頼忠09C |
神子殿の世界では、私は何の役にも立てませんが・・・・・・それでも、貴女のお傍に居たいのです――――――。 不思議な事に、花梨殿の世界での私の生活環境はある程度整っていた。住む場所からしばらく働かなくて済むほどのお金、戸籍など。知識常識も以前から備わっていたように、自然と身に付いている。武士と言う職業が無いとか『主』『従者』という関係も無いとか貴女の事を『神子殿』と呼ぶと貴女がお困りになられるから、『花梨殿』とお呼びしなければならないとか。いや、本当は「花梨さん」か「花梨」とお呼びした方が普通らしいが、畏れ多すぎて口に出来ない。日本という国の仕組みも、海外に関しての知識もある。車とかいう乗り物にも、身体が自然と動いて運転出来た。 だが、生きていく上で一番基本的な事は解らない。家の構造や道具の使い方。店での買い物の仕方や車以外の乗り物の乗り方。食べ物もどうやって手に入れたら良いのか全く解らず、一人では生きていく事が出来ない。 困った事は困ったのだが、そのお蔭で、私のあまりの生活力の無さに花梨殿が見るに見かねて教えて下さる事になった。お守りする筈が、反対にお手を煩わせる事になってしまって申し訳無い。だが、正直なところ、花梨殿のお傍にいられるのならどんな理由であろうと嬉しいと思ってしまう。 一緒にスーパーに行き、買い物をする。 「食事はレトルトとかインスタントとか冷凍とかを利用すれば簡単だし、飲食店で食べても良いし、こういうスーパーやコンビニエンスストアでお弁当とかを買っても良いから困る事は無いけど。どうします?自分でも料理しますか?」 「そう、ですね。」考え込む。料理を覚えたいと言えば、教えて下さるのだろうか?「少しは覚えた方が良いかと思います。」 「じゃあ、私が教えようか。大した物は作れないけど、その分簡単だから。」 「はい。お願い致します。」 よしっ!これでまた少し、貴女は私の傍に居て下さる・・・・・・。浅ましい願い。 「じゃあ、買い物をしよう!」 見た事の無い食材や道具類を丁寧に説明して下さる。それらにはあまり興味は無いが、貴女の声が聴きたくて質問をし続ける。 「荷物はお持ち致します。」 全部持とうとするが、小さな袋を取り上げられてしまった。 「お米は重いからお願いね。でも、野菜は私が持つの。」 「いえ、しかし・・・・・・。」 「少ないから軽いもん、大丈夫だよ。」 「・・・ありがとう御座います。」 一緒に料理をして食事をして。 「包丁はこう持つの。で、玉ねぎはこう切って人参はこういう風に切るの。」お手本に少しお切りになられる。 「えっと、こうで、宜しいですか?」 同じ刃物でも、刀とは当然違う。真似たつもりだが・・・・・・・・・難しい。 「けっこう上手いじゃない!じゃあ、ジャガイモは皮をむくんだよ?こういう風に。」 不器用で危なっかしい手つきでも、笑い者にせずに丁寧に助言して下さるから、何とかコツが掴める。上手いとは言えないが、誉めて貰えると嬉しい。そして、味見。 「ちょっと甘いかな?もう少し辛くする?」 「そうですね。しかし、これはこれで美味しいかと思います。」 「ほら、遠慮しないできちんと言ってよ?頼忠さんが食べるんだから!」 私は、貴女の好みの味が知りたいのですが。 後片付けも掃除も一緒に。 「このスポンジでお皿を洗うんだけど、洗剤を使うと楽でしょう?」 「こんな酷い汚れが簡単に落ちるのですね。驚きました。」 「ここを捻ればお湯が出るから。」 「この世界は、こんなにも便利なのですね。」 この世界に慣れていらした花梨殿にとって、あの世界はどんなに不便で辛い思いをしていらした事か。もっとこの女(ひと)に対して、優しく接すれば良かった。配慮して差し上げればよかった。―――今更後悔などしても遅いが。 「掃除機を使うと掃除も早く終わるの。ちょっと煩いけどね。」 「そうですね。唸っておりますね。」 「唸るって・・・その表現上手いっ!」大笑いをしている。 「・・・・・・(クスリ)。」 こんな大声をあげてお笑いになる方だったのか。新たな一面を発見。嬉しい。 使い方やり方を教わる為と称して、ずっとお傍に居て下さるように仕向けてしまう。 「花梨殿。ご迷惑をお掛けしてしまいまして、申し訳ありません。」 さすがに良心が痛み、何度も謝罪の言葉を口にするが。 「ふふふ。」なぜか、嬉しそうに微笑んでおられる。「新婚さんみたい。」 「えっ?新婚さん?」 「ごめんなさい。」謝られるが、笑みは消えない。「一緒にやるのが楽しくて。」 「・・・・・・・・・・・・。」 「ずっと迷惑を掛けていたこの私が、頼忠さんの役に立っているんだよ!凄い!嬉しい♪」 「・・・・・・・・・・・・。」 一人はしゃぐ貴女に、何と言葉をお掛けして良いのか解らない。教わらねばならないのは本当だが、必要以上に甘えているのに。困らせているのに。なぜ貴女は、そんなに広い心で受け止める事が出来るのですか? そんな生活の中で、自然と気付いた。気付いてしまった。―――貴女がご懐妊しておられる事を。 計算すれば、あの京での生活の頃だとすぐに解る。だが、私が夜の警護をしていたのに、なぜ気付かなかったのか?なぜ、止められなかったのか?まさ・・・か、屋敷の中に不心得者が居たのか?手引きをした者が。―――恐怖に身も凍るが。 「大丈夫なの。私が望んだ事だから。」 にっこり微笑まれる。 「しかし、その男はこちらへは来ようとは思わなかったのでしょうか?このような状態の花梨殿を放って置くとは・・・・・・っ!」 貴女の想いを受け止めておきながら、離れて生きていける男が居るのか? 「・・・・・・・・・。」困ったように考え込まれてしまう。「あの男(ひと)は知らないから。向こうに残っても良いか、とも、こっちに来て、とも言った事は無いの。色々と考えた末の結論だから、後悔していないの。」 相談しなかった?出来なかった? 翡翠なら、あの男ならば、向こうの世界で貴女を幸せにする事が出来るだろうし、こちらに来る事も躊躇わなかっただろう。という事は、翡翠ではない。他の八葉だって貴女の御心を一瞬でも手に入れたのなら、あんな冷静に別れの言葉を口に出来なかった筈だ。 とすると・・・アクラム、か?怨霊に取り込まれ、龍神に浄化されたあの男か? 「花梨殿が良いとおっしゃるのなら、そうなのでしょう。それでは、この頼忠がその男の代わりにお守り致します。ずっとお傍におります。」 貴女をお独りにはさせません。この頼忠がお傍におります。貴女をずっとお守り致します。――――――本心でもあり、口実でもあるが。 「・・・・・・。」瞬きを繰り返す。「ありがとう、御座います・・・・・・。」 ご迷惑でしょうか?困ったような表情をされる。だが、微かに微笑みを浮かべているようにも見える。それだけを頼りに、貴女のお傍に居る勇気を作り出す。 |
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