頼忠08A



「神子様がたった今、お目覚めになられました。」
神泉苑での最後の戦いの後、意識を失ってしまった神子殿を心配して控えの間にいた我々は、女房のその報告に一斉に安堵のため息を洩らした。
「で、花梨さんのご容態はいかがでしょうか?」
彰紋様が心配そうに尋ねていると、神子殿の室の方から人が慌しく動き回る物音が聞こえてきた。
「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・。」」」」」」」」
黙り込み、誰か報告しに来るのを待っていると。
「泰継殿、どうかこちらへ。」
青冷めた一人の女房が飛び込んで来た。
「解った。」
泰継殿はそう言うと、すっと立ち上がり室を出て行く。
「おい、花梨は大丈夫なのか?」
「花梨さんは目覚めたのでしょう?どうしたのです!」
「神子に何かあったのでしょうか?」
「一体どうしたと言うのだ?」
残された七人は、最初の報告をした女房に詰め寄るが。
「あの、私には全く解りません・・・・・・。」困惑。「ご様子を窺って参りますわ。」
「いや、己の眼で確かめる。」
私がそう言って室を飛び出すと、他の者達も先を争うように走り出した。


神子殿の室の前では、大勢の女房達がいた。だが、それぞれ困惑していたり泣いていたり不安そうだったりと、我々の不安を煽る。
「神子殿のご様子はいかがなのです!?」
「・・・・・・・・・。」
顔を見合わせるが、説明をする者はいない。苛立ち、室に入ろうとしたが、出て来た深苑殿に止められてしまった。
「静かにせぬか。神子が脅える。」
「深苑殿。脅える、とはどういう事かな?」
「今、泰継殿が診ている。」御簾にチラリと視線を送るが、すぐに戻る。「神子の様子がおかしい。記憶を失っているようだ。」
「「「「「「「なっ!」」」」」」」



泰継殿の説明を聞く。
神子殿の記憶は、ご自分の名前が『花梨』という事以外全く無い。それは、神子殿ご自身の願いであり、龍神が叶えた事だと。
「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・。」」」」」」」
全てを忘れたかった?それはつまり―――。
「この京での日々があまりにも辛すぎた、という事でしょうか?」
「恐らくそうだろう。」
「「「「「「「・・・・・・・・・・・・。」」」」」」」
私の言葉に反論出来る者はいない。
「出会った最初の頃は疑いの眼で見ておりましたから、厳しい態度で接してしまいました。」幸鷹殿が呟いた。「この見知らぬ世界に突然連れて来られて戸惑い、不安だったでしょうに。」
「「「「「「「・・・・・・・・・。」」」」」」」
「あいつが失敗すると、偽者呼ばわりしていたかも。」イサトも下を向いて言う。「何をすれば良いかなんて、誰も解っていなかったのに。」
「「「「「「「・・・・・・・・・。」」」」」」」
「あいつが頓珍漢な事を言ったりした時、怒鳴ってしまったな。」とは勝真。「この世界の常識は、何も知らなくて当然だったのに。」
「「「「「「「・・・・・・・・・。」」」」」」」
「私は姫君の願いを叶えようと言いながら、好き勝手な事ばかり言っていたよ。」
「「「「「「「・・・・・・・・・。」」」」」」」
「僕の悩みを聞いて貰っていたけれど、花梨さんの悩みは本気で尋ねた事はありませんでした。」
「「「「「「「・・・・・・・・・。」」」」」」」
「神子に守って頂きながら、私は神子の為には何もしておりません。」
「「「「「「「・・・・・・・・・。」」」」」」」
「神子に私の願いを叶えて貰った。だが、私は神子の本当の願いは知らない。」
「「「「「「「・・・・・・・・・。」」」」」」」
今頃気付いた事を並べ立てても、遅すぎた。我々は、神子殿の事を何も知らない。知ろうともしなかった。

「どうすれば神子殿の記憶は戻るのでしょうか?」
一番肝心な事を泰継殿に尋ねるが。
「恐らく戻らないだろう。」
「戻らない?」
「龍神が封じ込んだのだ。龍神の声が聞こえない今の神子では、願いも龍神には届かない。」
「このまま?一生このままなのですか?」
「恐らく。」
「「「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」」」
同情の涙。悔し涙。後悔の涙。
だが、私には涙も出ない。
あれだけ神子殿には救って頂いたのに。守って頂いたのに。光へと導いて頂いたのに。誰よりもお傍で貴女を見ていたのに。そして、貴女が苦しんでいるのを気付いていたのに。それなのに。結局、私は何もしなかった。貴女は全てを失ってしまわれた。
『この罪を償う事は出来るのだろうか――――――?』
この頼忠の生命で償えるのならば、喜んで差し出そう。だが、何も変わらない、解決しない。それどころか、逃げた私自身が楽になるだけだ。それは許されない。貴女の為に何が出来るか、考えよう。―――今の私には考える事しか出来ないのが、もどかしい。

「あの・・・神子殿にお会いしたいのですが。」
女房に頼むが。
「いえ。お疲れのご様子で、もうお休みになられました。」
「そうですか・・・・・・。」
神子殿の御意志に背いて会いに行く事は出来ない。諦める。
今頃、混乱しているだろう。恐怖で震えているだろう。お傍にいたいが、記憶の無い私では・・・・・・いや、記憶があれば尚更、夜のお勤めをしていた私の顔を見るのもお嫌かもしれない。
『もしかして・・・その記憶を消したかった、のか・・・・・・・・・?』
血の気が引いていくのが・・・自分でも解った。



警備の為、毎日この屋敷を訪れるが・・・・・・気配さえ、神子殿のご様子を窺い知る事は出来ない日々が続く―――――――――。






注意・・・ゲーム終了後。

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