頼忠10E |
毎日、貴女の元に通う。 「私達、どんな会話をしていたんですか?」 「他愛も無いおしゃべり、というものです。」思い出し、微かに笑ってしまう。「貴女は寒さに弱いのですが、暑さはもっと苦手だとか。犬よりも猫がお好きだとか。」 「・・・・・・・・・。」 やはり、少し呆れたようだ。 「大豊神社の狛ねずみが可愛らしくてお好きだとか。」 「・・・・・・・・・。」 「馬に乗せてもらうのは、じぇっとこーすたーに乗っているようで怖いけど楽しいとか。」 「・・・・・・・・・。」 「そんな会話です。」 「・・・・・・・・・頼忠さんの事は何も話した事は無いの?」 話す事は他にも色々あるでしょう?―――そんな表情。 「私の事、と言いますと・・・。」考える。「初めて子馬に乗ったのは二歳の時だったとか、鍛錬は毎日続けているとか、ですね。」 「・・・・・・・・・頼忠さんの好き嫌いとかは?」 「特別これと言った好き嫌いはありませんので、花梨殿は尋ねられましたが答えられませんでした。」 「はぁ、そうなんですか・・・・・・。」 申し訳ありません。私は貴女のお話をお聴きするのが好きだったのです。 「そう・・・それから昔話をよく聞かせて頂きました。」 「昔話?」 「はい。赤ずきんとか織姫と彦星。それから、しろ・・・しら・・・・・・ひめ?」 「白雪姫?」 「そう、白雪姫。花梨殿は幼い頃、母上殿に絵巻物の物語を読んで貰いながら可愛らしい絵を見るのがお好きだったとか。懐かしんでいらっしゃったのでしょう。時々ですが、黙って聞いていて、と簡単なあらすじを話して下さいました。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 考え込んでしまわれた。話さない方が良かったのだろうか?現実逃避。何の心配事も無かった幸せな日々を思い出さなければ、生きてはいけなかったのだろう。 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」しばらくお傍に座っていたが、陽は完全に落ちてしまった。「失礼致します。」 考え事の邪魔をしないように小さな声で挨拶をして、立ち去った。 八葉の仲間―――いや、貴女を密かに慕う男達も、毎日通いつめる。貴女に逢いたいという気持ちと、頼忠が貴女を傷付けないか監視、確認する為に。そして、一番大切な時期、外は寒いという事で、出歩く事を許されない貴女をお慰めする為に。 泉水殿のように楽で楽しませる事も、泰継殿のようにお身体の具合を見て差し上げる事も出来ない。 勝真のように、花梨殿が好みそうな甘い食べ物など手に入らない。 イサト、彰紋様のように、気晴らしになるような事も思い付かない。 幸鷹殿のように、知識などで不安を取り除いて差し上げる事も出来ない。 翡翠のように、優しくて気の利いた会話で、楽しませる事も出来ない。 明るい笑い声を聞く度に、私が貴女の為に出来る事は何も無いと思い知る。 結局、私は何がしたかったのか? 貴女を苦しめる事は解っていた筈なのに。貴女の御名を傷付ける事も知っていたのに。なのになぜ、私は名乗り出たのか?―――私は、己の感情に終止符を打ちたかっただけだ。記憶の無い貴女も、頼忠など眼中に無いという事を体験したかったのだ。頭だけで無く、それを身体で知りたかったと。 そして何時の日か。 貴女の慕う男がこの屋敷に通うようになるのだろう。そして、甘いひと時を過ごし、抱き合って眠る寝所を、私がお守りする事になるかもしれない。 「否。現実を見ろ。」 警護と称してお守りするべき主を犯し続けていた私が、お傍にいる事は許されない。貴女もそれを心苦しいと感じる事だろう。頼忠が京に居れば・・・・・・貴女は苦しむ。守りたいと願う貴女を、頼忠自身が苦しめる。 「河内に戻るしかない。」 姿を拝見する事も声を漏れ聞く事も叶わぬ遠くの地で、貴女の御様子を知ろうと届く筈の無い風の便りをひたすら待つのだろう。 偽りの幸福を貪っていた頼忠への残酷な罰、終わりの無い拷問。 「・・・・・・・・・そんな虚しい日々を過ごしていると知ってもなお、生きよ、と貴女はおっしゃるのだろうか?」 カタリ。 その微かな物音で、我に返った。物音の原因は、妻戸を開ける音。出て来られたのが貴女で、八つ当たりという怒りが湧き起こる。 「花梨殿!」気付かぬ内に険しい顔になってしまう。「このような刻限に外に出られてはなりません。早く室の中へお戻り下さい!」 こんな夜更け、心の奥に隠していた想いが顔を出している。感情を制御する事は難しい。私にお姿を見せてはなりません。 「・・・・・・頼忠さん。」 「お身体が冷えてしまわれます。お戻り下さい。」 「こんな時間に何をしているの?」 「何って、警備をしておりますが。」 そんな当たり前の事を、困惑しながら答える。 「こんな雪の中で?」 「最近、他の貴族の屋敷が賊に襲われたのです。この屋敷は他の屋敷よりも警備は厳重ですが、念の為、こうしてここに居ります。」 「・・・・・・・・・。」 「どうぞご安心してお休み下さいませ。」 「・・・・・・そういう事じゃなくて。」貴女まで困惑気味に話す。「外は寒いから、中に入って下さい。内側からだって、警備は出来るでしょう?」 「いえ、そういう訳には参りません。」 驚いてしまう。貴女は、ご自分のおっしゃっている言葉の意味を理解していますか? 「今まで毎夜、私と一緒に居たんでしょ?外で警備をしていた訳じゃないんでしょう?だったら、私の室の中だって良いじゃないの!」 聴きようによっては、誘っているようにも聞こえる。だが、言葉どおりの意味だろう。 「いや、しかし・・・・・・・・・。」 「この頑固者!」怒鳴られた。「だったら、私も外に居る!」 「花梨殿!?」ギョッとして貴女を見つめる。しかし、貴女が本気だと解っただけ。大きなため息を吐いた。「解りました。では、廂で控えさせて頂きます。」 「よしよし。」 「身体が冷えちゃったら、いざという時、動けないでしょう?」 私に円座に座るように強制して、貴女ご自身の袿を頼忠の肩に掛ける。 「・・・・・・・・・。」 このような場所で一夜を過ごすのですか?薄い御簾一枚隔てただけの場所で? 「花梨殿、それはご勘弁下さいませ。眠ってしまいます。」 重い火鉢を運ぼうとなさり、慌てて止める。 「・・・・・・・・・。」 口を尖らせて不満を伝えて来られるが、首を横に振る。私に優しい態度で接するのは止めて下さい。嬉しいのですが、辛いのです。もうしばらくの間、貴女が記憶を取り戻すまではお傍に居させて頂きます。しかし、貴女無しの生活に慣れなくてはならないのですから。 悪戯好きの貴女に寝るように促し、私は羽織っていた袿を脱いだ。貴女の匂いが染み込んだこの袿を着ているのは、雪の降る外で裸でいるよりも寒い。 貴女をお慕いしているとはっきり伝えたのに、夜になぜ、この私をこんな近くに寄せ付けるのですか?無防備で警戒心の欠片も無いのは、可愛らしいが残酷だ。憎む事が出来れば楽になれるのに、そうもさせてはくれない。意地悪で優しい貴女は、私が己自身で生命を絶つ事も許さないだろう。 そんなにも無邪気に頼忠を弄ぶのでしたら・・・・・・いっそ貴女の手で、一思いに殺して下さい――――――。 |