陣痛から出産までが、こんなにも痛くて辛いものだとは知らなかった。いえ、ある程度の知識はあって、予想、覚悟はしていたけど、甘かった。あまりにも我慢の限界を超える苦しみが長い時間続くものだから、このまま死んだ方がマシ、との考えが頭の片隅を過ぎる。
でも。
頼忠さんの子供―――それだけが花梨を支える。
泣いて喚いて泣いて。
喚く事さえ出来ずに涙を流し続ける。
それさえ我慢して耐え抜くと。

「おぎゃ――――!」

赤ちゃんの鳴き声が聞こえた瞬間、力尽きて意識を失った・・・・・・・・・。



花梨13E



花梨はふわふわした雲の中に居た。

「戻りなさい。」長い白髪のおじいさんが静かに言う。「神子。お前の記憶は戻っている筈だ。神子の居たい場所、居るべき場所に戻りなさい。」

「・・・・・・・・・頼忠さん。」思い出したくなかった秘密の記憶、思い出して嬉しい頼忠さんへの感情―――何時の間にか、すっぽりと頭の中にあった。「戻っても良いの・・・・・・・・・?」

「・・・・・・・・・。」龍神様は優しい微笑みを浮かべると、腕を伸ばして手で指し示した。「確かめなさい。神子の眼で。」



「・・・・・・・・・。」気付いた時には真っ暗闇の中、一人座っていた。「・・・・・・・・・。」
最初の頃、散々好き勝手して我が儘言って。それが何時の間にか、頼忠さんを助けたいとの感情のままに行動していた。それでもやっぱり、『神子』に縛りつけたままで。
『無事、だよね・・・・・・?』
京は救えたし、頼忠さんは生きている。そして、赤ん坊の泣き声は聞こえたのだから、無事に産まれたのだろう。
『願いは全て叶った。もう、やり残した事は無い。思い残している事も・・・・・・。』
もう一度闇の中に沈もうとしたけれど。
―――花梨殿。お慕いしております。―――
声が聞こえた。記憶を無くしている日々、何度も言ってくれたその言葉を。
記憶を無くす前も無くした後も、想いを寄せた男(ひと)はただ一人。その男(ひと)の言葉は天使の囁き。―――本当の願い。
『でも・・・・・・・・・。』その言葉を受け取って良いのだろうか?ずっと傷付けて弄んでいた私が、これからも頼忠さんの傍にいても良いのだろうか?不幸せにすると解っているのに。『どうしたら良いの・・・・・・・・・?』
両手で顔を覆おうとしたが。
『あれ?右手が動かない・・・・・・?』縛られているとは違う感覚。でも、手は動かない。『温かい?――――まさか!?』
ゆっくりと眼を開ける。と、眼の前に、顔があった。
「花梨殿?」真っ青な顔で、覗き込んでくる。「花梨殿?大丈夫で御座いますか?私が解りますか?」
「・・・よ、り・・・ただ、さ・・・ん?」顔を動かすと、私の右手が頼忠さんの両手の中にすっぽりと包み込まれているのが見えた。「大丈夫、みたい。疲れて眠いけど・・・・・・うん、大丈夫。」
「花梨殿・・・。良かった、本当に良かった・・・・・・。」指を絡ませて握り締め、私の手の甲に頬を擦り付ける。「お目覚めにならなかったらどうしようかと・・・・・・っ!」
「・・・・・・・・・。」なんて顔をしているんだろう、この男(ひと)は?大人の男性なのに、涙をボロボロと流しているなんて。「・・・・・・・・・。」もしも。もしもここで拒絶したら。こんな表情をさせる私が、頼忠さんの為、と心にも無い事を口にしたら。『貴方を更に傷付ける事になる・・・・・・?』
貴方の心に反して、縛り付けて弄んでいると思っていた。でも、あの頃の私を好きでいたのなら、嫌々相手をしてくれていたのではなかったのかもしれない。私が感じていた、愛されているという幸福感は、勘違いじゃなかったのかもしれない。
―――花梨殿。お慕いしております。―――
高倉花梨の弱さも醜さも全て見ていたのに。清らかな筈の龍神の神子の本当の姿を知っていたのに。それでも、そんな私に想いを寄せていたのなら。
―――花梨殿。お慕いしております。―――
この手を握り返しても振り解いても、どっちにしろ、頼忠さんを傷付ける事になるだろう。だとしたら・・・・・・私が貴方をほんの少しでも幸せに出来る可能性があるのは。
『この男(ひと)の温もりを受け取ろう。』
傷付けるとか迷惑を掛けるとか、私では幸せには出来ないとか・・・色々と悩むだろうけど。でも、この男(ひと)の想いを受け取り、そして私の想いを返そう。―――心の奥底に閉じ込めていた本当の願い、その自分の望みは自分で掴み取ろう。私だってこの男(ひと)の傍で幸せになりたいのだから。
「あのね、頼忠さん。」
「はい、何で御座いますか?」
「私ね、記憶が戻ったの。全部、思い出した。」
「・・・・・・・・・。」
表情が強張る。
「頼忠さんの傍に居て考えていた事、私自身の望みを思い出したの。」
「・・・・・・・・・。」
「少し眠るから、このまま傍にいてね?」
私の方からも、手に力を入れて頼忠さんの手を握り締めると、驚いたように握り返された手を見つめる。
「か、りん・・・殿?」
「次に眼が覚めた時、私、頼忠さんにプロポーズするから。」
「ぷろぽーず?」
「そう、プロポーズ。」頼忠さんが知らない言葉をあえて使う。「私の夢なの。よく考えて返事を下さい。」
子供の頃、ハッピーエンドの昔話をお母さんに読んで貰うのが大好きだった。白雪姫やシンデレラに憧れていた。私の夢―――素敵な王子様と結婚する事。そして、二人で幸せになる事。
「貴女の夢?返事?」
「お休みなさい。」
そんな戸惑った瞳を脳裏に焼け付けた後、眼を閉じた。
「か、花梨殿?」
「頼忠さん、ありがとう・・・・・・・・・。」
名乗り上げてくれた御礼。そして、勘違いで私を不安にさせた罰。驚かしてあげるから、それまでしばらく悩んでいて。
「え・・・・・・?花梨殿?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」



眼が覚めたら、いっぱい話をしよう。伝えたい事、話したい事が山ほどある。勿論、貴方の話も沢山聞きたい。今まで閉じ込めていた想いも不満も、全て吐き出して。そして、貴方の事をもっと知りたい。
今まで沢山の夜を共に過ごし、そして、記憶を無くしてからも貴方はずっと傍に居てくれた。なのに、私達は本当の意味での話し合いはした事が無い。お互いにお互いの事を何も知らない。もしも一度でも、本当の気持ちを打ち明けていたのなら、両想いだと知る事が出来たのに。こんなにも悩まずに済んだ筈。傷付かずに、傷付けずに済んだ筈。だから、二度とすれ違わないように。誤解をして、一人で悩み苦しまないように。哀しむ前に話し合う習慣を作ろう。
貴方が私を幸せにしてくれたように、私も貴方を幸せにするから。今まで流した涙が無駄にならないように、二人で一緒に――――――。







花梨12E 頼忠13E 花梨終章E

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