頼忠09B



神子殿の室を出た時、陽はすっかり昇っていた。清々しい朝だ。
「頼忠殿。話がある。」
我も無く感傷に浸っていると、怖い顔の深苑殿に呼び止められた。予想通りだ。深苑殿の後を歩いている間、これから起こる事を考えていた。大変な騒ぎとなるだろう。それにしては、私の心は平静だ。開き直ったのだろうか。
『神子殿・・・申し訳ありません。』何度も心の中で謝罪する。『申し訳ありません。』



何時もの控えの間。
私が入って行くと、幾つもの冷たい視線が突き刺さった。そこには七人の男達が集まっていた。一人は普段と変わりなく冷静。一人は呆れ返っていると言う表情。そして残りの五人は・・・・・・怒りと戸惑い。
みんなの中央に座る。
重く冷たい雰囲気のまま、沈黙が流れる。
と。
「なぜだ、頼忠。」最初に口を切ったのは勝真。「なぜお前が?」
「・・・・・・弁解はしない。」
「しないのではなく、出来ないのでしょう!」とは幸鷹殿。
「・・・・・・・・・・・・。」
弁解をするのなら、初めからわざわざ知らせるような行動は取らなかった。責められるのも覚悟の上だ。
「僕達は頼忠だから安心していたのです。何があっても花梨さんをお守りしてくれると。」彰紋様の言葉に、イサトが続ける。
「そのお前が何で花梨を襲うんだっ!?」
信頼されているのは知っていた。安心しきっているのも知っていた。だからこそ、二人の秘密の関係が公にはならなかったのだろう。―――皮肉なものだな。全員が神子殿に対して特別な感情を抱いていたのに、神聖な人として近寄る事を遠慮していたのだから。だから余計、男として見ていなかった私が行動した事に怒りが湧くのだろう。
「あの女(ひと)を欲した。ただそれだけだ。」
「なっ!」
一部の者は青冷め、一部の者は怒りで真っ赤に染まる。
「・・・なぜ神子の逃げ道を塞いだのです?」黙っていた泉水殿がおずおずと口を開いた。「公になる行動をされては、神子の選択肢はほとんどありません。結婚するかお帰りになるか。ただ、結婚しないとなると、頼忠は罪に問われる恐れがあります。」
「花梨がそれを知って帰れると思っていたのか?」勝真は怒鳴るが。
「姫君になぜ、直接懇願しなかったのだね?」
ことある事に神子殿に言い寄っていた翡翠の、怒りの無い問い掛けに戸惑ってしまう。
「懇願?」
「何言っているんだよ?花梨が承諾する筈が無いだろうが!」
「それは姫君が決める事だ。我々が勝手に答えを出してはいけないよ?」
翡翠はイサトを宥めるように言うが、みんなの怒りを煽るだけ。
「わざとだろう?わざと誰かの目に付くような行動をしたんだろう?花梨が帰れなくなるように!」

カタリ。

室に神子殿が入って来られて、一斉に黙り込んだ。
青冷め、緊張しておられるその様子に、ズキリと心が痛む。
だが、黙ったまま私の傍まで来ると、正面の膝が触れるほどの近さの場所にお座りになられた。途中、イサトが腕を掴もうとしたが、翡翠が止めてくれた。


まっすぐ私の瞳を見つめてくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
緊張した時間だけが流れていく。その美しい瞳には戸惑いと不安で揺れているが、怒りは無い。・・・・・・なぜお怒りになられていないのですか?
「私に言う事があるでしょう?何ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」言いたい事は沢山御座います。ですが、今言える事は唯一つだけ。「申し訳ありません。」
「そうじゃない。謝罪じゃなくて、理由です。」
何と言えば、この心を理解していただけるのか。
「・・・・・・・・・貴女をお帰しする事は出来ません。」
「・・・・・・・・・。」
己の語彙の少なさがもどかしい。
「貴女を失っては、私は生きてなどいられません。」
「・・・・・・・・・。私に・・・・・・頼忠さんの傍にいろと・・・・・・・・・一緒に生きてくれと・・・言っている、の?」
声が震えておられる。両手で胸の辺りの服を掴み、握り締めたその小さな手が痛々しい。
「はい。」頷く。「・・・・・・申し訳ありません。」
「一番・・・一番肝心な言葉は言ってくれないの?その言葉を・・・・・・下さい。それを言ってくれたら・・・・・・おーけぃするから・・・・・・だから・・・言って。お願い・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
この女(ひと)は何をおっしゃっておられるのだ?肝心な言葉とは何だ?
「だから!」大きな声で叫ばれる。「何で私なの?なぜ私に傍にいて欲しいと思ったのっ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
傍にいて欲しいと思った理由?それは・・・・・・・・・。
「じゃあ、女なら誰でも良かったの!?」
「違いますっ!」間髪入れずに答える。「貴女だから―――。」
「だったら、それはなぜ?理由を言ってっ!」
「・・・・・・・・・・・。」
苦しい原因。貴女を苦しませた理由。それを言葉にして貴女に伝えても宜しいのですか?それは・・・許されるのですか?
長い時間、考え込んでしまう。
「神子殿・・・・・・・・・。」躊躇いは消えないが、知りたいとおっしゃるのなら。「貴女を・・・お慕い・・・・・・しており、ます。」
ようやく言葉に出来たが、その瞬間、神子殿の全てが止まった。
「み、神子殿?」ぎょっ、と眼を見開き立ち上がりかけて座り直した。「あ、あの・・・神子殿?」
貴女が手を伸ばして私の袖を掴んだ。
「もう・・・一度、言って?」掴んでいる手が震えている。「お願い・・・もう一度・・・・・・。」
「神子殿。」震えている少女の手を握り締めた。「貴女をお慕いしております。」
そうきっぱり言った瞬間、貴女は私の首に腕を回して抱き付いてこられた。
「ばか。」
「神子殿?」
言葉と態度の違いに戸惑ってしまう。
「ばか。ばか。ばか。」
「神子殿・・・・・・。」
「頼忠さんなんか嫌い。」
あの、これは・・・・・・承諾だと思って、宜しいのですか?
「・・・・・・・・・ありがとう御座います。」
ボロボロ涙を流し続ける貴女の頭や背中を優しく撫で続ける。長い長い時間・・・・・・涙が止まるまで・・・・・・・・・・・・。


やっと涙が止まり顔を上げて下さり、ホッと胸を撫で下ろす。そして、念の為に確認した方が良いかと考えていると。
「あのね、私一人じゃないけど良い?頼忠さんの傍に二人でいても良い?」
そう言って、私の手を取って貴女のお腹に触らせる。
「二人?」
おっしゃられた意味が解らず、貴女のお顔と腹部を行ったり来たり。
あまりにも急激な状況変化に付いていけず、間抜けな顔になってしまったのだろう。私の顔を見ていた貴女は、吹き出しそうになるのを必死で堪えておられる。
貴女が笑っておられると理解した時、やっと言葉の意味も理解した。
「神子殿!」
抱き締める。強く強く。
「よ、頼忠さん!」
「神子殿!有難う御座います!!」
嬉しくて嬉しくて、更に力が入ってしまう。
「痛いよ・・・・・・。」
「あっ!も、申し訳ありません!」慌てて力が弛めたが、離せない。「もう私から逃げませんね・・・・・・・・・。」
「これからもずっとよろしくお願いします。」
「・・・・・・・・・・・・。」
今度は貴女が、私の背中を優しく撫で続けてくれていた。気持ちが落ち着くまで。貴女から離れても、笑顔は私のものだと安心していられるまで――――――。






注意・・・『08』の次の日。

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