第15話「偉大なのは衣装ではなく発想。そして料理」


 今回は第11話「衣装は偉大なのか否か」、第13話「それぞれの事情」、第14話「難攻不落の砦」の続きなので、前回を未読の方はまずそちらから読んでいただきたい。

 

 

 体調不良の勝竜と遅刻のまる、金欠のフルは目の前に現れた看板に入店を躊躇ったのである・・・

 

 こんな店に入るのか?モデル鍋は知る人ぞ知る名古屋の大通り、大津通り沿いにあるのだ。錦とは言え、表通りでオフィス街に属している。交通量も多いし、人通りも多い。

こんな立地の店に入るのに、誰にも見られないはずがない。知っている人が通る事は無いだろうが人の目は気になる。あぁ。なんてこったい。しかし、予約までしてあるのだから入らない訳にはいかない。僕ら3人は意を決して階段を下り、地下のコスプレ鍋屋へ入店するのであった。

 

 なんだか良くわからないんだけど、お洒落な作りの店内に入ると、誰もいない。客も店員もいない。まだ開店時間を過ぎたばかりだから客はいないのだろうけど・・・

少し奥で、電話をしている様な声が聞こえたので、ちょっと進んでみると・・・いました。コスプレです!

豹柄のキャミソール(みたいなの)に白の短パンにテンガロンハットのお姉さんが電話で予約をとっていました。

その時、僕は心の中で「うわ」と思った。他の2人がどう思ったのか知らないが僕は「うわ」なのである。「わぁっ」とかじゃなくて。コスプレその物に免疫のない僕。崩れ去った砦にすがって生き延びている僕であった。

 

 テンガロン姉さん(何のコスプレか分からないので便宜的にそう呼ぶ)が僕らに気付くと、電話をちょっと中断し他の店員を呼んでくれた。出てきたのはチアガールだ!他にもチャイナドレスやメイド服がいるぞ。メイド。主賓であるまるの大目的ではないか。居て良かったね。しかし噂に違わぬコスプレ鍋屋だ。

「あの。予約していた勝竜なんですけども」

と僕が言うと

「はい、お待ちしておりました。あちらへどうぞ」

と席へ案内してくれた。今回予約していた料理は「火鍋コース」と言う物で、モデル鍋の中で最も値段の高いコースだった。このコースを頼むと、良いお席を無料で使う事が出来るそうだ。「あちら」と言って案内された先は、カーテンで仕切る事も可能な空間で、他の席よりも椅子が良い物だった。床はガラス張りで、ガラスの下には白い玉砂利が敷かれていた。

 

 席に着くと、まずはドリンクのオーダーである。

フリードリンクを頼んであったので、それぞれが好きな物を注文する。

僕はレモン酎ハイ。フルは梅酎ハイ。まるはコーラである。実はまるは無類のコーラ好きなのだ。

 

 ドリンクが出てきて、前菜のサラダが出てきた頃、先ほどのチアガールがやって来て言った。

「火鍋コースですと、お鍋を料理する女の子を好きな子から指名していただく事が出来るんですけども。誰が良いですか?」

この問いに関しては思考時間がゼロで回答が出る。

「メイドで」

極めて短いレスポンスタイムで僕が答える。

 

 メイドがやって来た。

「サラダをお取り分けしますね」

「はい、お願いします」

フルが自分の皿を渡す。皿に取り分けを始めるメイドを横目に見ながら僕がまるに言う。

「メイドにやってもらえるなんて嬉しいだろ?」

「い・・・いや別に」

まるが強がっている素振りで言う。

「じゃあ俺がやってやろうか?」

フルが言うとすかさずまるは

「やだ」

やはり強がっていた様だ。

 

 まるも、無事メイドさんに取り分けて貰ったサラダを食べていると、食前酒が出てきた。

あれ?これじゃぁ食前酒じゃないじゃん。メイドさんも笑いながら持ってきたので、まあこれは御愛嬌か。

 

 さて、いよいよ火鍋の料理開始である。

鍋の中に敷居が有り、片方はトリガラのスープ。もう片方は数十種類の薬膳と唐辛子の入ったスープ。2種類のスープで煮込む、野菜や水餃子、鳥、豚、牛の肉等が入った料理が火鍋と言うらしい。

