頼忠11E



貴女は残酷な女(ひと)だ。
誰もが私を警戒しているのに、貴女だけは無防備だ。貴女と夜を過ごしていたと伝えたのに。貴女をお慕いしていると何度も言葉にしているのに。なのに、貴女は私を一人の男として見る事は無い。


そんな心を八つ裂きにされる日々を過ごしていたが、貴女は懐妊した女人特有の症状に苦しむ。私を困らせるような行動も、意地悪な言葉も、それで気を紛らわせる事が出来るのなら、全て受け止めたいが。
「さすがに食欲はお出にならないか。」
元々華奢な方だ。どんどん栄養を取らねばならないのに、これではやせ細っていくばかり。こんな状態に追い込んだのはこの頼忠なのだから、私に出来る事はしたい。しなければならぬ。
「あの女(ひと)は確か・・・・・・・・・。」


朝と夕刻の二回、野宮を訪れる。それが出来ない日は、誰かに頼む。そして、分けて頂いた霊水を屋敷に届ける。
そして、私ではどうしようもない事は八葉の男達に相談をする。当然の事ながら今も私に対して怒りや憎しみを抱いてはいるが、花梨殿の為なのだからと強引に頼む。
泉水殿に、祈祷やお祈りをお頼みする。
イサトに、寺の境内に植えてある美味しいと評判の柑子を分けてくれるように頼む。
幸鷹殿に、牛のお乳が手に入らないかご相談する。
勝真に、貴女が格別にお気に召した蘇を貰えないか頼んでみる。
翡翠に、伊予の地に、京には伝わっていない症状を和らげる薬草などは無いのか訊いてみる。
彰紋様には、気を落ち着かせる香は無いのか相談。
そして泰継殿には。
「吐き気を抑える薬湯は、ありますか?」
「うむ。無い事も無いが。」
「では、少し分けては頂けないでしょうか?ご気分が悪いようで、何も口にする事は出来ないそうで。」
「・・・・・・他ならぬ神子の為、か。解った。届けさせる。」
「すぐに用意出来るのでしたら、このまま私がご一緒したいのですが。」
一刻も早く。あるのなら、このまま私が受け取りに参ります。
「来い。」
「ありがとう御座います。」
「お前が礼を言う事ではない。」
「・・・・・・・・・。ありがとう御座います。」
「・・・・・・・・・。」



何時もよりも遅くなってしまった。だが、薬草の効能を研究しておられる泰継殿の薬湯だ。これで少しは楽になれるだろう。
「花梨殿。ご気分はいかがでしょうか?」
挨拶をして室に入った時、花梨殿は柑子を睨んでいた。
「・・・・・・こんばんは。」
「あの、ご気分が悪いのでしょうか?」
何時もよりも大人しい少女に、驚いて大股で近付く。
「今は大丈夫です。ただ、考え事をしていただけ。」
「考え事?」
「そう・・・・・・。」
膝の上に置いた手の中の柑子を見つめている。
「泰継殿が吐き気を抑える薬湯を用意して下さいました。」黙り込んでいる花梨殿に、持って来た小さな椀を差し出した。「どうぞお飲み下さい。」
「・・・・・・・・・。」黙って受け取るとそのまま飲み始めるから、驚いてしまう。何時もなら、文句ばかりおっしゃってなかなか飲んで下さらないのに。だが。「頼忠さんは、私が妊娠しているって聞いた時、どう思いましたか?」
飲んでいる椀を睨みつつ、尋ねられた。
「―――はい。」貴女の顔を見て、きっぱりと答える。「嬉しゅう御座いました。産霊神(むすぶのかみ)が、貴女との仲を認めて下さったのかと。」
「でも、私は何も言わなかったんでしょう?頼忠さんにも秘密にしていた。知られたくはなかったのかもしれない。それについては?」
なんと言う残酷な質問!だが、当然貴女は知りたい事だろう。だから、嘘は言えない。
「・・・・・・・・・。」それでも一瞬、間が開く。「貴女のお心が、この頼忠には無いからだと――――――。」
「もしかして・・・・・・私には他に好きな男がいた、の?」
「・・・・・・・・・。」
さすがにこの質問には、答える事は出来ない。沈黙で答えた――――――。



どんな心境の変化があられたのか―――貴女の生活も私への態度もお変わりになった。


「室の中にいるだけでは、余計に気分が落ち込んでしまいます。せめて庭に降りさせて!」
強引に許可させられた。だが、雪の中では心配だ。私が傍に居る時だけという条件は呑んで頂く。
「足元にお気を付け下さい。」
「其処は段差があります。」
「雪がぬかるんで滑りやすくなっております。こちらからどうぞ。」
少し口煩いとも思うが、念には念を入れさせて貰う。
「御免なさい。」そうおっしゃり、私の腕にしがみ付かれる。「雪が積もっていて歩きにくい。」
「戻られますか?」
貴女の手の温もりが嬉しいのに、心にも無い事を尋ねてしまう。
「駄目!あそこの花を見に行くのっ!」
こんな我が儘ならば大歓迎です。その代わり、必ずお守り致します。



相変わらずやって来る男達と楽しそうに話しておられる。だが、私にも笑顔を見せるようになられた。厭われていないのは嬉しいが――――――貴女は私の子を産む事をどう思っていらっしゃるのだろう?記憶が戻られた時、頼忠と同じく、その子もお厭いになるのだろうか?そうであるなら・・・・・・貴女の面影を宿すであろうその子を、私が育てたい。河内に戻り、貴女の思い出と共に静かに暮らしたい・・・・・・・・・。







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