6.局所ホルモン(プロスタグランジン)の働き

プロスタグランジンとは?

必須脂肪酸であるオメガ3とオメガ6は、全身のさまざまな生理機能を調節する局所ホルモンの原料になります。この脂肪酸からつくられる局所ホルモンはエイコサノイドと言われ、「プロスタグランジン」「ロイコトリエン」「トロンボキサン」などの種類があります。そうした調節物質を、ここではまとめて「プロスタグランジン」と呼ぶことにします。

従来のホルモンが特定の内分泌腺でつくられ、全身を支配しているのに対して、プロスタグランジンは個々の細胞でつくられ、細胞レベルでの調節を行っています。(※そのため局所ホルモンと呼ばれています。)しかし、その働きはきわめて重要で、身体全体の機能に関係していると言ってもよいほどです。

プロスタグランジンの生成過程と種類

プロスタグランジンは、次のようなプロセスで生成されます。

プロスタグランジンの生成過程と種類

図で示したように、必須脂肪酸であるオメガ3とオメガ6が体内で化学変化を繰り返し、各種の「プロスタグランジン」が生成されていきます。(※食物として体内に吸収されたオメガ3・オメガ6の大部分は、他の脂肪酸と同じく燃焼に回されますが、細胞膜からピックアップされた一部がプロスタグランジンに変換されます。)

プロスタグランジンは原料である脂肪酸の違いによって、3つのグループに分けられます。そして、そのグループ内でさらに複雑な変化をして数十種類のプロスタグランジンがつくられます。

プロスタグランジンによる生理調節作用

ここで大切なことは、プロスタグランジンは大きく3つのグループに分かれ、グループごとに異なる働きをしているということです。なかでも「オメガ3系のEPA」からつくられるプロスタグランジンと、「オメガ6系のアラキドン酸」からつくられるプロスタグランジンは、相反する働きをして細胞機能のバランスをとっています。

もう少し詳しく見てみると、オメガ6系からは2つのグループのプロスタグランジンがつくられ、互いに相反する働きをしています。現在、その材料となる「オメガ6」は大量に摂取されています。そのうえ大半の人々は、肉・乳製品・卵などの動物性食品を多く摂っていますが、そうした食品には直接「アラキドン酸」が含まれています。そのためアラキドン酸由来のプロスタグランジンが大量につくられることになります。つまり1グループ目に比べ、2グループ目のプロスタグランジンだけが過剰に生成され、細胞機能のバランスを欠くことになります。

2グループ目のプロスタグランジンと、オメガ3系からつくられる3グループ目のプロスタグランジンも、相反する働きをしています。しかもこの2つは、オメガ6系のグループ同士より強力な競合関係にあり、一方が大量につくられると、他方はその分だけつくられなくなります。ということは、現在のような「オメガ3欠乏」の状態では、圧倒的に「アラキドン酸」由来のプロスタグランジンが生成されることになるのです。「オメガ6」と「動物性食品」の過剰摂取から2グループ目のプロスタグランジンだけが異常に多く生成され、「オメガ3」の欠乏から3グループ目のプロスタグランジンが極端に不足してしまっているということです。そのために細胞機能のバランスが大きく崩れ、さまざまな障害・病気が引き起こされているのです。

例えば“炎症”という作用の場合、それを抑制するプロスタグランジンが「オメガ3」からつくられるのに対して、アラキドン酸由来の「オメガ6」からは炎症を激化させるプロスタグランジンがつくられます。このように―「血栓を減らしたり、増やしたり」「発ガンを抑制したり、促進したり」「子宮を弛緩させたり、収縮させたり」「血管を拡げたり、狭めたり」して、互いに相反する働きかけをしています。車にたとえれば、アクセルとブレーキのようなものです。1つの生理作用に対して、それぞれ反対の働きかけをしながらコントロールしているのです。多種類のプロスタグランジンが互いに関係をもちながら、身体全体の機能を維持しているのです。

「オメガ3」と「オメガ6」の脂肪酸は、単なるカロリー源や組織の構成成分となるだけでなく、細胞機能を調節するプロスタグランジンの材料となっています。プロスタグランジンは、神経系・ホルモン系に続く「第3の調節系」と言われ、油の中でも最新の研究分野となっています。1982年には、欧州の3人の研究者がノーベル医学生理学賞を受けています。

エスキモーに“心臓病”が少ない理由

必須脂肪酸の摂取比率が崩れたことによって「プロスタグランジン」のアンバランスが生じ、さまざまな現代病が引き起こされていますが、それを証明する有名な疫学研究を挙げておきます。1960年代にデンマークの研究者によって始められた、エスキモー(イヌイット)とデンマーク人の比較研究です。

西グリーンランドに住むエスキモーは、伝統的にカロリーの70%を脂肪から摂るという世界一脂肪の多い食事をしていました。現代のアメリカ人の食事は、カロリーの40%を脂肪から摂り、その異常さが指摘されていますが、エスキモーは、それをはるかに上回る大量の脂肪を摂っていました。しかも野菜は、ほんのわずかしか摂っていませんでした。栄養学の常識から考えれば、これでは心臓病や脳卒中などの循環器系疾患が増えて当然です。

ところが実際には、心臓病になる人が極端に少ないのです。これが研究者の注目を集めることになり、調査・研究が開始されました。エスキモーの食事の内容や生活習慣・遺伝的な要因などが、長期にわたって多くの研究者によって調査されました。その結果、エスキモーの健康の秘密が、彼らの食事にあったことが明らかにされたのです。調査によれば、当時デンマークの都会に住む人たちの脂肪の摂取量は、エスキモーとほぼ同じくらいでした。それなのにデンマークでは、エスキモーの10倍もの国民が心臓病で死んでいます。こうした事態を招いている原因は何かと言えば、摂取している脂肪の違いにありました。エスキモーの食事には圧倒的に「オメガ3系」の脂肪酸が多く含まれていたのです。オメガ6系の脂肪酸と飽和脂肪酸はデンマーク人の約半分でした。摂っている脂肪の総量はほとんど同じでしたが、脂肪酸の違いが、心臓病による死亡率の決定的な違いとなったのです。

なぜエスキモーの摂っている脂肪には「オメガ3」が多かったかというと、彼らの食べ物のほとんどが、生の魚やアザラシ・セイウチなどの海獣だったからです。こうした海に住む動物には、EPAやDHAというオメガ3系の脂肪酸がたっぷり含まれています。「EPA」からつくられるプロスタグランジンは血液の粘度を下げ、サラサラと流れやすくする性質をもっているのです。(※オメガ3を大量に摂っていたエスキモーの血液は固まりにくく、出血するとなかなか血が止まらないことが問題でした。)

それに対してデンマーク人の摂取している脂肪の多くは、現代の欧米人と同じ飽和脂肪酸やオメガ6脂肪酸だったのです。血液中の脂質に含まれる「アラキドン酸」(※アラキドン酸からつくられるプロスタグランジンは血栓を増やす)の割合は、デンマーク人の方がエスキモーより10倍も高く、逆にEPAは、エスキモーの方が36倍も高いことが確かめられています。「オメガ3」と「オメガ6」の摂取比率の狂いが、デンマーク人の間に心臓・血管系の病気を引き起こしていたのです。

もっとも、そうした心臓病とは無縁だったエスキモーも、定住政策によって欧米型の食事を取り入れるようになると、わずかのうちに欧米人と同じ病気で苦しむようになりました。伝統的な生活を捨て、食事内容を一変させたことで、心臓病や糖尿病が多発するようになったのです。

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