高齢者における「孤独感」が、身体機能や死亡リスクに与える影響
最新疫学研究情報No.94
米国のカリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部のCarla.M.Perissinotto助教授らの研究チームによって、「“孤独(寂しさ)”を感じている高齢者は、身体機能が低下し、死亡リスクも高くなる」との発表がなされました。
高齢者にとって身体機能の悪化は、生物医学的な要因だけでなく、社会心理的な苦痛によっても影響を受けています。「孤独感」は人間の苦しみの大きな原因であり、それは高齢者にとっては、いっそう深刻な問題となります。「孤独感」が身体に及ぼす危険性は、社会的な孤立(*人との接触や社会参加の欠如など)などに関する研究報告によって示唆されています。しかし、配偶者の有無や社交性の観点からアプローチする調査では、社会的な孤立状況は、必ずしも「孤独感」に結びついているわけではありません。例えば、一人で住んでいても孤独を感じない人がいる一方で、結婚していても孤独を感じる人もいるからです。「孤独感」は、自分自身が希望する人間関係と、現実の人間関係とが一致しない時に起こる主観的な感情です。こうした孤独感を把握することは、高齢者の生活の質や病気などの苦痛を知るうえで重要です。
この研究は、「孤独を感じている人」の割合を明確にし、孤独を感じている高齢者が身体への悪影響にさらされているかどうかを判断する目的で実施されました。研究チームは、2002年のHealth and Retirement Study(※1)の参加者の中から60歳以上の男女1604人(*平均71歳、女性59%、白人82%)を選出し、被験者に対し「孤独」に関する質問をしました。
- 「取り残されている」と感じたことがあるか?(*ほとんどない/時々ある/よくある)
- 「孤立している」と感じたことがあるか?
- 「人との交わりに欠ける」と感じたことがあるか?
研究チームは、3つの質問の回答に基づき、被験者を「孤独を感じているグループ」と「孤独を感じていないグループ」に分類し(※2)、「孤独感と身体機能(※3)」および「孤独感と死亡リスク」との関連性を6年にわたって追跡しました。
調査の結果、被験者のうち、43%もの人が孤独を感じていることが明らかとなり、その大半が既婚者または独居者以外の人たちだったことが確認されました。孤独を感じている人は、白人以外の人種や女性、社会的地位が低い・喫煙している・複数の疾患がある・調査開始時点で機能障害がある・知覚障害がある・身体活動が少ないといった人たちに多く見られました。孤独を感じている被験者の中には抑うつ状態の人もいましたが、最も強く孤独を感じている人たちは、抑うつ症状を抱えていなかったことが判明しました。
また身体機能(4項目)への影響については、「孤独を感じているグループ」は、「孤独を感じていないグループ」に比べて、日常生活動作の低下リスクが1.59倍、腕の動作では1.28倍、階段を昇る動作では1.31倍となり、孤独感により身体機能を低下させることが確認されました。一方、歩行などの機能については、関連性が見られませんでした。死亡リスクについては、「孤独を感じているグループ」の方が「孤独を感じていないグループ」よりも45%高かったことが明らかにされました。
研究チームは、「今回の研究により、高齢者の“孤独感”が身体機能の低下や死亡の危険因子となることが実証された。この結果は、病気の重症度やうつ病の有無など多くの要因を考慮した後でも変わらないことが確認された。アメリカ人の高齢化が進み、自立する能力を失った人にかかる費用が年間260億ドルにも達している。そうした現状を考えると、孤独による身体機能の低下などの危険にさらされている高齢者を識別し、現在置かれている状況を変えていく必要がある。臨床の現場において、孤独の度合いを把握するための簡単な検査を用いることは、大きな価値を持つだろう。患者に対し、社会心理的な問題を尋ねることによって、治療の焦点を変えることが可能となり、それは、医師と患者の関係を強化することになる。孤独な高齢者を識別することによって、私たちは今後、機能低下や障害の予防を目的とした介入を目指すことができるだろう」と結論づけています。
※1Health and Retirement Studyは、50歳以上の米国人26000人以上を対象に、1992年から実施されている健康・退職・老化に関する縦断的調査(*1回目の調査より参加している被験者に対し、2年毎に繰り返し質問等を行うパネル調査)です。この調査は米国国立老化研究所の資金援助を受け、ミシガン大学により実施されています。
※2この研究では、3つの質問のうち1つでも「時々ある」または「よくある」と回答した場合に、「孤独を感じている」と定義づけています。
※3身体機能については、2002年~2008年の追跡期間中に、次の4項目について「困難さの度合い」の変化を調査し、そのデータを基にそれぞれの機能低下リスクを算出しています。
- ①日常生活動作(入浴・身支度・排泄・食事など)
- ②両腕を使う動作(腕を肩の上へ伸ばす・大きな物を押したり引いたりする・10ポンド(4.5kg)以上のものを持ち上げたり運んだりする)
- ③歩行(ウォーキング)や走る(ジョギングまたはランニング)動作(距離が短くなったかどうか)
- ④階段を昇る動作(回数が減少したかどうか)
出典
- 『内科学アーカイブス 2012年6月号』online版