メイドさんのオススメとしては、トリガラスープの方はポン酢で、辛い方は胡麻ダレでいただくのが美味いそうだ。

 

 あれこれメイドさんと話していると、具が煮えてきた。メイドさんがトリガラの方か辛い方か聞いて取り分けてくれる。

僕は辛い方を希望した。アドバイス通りに胡麻ダレに漬けて食べる。うん。美味いや。火鍋。普通に美味いっす。

コスプレに主眼を置いたちゃらちゃらした店なのではないかと心配であったのだが、料理の方も充分に通用する味ではないだろうか。

 

 一旦メイドさんが去った後、僕ら3人が美味い鍋を食べているとさっきのテンガロン姉さんがやって来た。

「ありがとうございます。私が店長です」

へー!こんな若いお姉さんが店長だったんだ。と感心していたらテンガロン姉さんは実は昭和40年生まれである事が後に判明する。一見僕らと同年代にも見えるのだが、昭和40年生まれって事は僕より1周り以上年上ではないか。ほぉ。色々な意味で感心したよ。確かに後から来た他の客との接客態度を見ていても堂々としていたし、それぐらいの年齢じゃないと務まらないのかなと考えるのだった。

 学生時代に、とあるイベントでまるが女装をした時の写真を店長に見せてみた。この時していたまるの女装は、事情を知らない人が実は女装である事を知ったときに物凄くショックを受けていた程、出来の良い物だった。

「ここで働きたいと思うんですがどうでしょう?」

「駄目だね」

残念!

ともかく、最初は内心「どんな怖いお兄さんが店長なんだろう」と怯えていた部分があっただけに、若いお姉さん(昭和40年生まれだが)が店長と分かっただけで僕らは一気に場に馴染んでいった感じがした。

 これも店長の手腕と言ったところか。

 

 酒も進み、美味い鍋も進み、コーラも進み、メイドさんとも仲良くなり、なかなか楽しい時間を過ごした。

メイドさんとも年齢の話しになり、メイドさんが19歳である事が分かると

「え?未成年でこんな店で働いて良いんですか?」

フルが思わず聞いた。

「えー。現役の女子高生も働いていますよー」

とメイドさんが答える

「え?そんなんアリなの?」

「えーとですね。こうやってテーブルの横に立って料理を作る分には普通の料理屋と同じなんです。少しでも横に座ると風俗店になってしまうんですけどね」

「うわー。店長頭良いなぁ」

フルが感心する。確かに、これは法の網目をくぐった巣晴らしい発想だと思う。コスプレと呼ばれる衣装は店の制服に過ぎないのだ。

僕らの砦が復活する瞬間だった。

 

なかなか楽しい時間を過ごす間にまるが飲んだコーラは6杯。これは彼にとっては多い数字ではない。

ま、これは別の話だが。

気になる会計は全部で18936円。ぎゃー。

 

 火鍋コースは2時間である。18936円を3人で割ると6132円。1時間あたりだと3066円。

この値段は、ネオン街を歩いているとスーツ姿のお兄さんに声を掛けられて「どう?1時間3500円だよ?おっぱいおっぱい」と言われる場合と金額がほぼ相当するが、どちらを良しとするかは個人の判断にお任せする。

 

 最後は店員さんと写真撮影である。

通常撮影は1枚1000円なのだが、火鍋コースには撮影代も含まれている。

これについてはまるに良く言っておいた。

あなたが普段通っているメイド喫茶では、20回通ってポイントを貯めてやっと写真を撮影出来るのだが、ここはたった1回来ただけで可能なのだよ。しかもツーショットに限らず、店員さん全員と一緒に撮影も出来るのだ。

こんなオイシイ話しは無いでしょ?

 

火鍋は美味かったし、近いうちに新メニューが出るそうだ。

最初に「うわ」だなんて思ってごめんなさい。あなたは素敵な店長です。

店員の皆さん、店の外まで見送って、手まで降ってくれてありがとう。

 

モデル鍋。また行きます。

 

 ところで、飲みに行こうとまるを誘ったはずなのに、張本人はコーラしか飲んでいないではないか。

 

[完]


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