花梨09C |
どうもおかしい。龍神様の作為を感じる・・・・・・・・・。 高校は中退した。両親には反対されたけれど、話せる部分の事情を話して無理矢理に納得して貰った。教科書や参考書で、一人で勉強をする。もう少ししてこの生活に慣れたら、通信制の学校や夜間高校に通う事も考えよう。独学を続けて大学検定試験合格を目指すのも良いかもしれない。 本やインターネットで妊娠や出産についての勉強をする。母になる心構えや注意点も。知らない事ばかりで、今まで気付かなかった親の有り難味を噛み締める。 そして、頼忠さんの生活の世話。 生活環境は整っていた。そして、武士と言う職業が無いとか『主』『従者』という関係も無いとか、私の事を『神子殿』と呼ぶと私が困るとか、そう言う事は簡単に理解出来た。総理大臣の名前や海外の有名な国の名前と場所は一致するし、日本国憲法の基本的な事や法律も知っている。車の運転が出来るのには驚いた。 なのに、バスの乗り方やコンビニエンスストアでの買い物の仕方、電子レンジの使い方などの基本的な事が解らないなんて。水道の蛇口を捻れば水が出てくるのも、ライターで火が点くのも知らないなんて。食事もどうしたら良いのか解らず戸惑っていて、放って置けない。ほとんど付きっきり。頼忠さんが嘘を付くなんて考えられないし、あの戸惑い方もわざとらしくないから本当なのだろう。 でも、おかしい。どうも不自然だ。 頼忠さんが突然こちらの世界に飛び込んで来てしまったから準備が整っていない、と言われればそうかも知れないとも思うけれど。でも、私が頼忠さんの傍にいられるように、龍神様が謀ったとしか思えない。感謝したいけれど、こんな最低限の知識が無い状態では頼忠さんが気の毒で仕方がない。危なっかしくて昼間だけでなく夜も傍に居たいけれど、さすがにそれは出来ないから、携帯電話を持たせて一晩中電話で話す。そんな日々を楽しんじゃいけないのに嬉しくて・・・・・・心の中で謝る。ごめんなさい、と。 一緒にスーパーに行って買い物をして。 「食事はレトルトとかインスタントとか冷凍とかを利用すれば簡単だし、飲食店で食べても良いし、こういうスーパーやコンビニエンスストアでお弁当とかを買っても良いから困る事は無いけど。どうします?自分でも料理しますか?」 「そう、ですね。」考え込む。「少しは覚えた方が良いかと思います。」 「じゃあ、私が教えようか。大した物は作れないけど、その分簡単だから。」 「はい。お願い致します。」 「じゃあ、買い物をしよう!」 見た事の無い食材や道具類を興味深そうに見るから、一つ一つ説明をする。頼忠さんって、けっこう好奇心が強いんだ。ふふふ、新たな一面が見られて嬉しいな。 「荷物はお持ち致します。」 全部持とうとする頼忠さんから小さな袋を取り上げる。 「お米は重いからお願いね。でも、野菜は私が持つの。」 「いえ、しかし・・・・・・。」 「少ないから軽いもん、大丈夫だよ。」 「・・・ありがとう御座います。」 一緒に料理をして食事をして。 「包丁はこう持つの。で、玉ねぎはこう切って人参はこういう風に切るの。」お手本を見せる。 「えっと、こうで、宜しいですか?」 「けっこう上手いじゃない!じゃあ、ジャガイモは皮をむくんだよ?こういう風に。」 説明をしながら一つ一つ教える。そして、味見。 「ちょっと甘いかな?もう少し辛くする?」 「そうですね。しかし、これはこれで美味しいかと思います。」 「ほら、遠慮しないできちんと言ってよ?頼忠さんが食べるんだから!」 好みを訊きながら味を調えるのも楽しい。 後片付けも掃除も一緒に。 「このスポンジでお皿を洗うんだけど、洗剤を使うと楽でしょう?」 「こんな酷い汚れが簡単に落ちるのですね。驚きました。」 「ここを捻ればお湯が出るから。」 「この世界は、こんなにも便利なのですね。」 「掃除機を使うと掃除も早く終わるの。ちょっと煩いけどね。」 「そうですね。唸っておりますね。」 「唸るって・・・その表現上手いっ!」大笑いをしてしまう。 「・・・・・・(クスリ)。」 使い方やり方を教える為だけれど、ずっと一緒にやっていると幸せな気分になってしまう。 「花梨殿。ご迷惑をお掛けしてしまいまして、申し訳ありません。」 世話をするのが頼忠さんの役目だったのに、ここでは全てが反対になってしまう。恐縮してしまった頼忠さんが何度も謝罪の言葉を口にする。 「ふふふ。」でも私は、ついつい笑みが零れてしまう。「新婚さんみたい。」 「えっ?新婚さん?」 「ごめんなさい。」謝るけれど、笑みは消せない。「一緒にやるのが楽しくて。」 「・・・・・・・・・・・・。」 「ずっと迷惑を掛けていたこの私が、頼忠さんの役に立っているんだよ!凄い!嬉しい♪」 「・・・・・・・・・・・・。」 一人はしゃぐ私を、頼忠さんは困ったように見つめる。相変わらず優しい眼差しが少し痛い。この瞳で見つめて貰える未来の女性に嫉妬してしまう・・・・・・・・・。 そんな生活の中で、やっぱり隠し通す事は出来なかった。―――妊娠している事を。 計算すれば、あの京での生活の頃だとすぐに解る。でも、頼忠さんは自分が警護をしていたのに、それに気付かなかった事に驚いている。誰かに襲われたのかと心配をしてしまったようだ。 「大丈夫なの。私が望んだ事だから。」 にっこり微笑むけれど、眉間の皺は消えない。 「しかし、その男はこちらへは来ようとは思わなかったのでしょうか?このような状態の花梨殿を放って置くとは・・・・・・っ!」 「・・・・・・・・・。」何と言えば良いのだろう?「あの男(ひと)は知らないから。向こうに残っても良いか、とも、こっちに来て、とも言った事は無いの。色々と考えた末の結論だから、後悔していないの。」 後悔はしていないけれど、頼忠さんの人生はどうしたら良いのだろう?ある程度までは傍に居られるけれど、ある時期が来れば私を必要としなくなるから、その時こそ本当の別れ。『従者』の気持ちはそう簡単には消えないだろうから、時々は会えるだろうけれど。でも、仕事が見付かって友人が出来て恋人が出来れば・・・・・・・・・。それまでは思い出作りしていよう。心の準備をしながら。それと同時に、私に何か出来る事は無いか考えよう―――貴方が幸せになる為に。この世界で、貴方を幸せにする為に。 「花梨殿が良いとおっしゃるのなら、そうなのでしょう。それでは、この頼忠がその男の代わりにお守り致します。ずっとお傍におります。」 「・・・・・・。」えっとぉ・・・この男(ひと)は何でこうも私を喜ばす事しか言わないのだろう?「ありがとう、御座います・・・・・・。」 困っちゃうな。頼忠さんを自由にしたいのに。幸せになって欲しいと思っているのに。願っているのに。それなのに、諦めようとしていた心が反乱を起こし始めてしまう。泣きたくなっちゃう。どうしたら良いのだろう・・・・・・。 |
※ブラウザを閉じてお戻り下さいませ。