花梨08C |
『最後の一つは応龍が叶える。最後の望みを、神子。』 「私の願い・・・・・・。頼忠さんから私との秘密の記憶を、消して下さい・・・・・・・・・。」 「神子殿。御迷惑をお掛け致しまして申し訳ありません。」 神泉苑での戦いの後、数日間倒れていた頼忠さんが挨拶に来てくれた。 「もう起きて大丈夫なんですか?ずっと私の警護をしていて眠っていなかったんだから、ゆっくり休んで下さい。」 倒れた原因は龍神様だろう。私の願いを叶える為・・・・・・。でも、これで貴方の苦しみを取り去る事が出来た筈だ。『神子殿』から自由になれるだろう。 「いえ・・・大丈夫です。神子殿がご自分の世界に戻られるまで、この頼忠、命を賭してお守り致します。」 そう言ってくれるけれど、どことなくおかしい。一歩下がっての礼儀正しい態度は今までと同じだけれど・・・・・・記憶が一部消されたからだろうか?違和感があって、その原因が神子に関する事だと思うのだけれど、神子である私に直接尋ねる事は遠慮している、みたいな顔。 「・・・・・・・・・。」会話は続かず、眉間に深い皺が刻まれた。「では、失礼致します。」 そう言って下がり、庭で控えている。 警護を続けてくれる頼忠さんの物言いたそうな視線を感じるけれど、私は気付かないふりをしていた。 その後、私は残った雑用を片付け続けた。怨霊は全て龍神様が浄化してくれたけれど、お世話になった人にお礼を言ったり説明をしたり。貴族達の挨拶やお礼、祝宴とかの招待は貴族の八葉に任せる。権力争いは終わらず、神子を利用とする貴族の存在には呆れるわ。 そんな中、相変わらず頼忠さんの視線は感じるけれど、私には貴方の疑問を取り除く訳にはいかないし、出来ないから黙っている。 あの秘密の夜の日々、貴方の寝顔を何度か見たけれど、何時も苦しそうに眉間に皺が寄っていた。神子との秘密の行為は貴方の心を傷付けていた。苦しませていた。それを知っていながら、強要していた。私は貴方の優しさを貰わなければ、役目を果たせなかったから。温もりを補充しなければ、生きていけなかったから。 でも、全てが終わったのだから、貴方を苦しみから解放したい。しなければいけない。私に出来る唯一の事、それは私達の秘密を無かった事にする事。それで幸せになれるかどうかは解らないけれど・・・・・・祈る事しか出来ないけれど・・・・・・・・・。 そして、神子としての役目は全て終了。私は自分の世界に帰る事になった。 星の一族の二人と八葉、そして千歳だけの見送り。 「ありがとう」「お気を付けて」「お元気で」「後は俺達に任せろ」「心配するな」「幸せになれよ」「幸せを祈っている」などなど、色々な言葉を掛けてくれる。 「君を攫ってしまいたいよ。」 そう言って手を握り締める翡翠さんに苦笑してしまう。何度プロポーズされても答えは同じ。 「自分の世界に帰りたいの。家族が待っているから。」 正直、これがあの男(ひと)の言葉だったらどんなに嬉しい事か!全てを捨てて貴方の胸に飛び込むのに。 だけれど、貴方だけは何も言ってくれない。体調が治って挨拶に来てくれたあの日以降、言葉を交わす事は無かったから、一言言って欲しい気持ちはあったけれど。話したい事は山ほどあるけれど。それでこの後の人生、『神子』に縛られては困るから、私からも何も言わない。私には消えない想い出と生命があるから、これからも前を向いて生きていける。貴方の事だけが心配だけれど、八葉の仲間も武士団の人達もいるから大丈夫だろう。大丈夫だと信じたい。 神泉苑の空が歪み、私はその中へ足を踏み入れた。涙を堪えて笑顔を浮かべる。みんなの姿が少しずつぼやけ始めた時、我慢出来ずにあの男(ひと)の名前と「ありがとう」と感謝の言葉を唇だけで言う。 すると、じっと思い詰めたような固い表情をしていた頼忠さんが、いきなり歪みの中に飛び込んで来た。そして、私を抱き締める。 「よ、頼忠さん?」 「神子殿・・・貴女のお傍にいさせて下さい・・・・・・・・・!」 「え?」 「お願い致します・・・・・・・・・・・・。」 視界の隅に驚き慌てるみんなの姿が見えたけれど、私達は時空の闇へ流された。 そのまま、私は自分の世界へと戻って来てしまった。頼忠さんと一緒に――――――。 注意・・・『温もり・07B&C』の続き。 これは頼忠の、花梨との秘密の記憶だけ消しました。 |
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