頼忠09A



私は、貴女の室の警護を続けている。八葉の仲間は、毎日のように挨拶に訪れている。だが、診察する泰継殿以外、誰にもお会いにならない。
お会い出来る泰継殿を羨ましいと思う反面、嫌悪しているだろうこの頼忠に会えないのは当然とも思う。私は貴女の笑顔を拝見出来ないのが苦しくて、妻戸を蹴破ってでもお逢いしたいが―――。



そんな状態の日々が続いた、ある日の夜。
カタリ。
小さな物音が響いた。
妻戸から出て来られたのが貴女で驚き、とっさに御前に出て行くのも忘れてしまった。
だが。
「・・・・・・・・・。」
久し振りに拝見した貴女の青冷めて震えておられるその御様子に、言葉も出ない。全てを失うまで傷付けたこの頼忠の過ちを償うには、どうすれば良いのか?
しばらく庭を寂しそうに見ておられたが、室に戻ろうと妻戸に手を掛けられた。だが、顔だけ振り返ると、不思議そうに庭の方を見つめておられる。
『・・・・・・どうなされたのか?』
出て行く機会を失ったままじっと見つめていると、貴女は階から降り屋敷を出て行かれる。
『こんな真夜中にどこへ・・・・・・?』
気配を殺して後を付け始めた。



着いた先は・・・神泉苑。
身体が震えてしまう。あの日・・・入水なさろうとしたのは、この神泉苑だった・・・・・・。
『まさ、か。また・・・・・・・・・?』

湖を見つめ、空を見上げて。再び湖面を見つめる。そして、しゃがみ込み水面に手を伸ばされた。
恐怖感が膨れ上がり、衝動的に走り出した。

「神子殿っ!」後ろから抱き締める。「お願いです、早まった真似はしないで下さい!!」
「え?何?何なの?」
振り解こうともがくけれど、そんな事で貴女を諦められない。
「神子殿、お願いです・・・・・・・・・。」
「ちょっと放してっ!」
そう争っている内に。
バシャっ!!
水の中に座り込んでしまった。やっと抵抗する気を無くしたらしく、大人しく抱き締められるがままになる。
「神子殿・・・・・・。」
生きている・・・・・・貴女は生きておられる。この身体は温かい・・・・・・。嬉しくて嬉しくて、嬉しさのあまり貴女の身体から離れる事も忘れて抱き締め続ける。
すると。
「ごめ・・・ん、な・・・さ、い。」突然、貴女から謝罪の言葉が告げられた。「ご、めんな、さい・・・・・・。」
驚き、顔を上げた。「神子殿?」何をおっしゃっておられるのか、貴女は?
「ごめんなさ、い・・・。」
「何を?何を謝っておられるのです?入水なさろうとした事ですか?」
意味が解らず尋ねるが。
「ちが、う。あな、たを・・・・・・傷、付けた・・・事を、謝り・・・たい、の。」
私にはどうしても理解出来ぬ言葉。
「私を?この頼忠を、神子殿が傷付けた?」
この頼忠が、貴女を、傷付けた、では無いのですか?
「記憶・・・が無くて、な、にを、したかも覚えて・・・いな、いけれど・・・・・・。それでも、謝り、たいの。」声も身体も震えておられるのに、必死に伝えようとするその姿が痛々しい。「ご、めんな、さい。」
「・・・・・・・・・・・・。」再び抱き締める。「貴女はこの頼忠に対して、何も傷付けるような事はしておりません。むしろ、幸せにして下さいましたよ?」
安心して欲しくて、優しく伝えるが。本当の事を伝えるが。
「違、う。いっぱ、い、いっ、ぱい、傷、付け、た。だ、から、謝り・・・たい。ご、めん、なさ、い・・・・・・・・・。」
「ですから、謝罪は必要無いのです。」抱き締めている腕に、力を入れる。「私は貴女と出会えた事を感謝しているのですから。」
何を、勘違いされたのか?なぜ、誤解したのか?
「駄、目。謝、罪を受け・・・取って、下、さい。お願、いしま・・・す。お、願い・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」貴女を放して顔を覗き込む。誤解させたのはこの頼忠のはっきりしない態度なのか?そして、それが貴女を苦しめ、全てを失わせたのか?過ちを正す事も、失った物を取り戻して差し上げる事も出来無いのなら―――今の私に出来る事はたった一つ。「・・・解りました。謝罪の気持ちを受け取ります。貴女を・・・・・・許します。」
その瞬間。
全ての苦しみから解放されたのだろう。貴女の瞳から、溜め込んでいた涙が溢れ出した。
「ありがとう御座います・・・・・・。」私の胸に縋り付いて、大声を上げて泣き出した。「うわ〜〜〜ん!あ〜〜〜ん!!」


貴女の涙が止まるまで、頭と背中を優しく撫でながら抱き締める。
しかし、静かになられたと思ったら、眠っておられた。眼元が腫れて痛々しい。
「申し訳ありませんでした。貴女のお気持ちに全く気付かなくて。苦しめてしまって。」
そっと抱き上げると、屋敷に連れて帰る。そして、眠っていた貴女付きの女房を起こして世話を頼む。



庭からパタパタと動き回る女達を見ながら、私は過去に立てた誓いを思い出していた。結局、守る事の出来なかったその誓いを――――――。






注意・・・『08』の後。2月頃。

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