頼忠08C



「神子殿。御迷惑をお掛け致しまして申し訳ありません。」
神泉苑での戦いの後、数日間倒れていた私は神子殿の元に挨拶に訪れた。
「もう起きて大丈夫なんですか?ずっと私の警護をしていて眠っていなかったんだから、ゆっくり休んで下さい。」
優しい労わりの瞳でこの頼忠を見つめて下さる・・・・・・。
「いえ・・・大丈夫です。神子殿がご自分の世界に戻られるまで、この頼忠、命を賭してお守り致します。」
そう言うが、神子殿にお逢いした途端、己の心に小さな痛みを感じた。どことなくおかしい気分だ。この感覚は心の欠片を無くした時と同じ。何かを忘れているのか?己にとって重要かつ大切な思い出を。
「・・・・・・・・・。」神子である貴女ならば、これがどういう事か、ご存知かもしれない。だが、己でもよく解らないこの感覚を、どう説明すれば良いのかも解らない。「では、失礼致します。」
会話が続かず、何時までもその場に居る訳にもいかない。その場を下がり、庭で控える。
だが、警護を続けながらも頭の中は神子殿の事。考えれば考えるほど、私の無くした記憶は貴女に関する事だと確信する。それが何なのか貴女に尋ねればこのじれったい感覚も無くなるのだろうが、神子殿の優しくてもどこか余所余所しい私への態度で、躊躇いを覚えてしまう。


その後、神子殿は残った雑用を片付けられる。怨霊は全て龍神が浄化して下さったが、お世話になった方々にお礼を言ったり説明をしたりするのは大切な事だ。貴族達の挨拶やお礼、祝宴とかの招待は貴族の八葉に任せる。権力争いは終わらず、神子殿を利用とする貴族達からお守りするのは、上級貴族である彰紋様や幸鷹殿、泉水殿の存在は助かる。
そんな中、私は神子殿の警護を続けていたが、言葉を交わす事は無かった。それは何時もの事の筈なのだが、神子殿の姿を拝見する度に、声を聴く度に、噂を聴く度に、考える度に感じる違和感・・・・・・。他の八葉と話しておられる横顔を見ていると、訳も解らない焦燥に駆られて抱き締めてしまいたくなる。夜の警護をしていると、妻戸を蹴破ってでも貴女にお逢いしたくて堪らなくなる。『主』と『従者』というだけの関係の筈なのに、なぜこうも貴女に惹かれてしまうのか?なぜ貴女に対して浅ましい想いを抱いてしまうのか?それは、心の欠片を無くした時と同じ、空疎な感覚を無くしたい為だけだろうか?それとも、私が記憶を無くしたのは、この穢れた想いから神子殿を守る為なのだろうか?そして、貴女の拒絶とも取れるその態度は、この頼忠から身を守る為なのでしょうか・・・・・・・・・?



そんな考えで苦しい思いをしている間に、神子としてのお役目は全て終了。神子殿がご自分の世界にお帰りになられる日が来てしまった。



星の一族の二人と八葉、そして千歳殿だけのお見送り。
「ありがとう」「お気を付けて」「お元気で」「後は俺達に任せろ」「心配するな」「幸せになれよ」「幸せを祈っている」などなど、神子殿に色々な言葉を掛ける。
「君を攫ってしまいたいよ。」
そう言って神子殿の手を握り締める翡翠に苦笑しておられる。
「自分の世界に帰りたいの。家族が待っているから。」
あの男のように、素直に己の気持ちを吐き出せれば良いのに。だが、貴女は何かをご存知のようだが、それを私に告げようとはして下さらなかった。理由があるならば、尋ねる事は出来ない。


神泉苑の空が歪み、貴女はその中へ足を踏み入れた。涙を堪えて笑顔を浮かべられる。
苦しくて苦しくて、息もつけなくて。呆然と貴女を見つめる。見つめる事しか出来ないのが辛い・・・。自ら命を絶たなくとも、貴女との永遠の別れと共に自然とそうなっていくだろう。―――そう、感覚で理解した時、貴女の唇が動くのが見えた。『よりたださん、ありがとう』
「・・・・・・っ!」
衝動的に身体が動いた。
歪みの中へ飛び込むと、貴女を抱き締める。
「よ、頼忠さん?」
「神子殿・・・貴女のお傍にいさせて下さい・・・・・・・・・!」
「え?」
「お願い致します・・・・・・・・・・・・。」
ただそれだけ言うと、離さないとばかりに強く抱き締める。頭の片隅では、神子殿に対して無礼を働いていると理解していたが。私が傍にいるのは迷惑だろうとも解ってはいたが。だが――――――貴女が私の名前を呼んだから――――――。
驚き戸惑う貴女と共に、私達は時空の闇へ流された。



そのまま、私は他の世界へ辿り着いた。貴女と一緒に――――――。






注意・・・『温もり・07B&C』の続き。


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