ふじさんの当直日誌inボストン
<11月3日・前編>〜ハーバード大学の魔法の靴



 ボストン旅行記の最初(11月1日)はこちらです。


11月3日。目が覚めたら、やっぱり5時。健康的な生活と言えなくもないが、やっぱりいつもと違うということだけは間違いない。

 部屋のポットでお湯を沸かして、3人でカップ味噌汁やフィルターで作るコーヒーをのむ。テレビでは、スティーブン・セガール主演の要塞系の映画。当たり前だが、字幕が出ていないとよくわからない。とにかくいろんなものが破壊されまくって、最後はめでたしめでたし。途中から観てたので、どっちが悪役なのか、最後までわからなかった。

 今日がボストン滞在の実質最終日ということで、1日市内観光の予定。8時半にホテルのロビーに集合し、まず、近くのホテルの日本の製薬会社のホスピタルルームへ。ここには、日本の新聞が置いてあったり、日本食が用意してある。

 忙しそうに立ち働いている女性たちは、東海岸駐在の社員のひとたちの家族らしくて、なんだか、日本の定食屋に入ったような気分。パンはたくさん残っているのだが、今日がボストン最終日にもかかわらず、やっぱりご飯が食べたくなる。
炊き立てのご飯に、レトルトカレー、インスタント味噌汁。ああ、なんて旨いんだ…

 たった3日でこれじゃあ、留学なんてできないなあ、と内心思いつつ。
でも、他の先生は、カップ麺食べたあとにカレー食べてるし。まだ朝なのに。

 それから、MGH(マサチューセッツ総合病院・世界ではじめてエーテル麻酔による手術を行った施設として有名)に留学中のM先生夫妻と合流。忙しい時間をさいて、僕たち一行4人の案内をしてくれるのだ。

まず、6人でボストン市街を走る地下鉄、略称「T」に乗り、チャイナタウンへ。

 M先生は、ブルーライン、レッドライン、オレンジラインなど、路線別に色の名前がついた地下鉄の路線図を見ながら、「この路線のココからココまでは安全、ココから先はジャマイカ人やブラックが多くて、治安が悪い。日本人だっていうだけで、交差点で石を投げられてフロントガラスを割られた人だっているからなあ」と教えてくれる。

 人種差別的だと、ちょっと感じはしたけれど、実際に生活をする人間にとっては、セキュリティは綺麗事で済ませるわけにはいかない現実なのだ。襲ってくる相手は、別に僕が人種差別反対論者だって、意に介するわけじゃないだろうしなあ。
 そういう悲しい棲み分けは、なくなってもらいたいとは思うけれど。

 チャイナタウンは、とにかく人種の坩堝といった感じだ。

 「チャイナ」とはいうけれど、中国人ばっかりというわけじゃなく、アメリカ人もいれば(アメリカ人、というのは、実際は正直、よくわからない。アメリカ自体が移民の国で、イタリアっぽい人もいれば、東洋系の人もいるし、いかにもの白人もいたりするから)、
中国人らしいひともいるし、とにかく、活気に満ちたところだ。

 僕たちは、そのチャイナタウンで一番人気の飲茶の店“チャイナ・パール”に向かったのだが…

 まだ、時間は11時だというのに、2階にある店の前から、階段を下りて、下の入り口のところまで行列が。店の中も、とにかくすごい賑わいで、殺気立っているといってもいいいくらい。順番の札をもらって並んでいたのだが、その札は、すでに70番。

 いや、とにかくすごい人だった。
 それでも、店が広いため、1時間も待たないで入店。

 この店の飲茶のシステムは、客が席に座っていると、いろんな料理を積んだワゴンが店内の各テーブルを回ってくるので、客は食べたい料理を取ると、その分の代金が伝票にチェックされていくというシステム。要するに、席に座って、いろいろ運ばれてくる中華料理(餃子やシュウマイといったものから、魚の煮物やエビチリのようなもの、スープまで、たくさんの種類があった。しかも、どれもかなりボリュームがあり、美味しくて、値段も安い!)のなかで、食べたいものを取って食べればいいのだ。まあ、人間がワゴンで運んでくる回転寿司みたいなものか。

 僕たちは、昼間からチンタオビールを飲みながら、この飲茶をチャイニーズ・レストラン・シンドロームになりそうなくらい食べたのだけれど、それでも、ひとり1300円ちょっとくらいだった(ビールも結構飲んで6人で8000円)。
 この店、飲茶はランチタイム限定らしいけれど、とにかくランチ時はいつも満員とのこと。
 これだけの質のものをこんな値段で食べられるのだから、流行るのも当然。

 「食べ物屋に行列するのは、日本人だけ」なんてことを言う人もいるけれど、少なくともボストニアンは、行列を厭わない。

 (蛇足だが、ボストンっ子のことを「ボストニアン」というんだけれど、僕はこの言葉を聞くと、ナムコの「ボスコニアン」を思い出してしかたありませんでした)

 続いて、M先生の案内で、また地下鉄に乗り込み、ハーバードスクエアへ。
ここは、かの有名なハーバード大学があるところなのだ。

 このハーバード大学近郊は、アメリカ人の「史跡めぐり」の観光スポットらしくて、若いアメリカ人がたくさん観光に来ていた。ここでもやっぱり、写真撮影を頼まれる。
 僕のこういう雑用の頼まれやすさは、ワールドワイドなものらしい。
 しかし、僕らは「ボストン茶会事件跡」とかには、あまり興味がわかないため、まっすぐハーバード大学へ。

 それにしても、アメリカ人は歴史が浅いということがコンプレックスになっているのかもしれないけれど、歴史を大事にする民族だ。
 この国の(原住民族を除く)歴史は、日本で言えば江戸時代後期くらいの分しかないのに。
 ひょっとして、歴史の授業で、あんまり暗記しないでよかったから、拒否反応が少ないのかなあ。
 ハーバード大学には、とくに何のチェックもなく入れた。もう、無防備なくらいオープン。

 構内は広い敷地に、学科(もしくは講座)別の建物がポツンポツンと建っており、大学というより、郊外の住宅地のようだ。
 散策していたら、目の前をリスが通り過ぎていった。

 この大学の創設者、ジョン・ハーバードの像の前で、みんなで記念撮影。彼の銅像の靴に触ると幸福になれるという伝説があるのだけれど、その靴の先のところだけ、像の色が剥げて、銀色に変色していた。

 日本人もアメリカ人も、みんな並んで、靴に触って記念撮影。

 ああ、幸せになりたい(by 内田有紀)

 そのあと、ハーバード大学の生協で買い物。生協といっても、大学付属のおみやげもの屋さんという感じ。観光客がみんな「ハーバード」のロゴ入りのTシャツを買っているすぐ近くで、ハーバードの学生らしき人たちが、お菓子や文房具をレジに持っていっている。

 実際、学生たちに言わせれば、「あんなロゴ入りの服や文房具なんて、割高で買ってられん!」のじゃないかなあ。


   11月3日<後編>