頼忠11C



花梨殿と私の関係は、周りの方々に完全に誤解されている。
仲の良い恋人同士だが、花梨殿があまりにも若すぎる為に花梨殿の両親に結婚を認めて頂けない、と思っているようだ。私のアパートによく来て下さるし、一緒に出掛ける事も多い。産科の病院に送り迎えをさせて頂いているから、誤解されても仕方が無い。
「頑張って二人の仲を認めてもらうんだよ!」
「あんた、しっかり花梨ちゃんを守るんだよ!」
病院で出会った他の母御や看護士、医師にも応援されてしまっている。
「はい、花梨殿をお守り致します。必ず幸せに致します。」
決意を述べると、花梨殿は困ったようにおろおろとしてしまわれるが、これは私の本心、嘘は言えない。

大きくなられたお腹を愛しそうにさすり、話し掛けられる。産着やらおもちゃなどを楽しそうに選ぶそのご様子で、赤子の誕生をどれほど心待ちにしておられるのか、解る。そして、相手の男をどんなに想っておられるのかも。―――ここには居ない男に嫉妬している己の心の醜さが苦しい。
しかし、花梨殿のお傍に居るのはこの頼忠だ。その男には永遠に逢う事は無い。それだけを心の支えとして生きていこう。貴女のお傍に居よう。ずっとお守り致そう。それが、龍神の策略であろうと無かろうと。貴女のお心を永遠に手に入れる事が出来なくても・・・・・・・・・。



月日が過ぎていき、夏になった。
私は知り合った人に紹介して頂いた会社に就職をした。そして、そこで忙しい日々を過ごしている。当然、花梨殿に逢えない日が増えていった。毎日長い時間お傍に居させて頂いていたから、ほんの数日間でもあの笑顔を見られないのは、お声が聴けないのは辛い。
だが、何時までも花梨殿のお世話になるわけにもいかず、仕事を得て離れる時間が多くなるのは仕方が無い。私がこの世界に慣れていくのをお喜びになられるから、余計に寂しいとは言えない。
そして花梨殿は御子をお産みになられた。母子共々ご無事だと連絡は来たが、その場に居られなかった事が悔しい。病院には面会時間と言う規則があって、簡単にお逢い出来ない事がもどかしい。



「花梨殿。お身体の具合はいかがですか?」久しぶりにお逢い出来た。「申し訳ありません。もっと早く参りたかったのですが。」
入院しているのに、お見舞いに伺えず辛かった。やっとお元気そうなお姿を拝見出来て、ホッと胸を撫で下ろす。出産とは、生命の危険を伴うものなのだから。
「お仕事だもん、それは仕方が無いですよ。面会時間を過ぎたら、来ても逢えないから。」明るい笑顔が嬉しいが。「そんな事より、可愛いでしょう!」
腕に抱いていた赤ん坊を私に見せる。
「えぇ・・・、可愛いですね。」人差し指を近付けると、小さな手が指を握り締める。「小さな手だ・・・・・・。」
この子は誰かを思い出させる。父親の面影を宿している。やはり、私の知っている男の子、か。―――花梨殿の赤子だから可愛いと思えるが、胸に焼け付くような痛みが生じる。
父親の顔を探ろうとじっと見つめていると、抱いてみますか、と尋ねられた。
「私が抱いても宜しいのですか?」
と言いつつ、抱き取る。そして、優しくあやしながら考え続ける。
「頼忠さん。抱き方、上手ですね。赤ちゃんの世話をした事、あるんですか?」
貴女が抱いているお姿は少々危なっかしいが、私は慣れている。羨ましそうに、恨めしそうにそう言う貴女は、母になっても変わらず可愛らしい。
「花梨殿は、赤子の世話は初めてで御座いましょう?私は弟や妹の世話をしておりましたし、一族の子供も面倒を見ておりましたから。」
そう言うと、ふと昔の事が思い起こされた。そして、確かめようと赤ん坊をじっと見つめる。
「どうかしたの?」
「・・・・・・・・・・・・。」
この赤子は見た事がある。かなり遠い過去・・・・・・・・・。
「頼忠さん?」
「・・・・・・・・・神子殿。」
遠い過去?まさか。
「頼忠さん?」
不思議そうに私の名を呼ばれる。
「この赤子は・・・・・・。」喉がからからに渇いて掠れた声しか出ない。「私の弟が・・・赤子だった時に、よく似ております。」
まさか。この赤子は、私の縁者?しかし、私の弟達は京には居なかった。だとすると・・・。
「・・・・・・・・・・・・。」
「この子の父親は・・・・・・頼忠で、御座いますか――――――?」
無くした記憶の中で、私は貴女を・・・・・・・・・?その私が傍にいる事を、許して下さったのですか?
「・・・・・・・・・・・・。」
貴女は何もおっしゃらない。震えていらっしゃる。だが、否定なさらないのですね。
「頼忠の子を、産んで下さったのですか?」
なぜ、この世界ではよくある『中絶』という選択肢を選ばなかったのですか?
「・・・・・・・・・・・・。」
答えては下さらない。だが、今までのご様子だと・・・・・・。
「頼忠の子を、可愛いと、おっしゃって下さるのですか・・・・・・・・・?」
無事に産まれた事を喜んで下さるのですか?愛しいと心の底から思って下さるのですか?もしかして・・・・・・合意の上での行為だったのですか?
「・・・・・・・・・・・・。」
貴女は何もおっしゃらないが、手を伸ばして私の頬に触れる。
「ありがとう御座います。」そう言いながら、頬を擦り付ける。「ありがとう御座います・・・・・・。」
何度も繰り返しながら、貴女の瞳を見つめる・・・・・・・・・。
記憶は戻らない。貴女との間に何があったのかも解らない。永遠に失われたままかもしれない。何より、私の記憶が無いのを不思議に思われない事への疑問は大きいが。
だが、貴女がこの頼忠を嫌ってはいないと、大切に想って下さっていると解ったのだから、どうでも良い。



私は、父親になった――――――。







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