頼忠04



神子殿が封印の力を得た頃から、周りの人間の貴女を見る目が少しずつ変わってきた。
『龍神の神子』との信頼を得て、八葉が協力をし始めたのは良い事だが。

「あいつ、最近笑うようになったな。」
「そうですね。力が増して余裕が出てきたのでしょう、思い詰めたような表情をしなくなりましたね。」
「私達も神子殿の為に頑張らなくては。」
「だけどさ、もうちょっと頼ってくれたって良いのにな。」
「そうですね・・・あまり相談してくれないのは寂しいですね。」
「我が儘の一つでも言ってくれると、信頼されていると感じられて嬉しいのですが。」

そんな彼らが一人の女人を見る眼つきで神子殿を見つめていて、心がざわめいてしまう。
もしも。もしも貴女がそんな彼らの心に気付いてしまったら――――――。



そんな落ち着かない日が続いたある日。その日は神子殿の物忌みの日だった。
『龍神の神子』は五行の影響に敏感で八葉が傍にいてその悪影響から守らねばならないと言うのに、貴女は誰も傍に寄せ付けない。だから、御簾の外でこっそりと控えていた。

だが。
翡翠が貴女の室に入って行った―――重要な話があると言って。
二人の話し声が、聞くつもりは無くとも聞こえてしまう。
否。
翡翠は貴女を見る眼つきが変わった内の一人、無意識に聞き耳を立ててしまう。


最初不機嫌そうな声音だった貴女が、翡翠の一言でお変わりになった。

昨夜、羅城門跡で見かけた?
あの怪しげなアクラムとか言う男との逢瀬?
この京で出会った最初に人が翡翠だったら良かった?
無かった事はこれからいくらでも変えられるけど、あった事は無かった事には出来ない?

ぎりぎりと心臓を締め上げられるような痛み・・・・・・。
解っていた筈だが。
あの時、私以外誰もいなかったと。私は、一番手軽な存在だったと。
そして。
今から相手を変えるのは、面倒だという事か。
それとも。
今、本当に欲しい男は手に入らないからだろうか・・・・・・・・・?

「私、アクラムを救いたいと思っています。」

その貴女の言葉で我に返った。
思い詰めたような表情はしていないが、それでも、今でも何かに追われるように必死なのはあの男の為なのか?お慕いしているのとは違うと仰ってはいるが・・・・・・だが、特別な感情である事にはお変わりないようだ。
もしかして。
貴女には・・・特別な感情、お慕いしている男が・・・・・・おられるのか・・・・・・・・・?

その後、翡翠とどんな会話をしておられたのか、何一つ耳に入らなかった――――――。



夜、貴女の室に入り込んで良いものかどうか悩みながら庭に行くと、貴女は池の前で佇んでおられた。
月明かりを浴びて池を見つめておられるその姿は、あまりにも美しすぎて儚くて。

貴女は心の中に、誰を住まわせておられるのですか?
貴女は今、誰を想っておられるのですか?
傍にいて欲しい男は、本当は誰ですか?
夜の相手は・・・・・・私で宜しいのですか?

尋ねたい事は沢山あるが、口から出た言葉は。
「このような刻限に外へ出られては危険です。」
振り返った貴女は、私には気付いておられなかったようで驚きの表情を浮かべられた。
だが、次の瞬間。
首に腕を回して抱き付き、唇を重ねてこられた―――貴女から。初めて。
もう、私の頭には貴女以外の事など全て消え去った・・・・・・・・・。



眠り込んでいる貴女の寝顔を見ている。
こんなにも傍にいるのに。触れて抱き締めてもいるのに。それなのに、貴女の心に触れる事は出来ない。

「天女」、「かぐや姫」―――誰かが貴女を言い表した言葉。

貴女を手に入れる事は不可能だと言う事か。
それでも。
貴女が欲しくて欲しくて。求めてしまう想いは膨らむばかり。

胸に頭を乗せる。
心臓の鼓動を聞いていると、貴女が本当にここにいると・・・貴女を抱き締めていると、確かに感じる事が出来る。
だが。
このまま離れられないように、どこにも消え去られないように繋ぎ止めておく方法は無いのだろうか?一時的ではなく、永遠に抱き締める事は。
それが偽りの・・・・・・貴女の心に反する事だとしても――――――。


『龍神の神子』と認め、私の『主』である貴女を、己の命を賭して御守りしたい、望みを全て叶えたいとの思いも本当だが。
一人の男として、一人の女人である貴女に浅ましい想いを抱いているのも事実。
神聖で清らかな貴女への、この穢れた想いを消し去る事など出来やしない。

龍神は何故、このような罪深い私を『八葉』の一人に選んだのか?
龍神は何故、このような穢れた想いを抱いている私が『神子』に触れる事を許しているのか?



己の幸運を感謝すると共に、この苦しい運命を呪おう――――――。






注意・・・第3章。

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