花梨09A |
私の友人だと言う人達は、私に会う為にほとんど毎日来てくれる。でも、診察に来てくれる安倍泰継さんのような寂しそうな表情をされるのが怖くて、どうしても会えない。 違う。 この会いに来てくれる人の中に記憶を無くした原因の人がいるという疑惑が、確信へと変わった為だ。非難の眼差しに出会うのが怖いのだ。このままじゃいけない。いけないと解っているのに、意気地なしの花梨・・・・・・。 燈台の炎が揺れている。微かな風で揺れる、不安定な火・・・・・・。 明日こそは来てくれた友人に会おう。そう決めてから、もう何日過ぎた事だろう。このままでは一生閉じ篭って生きていく事になる。記憶が戻らない―――それを受け入れなければならない。受け止めて、不安の中でも前を見て歩き出さなければ。 「でも・・・やっぱり怖い。」 勇気が無いのだったら『きっかけ』を作ろう。今は夜、誰も私の事なんて見ていない。この暗闇だったら、御簾の外に出られるかも・・・・・・。 震えながら両手で持ち上げ、御簾から出る。 「大丈夫。誰もいない。」 足音を立てずに静かに歩く。そして、妻戸の鍵を開けて戸も開ける。 「・・・・・・・・・。」 緊張で強張った身体を無理矢理押し出すように、外に出る。 『見慣れた風景の筈なのに・・・・・・・・・。』 庭が全く見覚えが無い事で落胆する。やっぱりこんな身近な事までも忘れているんだ・・・。 だけれど、それでも簀子に出られた事で満足した花梨は室の中に戻ろうとしたが。 シャ、ン。シャ・・・・・・ン。 鈴の音が聞こえる。 「頭の中で、鳴っている・・・・・・の?」 不思議な事に恐怖感は無い。それどころか、この音の導くまま階から降りる、屋敷の外へと出て行く。行かなくてはいけない―――その思いのままに。 シャ、ン。シャ・・・・・・ン。 鈴の音が止んだ。ここに連れて来たかったようだ。 「ここは・・・どこだろう?」 広い整えられた場所。池があり、近付いてみる。 「うわぁ、キレい・・・・・・・・・。」 水面に満天の星が輝いている。――――――星? 空を見上げると、水面と同じように満天の星空。 「・・・・・・・・・・・・。」 泰継さんが言っていた。私の望みを叶えたのは龍神様だと。と言う事は、ここに導いたのも龍神様かもしれない。前を向いて歩き出す勇気をくれる為に・・・・・・・・・。 再び水面に眼を向けると、白い何かが浮いているのが見えた。 「これ、何だろう?」 掬い上げようとしゃがんだその時。 「神子殿っ!」いきなり後ろから抱き締められた。「お願いです、早まった真似はなさらないで下さい!!」 「え?何?何なの?」 振り解こうともがくけれど、男の人の力には全く敵わない。 「神子殿、お願いです・・・・・・・・・。」 「ちょっと放してっ!」 そう争っている内に。 バシャっ!! 水の中に座り込んでしまった。もう抵抗する気も無くして、ただ抱き締められるがままにする。 「神子殿・・・・・・。」 何時の間にか、正面から抱き締められていた。 『あ、れ?この男の人は確か・・・私の友人だと言う人の中の一人。』その友人がなぜ、私を抱き締めて震えているのだろう?『でも・・・・・・この男(ひと)は・・・・・・・・・。』 水の凍るような冷たさが、封じ込められた記憶の襞に触れる。 「ごめ・・・ん、な・・・さ、い。」記憶は無いのに、戻らないのに。なのに、湧き上がる後悔と謝罪の気持ち。「ご、めんな、さい・・・・・・。」 男の人は、はっと驚いたように顔を上げた。「神子殿?」 「ごめんなさ、い・・・。」 「何を?何を謝っておられるのです?入水なさろうとした事ですか?」 「ちが、う。あな、たを・・・・・・傷、付けた・・・事を、謝り・・・たい、の。」 自然と口から零れ落ちてくる言葉。記憶は無いのに、その言葉が間違っていないと・・・私がこの男(ひと)に対して酷い事をしたと・・・私には解る。 「私を?この頼忠を、神子殿が傷付けた?」 「記憶・・・が無くて、な、にを、したかも覚えて・・・いな、いけれど・・・・・・。それでも、謝り、たいの。」きちんと言おうと努力はするけれど、寒さと恐怖で声が震えてしまう。「ご、めんな、さい。」 「・・・・・・・・・・・・。」再び抱き締められた。「貴女はこの頼忠に対して、何も傷付けるような事はしておりません。むしろ、幸せにして下さいましたよ?」 「違、う。いっぱ、い、いっ、ぱい、傷、付け、た。だ、から、謝り・・・たい。ご、めん、なさ、い・・・・・・・・・。」 「ですから、謝罪は必要無いのです。」抱き締めている腕に、力が入る。「私は貴女と出会えた事を感謝しているのですから。」 「駄、目。謝、罪を受け・・・取って、下、さい。お願、いしま・・・す。お、願い・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」頼忠と名乗ったこの男(ひと)は私を放して顔を覗き込む。そして、哀しそうでいて、それなのに優しい瞳で見つめ返してくれた。「・・・解りました。謝罪の気持ちを受け取ります。貴女を・・・・・・許します。」 その瞬間。 私を縛り付けていた全てのものから解放した。不安も。恐怖感も。罪悪感からも。そして、記憶が無い苦しみからも。 「ありがとう御座います・・・・・・。」私は頼忠さんの胸に縋り付いて、大声を上げて泣き出した。「うわ〜〜〜ん!あ〜〜〜ん!!」 私の涙が止まるまで、頼忠さんはずっと頭と背中を優しく撫でながら抱き締めていてくれたようなんだけれど―――泣き疲れと恐怖感が無くなった安心感と、頼忠さんの身体や手が暖かくて、何時の間にか眠ってしまい―――その後の記憶が無い。 注意・・・『08』の後。2月頃。 |
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