちの研究室にも案内してもらう。机を借りて、記念撮影。
 将来、自分の子供に「お父さんはアメリカで研究してたんだぞ、エッヘン!」とかいうのに使えるかもしれないなあ。
 当たり前だが英語英語英語。机の一角の予定表のごく一部に日本語をようやく見つけたくらい。
 研究室自体は、ものすごく広いわけでも、ものすごく豪華なわけでもない。
 でも、セキュリティはすごく厳しかった。IDカードがないと、エレベーターにも乗れないくらいで。

 夕食の時間まで、M先生のアパートにお邪魔させてもらった。
 夫婦2人でMGHに来られて、もう10年とのこと。
 奥さんが入れてくれたコーヒーは、アメリカで飲んだコーヒーでいちばん美味しい。

 案内される前に、「家賃25万円のアパートをよく見せてもらうといいよ」と笑いながらボスが言っていて、僕らは、アメリカで25万なんて、どんな豪華アパートなんだろうと思っていたら、ごくごく普通の12畳くらいのリビング一室と、寝室だけのアパート。僕の今住んでいる地方都市で借りれば、一ヶ月7〜8万といったところじゃないだろうか?

 せっかくの機会なので、M先生に不躾な質問をさせてもらう。
 そんなに家賃が高くって、やっていけるんですか?と。
 M先生は「う〜ん、実際、厳しいよ。最初はほとんど無給だし(最近は、部屋代くらいは給料を出してくれるようになってきたらしい)。日本から来た人は、ヘタしたら一年間に1千万くらい遣ってしまうかもしれない。とくに子供がいたりしたら、大変だよ。やっぱり外国人は基本的に信頼がないから、お金でカバーするしかないところもあるし。
 それに、ボストンとかロス、ニューヨークなんて大都市は家賃がえらく高いんだ。

 ある程度の広さで、しかも安全(これが、アメリカではとても大事なことらしい!)なアパートは、ボストン市内なら最低一ヶ月2000ドル近くは必要だし。その代わり、こっちのアパートは、まわりの物価にあわせて、家賃が下がることもあるんだけどね」とのことだった。 留学して、研究を続けたいけれどお金が尽きてしまって帰国せざるをえなくなったり、親からお金を借りてなんとか留学を続けているようなケースも多いらしい。

 「留学」なんて、カッコイイ、夢みたいな話だと思っていたけれど、現実はそんなに甘いもんじゃないみたい。最先端の研究施設は、研究者の夢とお金を栄養にして、今日も根を張り続けている。

 夕食の時間がやってきた。
 また「T」に乗り、有名なイタリア料理の店「フランチェスカ」へ。
 007のピアース・ブロスナンも来店したことがあるらしくて、店内のあちこちに写真が飾ってあった。
 こういうのが本場のイタリアンなんだなあ、という味。トマトの味がしっかりしていて、パスタの茹で加減も絶妙。子牛の胸腺なんて、初めて食べたけど非常に美味。

 ところが、ここでこの旅最後のトラブルが!

 前歯の差し歯が割れた…

 というわけで、旅行の実質最終日に前歯無しの顔を地球の裏側でさらしてしまうことになったのでした。しかし、どうしようもない。ほんとうに、どうしようもない状況。
 M先生も歯のトラブルが多いらしくて、しきりに慰めてくれた。
 アメリカでは歯の治療は、目の玉が飛び出るくらい高いのだという。
 一本1万円なんて当たり前。それでも、アメリカ式を真似しようとする日本の医療行政。
 あんなに税金を奪っておいて、何につかってるんだ。

 明日は、もう帰国の日。地球の裏側・ボストンの夜空は、曇ってはいたし、輝く星座は日本とは違うのだろうけれど、この空の下にもたくさんの人たちが生きている。

そして、この空は日本にもつながっている。

 M先生たちと別れ、ホテルに帰って、21時に就寝。

 せっかく慣れてきたのにとちょっとだけ思うけれど、やっぱり、日本に帰れると思うとホッとする。僕には留学は無理だなあ。


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