頼忠03



院を呪っていた怨霊を退治出来た後、あなたは一瞬呆れたような笑みを浮かべられた。


「八葉として、命を賭してあなたをお守り致します。」
「お前はオレの龍神の神子だ。八葉としての力でお前を守って見せるぜ!」
「これから、神子であるあなたをお守りする八葉として、頑張らせて頂きます。」
「神子、私も八葉として、出来る限りあなたのお力になりたいと思います。」
天の八葉の全員があなたを『龍神の神子』と認めたのに。
帝に取り付いている怨霊を退治しましょうとおっしゃられた途端、従う事を拒否した為か。
当然だろう。
あなたが何かに取り付かれたように必死に役目を果たそうとしておられるのに、従者である我々は『院』とか『帝』とかに拘っているのだから。


そして。
龍神の神子を騙る偽者かどうか探っていたと謝罪する私に、残念そうな、ホッとしたような複雑な表情をなさる。
偽者と判断したならあなたを排除する役目を負っていた私は、そんな事にならずに済んで安堵していると言うのに。
未だに「死にたい」とお考えになられているのか?
ホッとしたような表情は「生きたい」と言う感情が芽生えたのだろうか?
しかし、何より不思議なのは。
疑いの眼で見続けていた事を告げても、なぜあなたはお怒りにならないのか?
星の姫以外の接する全ての人が疑っていたとしても、私は昼間も夜もあなたのお傍にいたのに。あなたの本当の姿を見ていたというのに。


毎夜、みんなが寝静まった頃にあなたの元を訪れる。
何時も小さな贈り物を携えて。

「あなたは少し痩せ過ぎております。これでは体力が持ちません。」
そう言って食べ物を持って行くと驚かれてしまった。慣れない環境、味付けの違う食事は喉を通らないようで。女房達は心配してあれこれ食べるようにと迫るようだが、あなたのお耳には届かない。
毎日毎日外出なさって体力を消耗なさっておられるのに、食事を取らなければ倒れるのは時間の問題だと、誰にでも解る事。
だが、未だに「神子」と呼べない私が心配するとは思ってもいなかったようだ。
抱き締めるあなたの身体は骨と皮ばかりで、これでよく動けるものだと感心するばかり。義務を果たそうと努力はなさるが、「生きる事」への関心は無いようだ。
無理矢理にでも食べて頂こうと差し出すと困ったような顔をなされる。
しかも、一緒にじゃなければ食べないと散々言われてしまえば、私もご一緒するしかない。あなたを『神子』と信じている今、『従者』である私が『主』と食事を共にするのは恐れ多いのだが。
愚痴一つ、泣き言さえ零す事の無いあなたが唯一我が儘をおっしゃられる相手がこの頼忠だけと言うのも不思議な感じがする。清ました表情の奥では、悪戯っ子のような笑みを浮かべておられる。困った御人だ。
しかし、ただの屯食をとても美味しそうに食べられるから断る事は出来ない。そのおかげで、普段の食事は未だにほとんど食べる事は出来ないようだが、少し身体に肉がつき、体力がついて疲れにくくなったようだ。痩せ過ぎには変わりは無いが。

ふと考える。
私は、彼女を抱く事によって『高倉花梨』という少女を探っていたのだろうか?
私には解らない。
この少女をもっと知りたいと思った事は確かだ。


『龍神の神子』と言う神聖なる少女を毎夜抱き締める行為は、本当は許されないだろう。
だが、「命令」されては断る事など出来やしない。
昼間は無理して笑顔をお作りになられているこの少女がこの時だけ、寛いだ表情を御見せになられるから。
疲れた心を癒して欲しい。
我が儘を言って欲しい。
頼って欲しい。
笑って欲しい。
―――否。
私はそれを利用している。
肉欲を抑えきれないだけかもしれない。
罪を重ねる事しか出来ない私を必要としてくれるのが嬉しいのかもしれない。
この穢れた身体を清めてくれる事を期待しているのかもしれない。
そんな事は解らない。
解らないが、私はこの夜の一時(ひととき)を心待ちにしている――――――。






注意・・・第1章最終日〜。

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