花梨09E



「「花梨!」」
「花梨さん!」
友人らしい人のうちの三人が飛び込んで来た。えっとぉ、確か勝真さんにイサトくんに彰紋くんだっけ。
「頼忠がお前のところに通うって本当なのか!?」
「頼忠がここに通うって本当かっ!?」
「頼忠が貴女の元に通うというのは本当ですかっ!?」
挨拶抜きで、いきなり質問。詰問に近い。
「うん。そういう事になったの。」
「何呑気な事を言っているんだ!?」
「また襲われでもしたら、どうするのですか?」
もの凄い形相で、私を取り囲む。
「昼間、深苑君か女房さんの誰かが同席するっていう条件だから、大丈夫。二人きりにはならないから。」
いや、あなた達に、今、襲われている気分ですが。
「警護をするって言ってお前を襲っていたんだろう?信用出来るかっ!」
「花梨さんをこんな眼に合わせた張本人ですよ?もう少し、警戒した方が宜しいのではありませんか?」
警戒、した方が良いのだろうか?
「う〜〜〜ん?でも、記憶を取り戻すきっかけになるだろうって、泰継さんが提案したんだけど。」
「「何だって!?」」
「何ですって!?」
みんなの顔が怒りで歪む。と。
「「「泰継〜〜〜!!!」」」
先を競うように走り出し、室を飛び出して行った。
「・・・騒がしい。」何だったんだろう?花梨はため息をついた。「仕方が無いじゃない?記憶が戻ってくれないと、どうにもならないんだもん。」


騒がしく走る足音が遠ざかって行くのが聞こえる。と、新しい客が来た。
「申し訳ありません。あの頼忠が貴女を襲うとは予想だにしておりませんでした。」
「もう少し私達が注意を払っていましたなら、こんな状況に陥る事もありませんでしたのに。」
いきなりの謝罪。えっと・・・幸鷹さんに泉水さんだっけ。
「頼忠さんが私の警護をしていたんだっけ?」
友人に警護してもらう私って、一体何様なのだろう?訊いても訳の解らない説明。もう、どうでも良いや。これも記憶が戻れば解るだろう。
「はい。昼も夜も、貴女のお傍におりました。」
「忠義に厚いあの男が、守るべき貴女を襲うとは・・・・・・。」
「そうなんだよねぇ。礼儀正しいから、何だか信じられなくて。」
「何を呑気な事をおっしゃるのですか?貴女が記憶を無くされたのは、そんなお心の油断が招いた事ではありませんか?」
怒られた。警戒、やっぱりした方が良いのだろうか?
「でも、あの泰継さんは私の傍にいろって頼忠さんに言っていたけど?」
「「何ですって?」」顔色が変わった。「「泰継殿に話をお訊きしなければなりませんね。」」
そう言って立ち去った。
「泰継さんの事は信じているんだよね?」
何もかも解った風な泰継さんは信用出来る。で、その泰継さんが私の傍に置くのだから、頼忠さんを危険人物だとは思えない。まぁ、泰継さんが言わなくても、頼忠さんって誠実な人間に見える。みんなの反応の方を信じる事が出来ない自分が不思議だ。


泰継さんの態度、みんなの反応、自分が感じた印象―――頼忠さんって一体どんな人なんだろう?訳が解らなくて、混乱してしまう。


考え事をしていたら、またまたお客さん。千客万来だ。
「やぁ、姫君。御機嫌はいかがかな?」
一人呑気そうな翡翠さん。
「元気ですよ?」
「それは良かった。」
にっこり。
この人なら、先入観無しの冷静で公平な意見を教えてくれるかな?
「頼忠さんって、どんな人なんですか?」
「うん?君はどう感じたのかい?」
「生真面目、誠実、かな?」
「そういう風に君が感じたのなら、それで良いのでは?」
「って、そんないい加減な!」
「これからゆっくり判断すれば良いのだよ。他の人の意見ではなく、君が感じたように。」
「・・・・・・・・・。」
「それで嫌なら嫌で、ね。あの男と生きるのが嫌なら、この海賊に攫われてくれれば良いのだよ。」
「は?」
「貴女の全てをお守りするよ。お腹の子も含めて。」
「・・・・・・・・・。」
「では、あの男の事だけでなく、私の事も考えておくれ。」
「・・・・・・・・・。」
赤面するような流し目で私を見つめると、固まる私一人を残して静かに立ち去った。
「なんなんだ、あの人は?」



記憶は戻る―――今の私はそれを頼りに生きている。そして、あまり深刻には考えていなかった。慌てても焦ってもどうにもならない。と言うか、みんな親切で優しいから困る事は一切無いのだ。習慣から好みまで、私自身の事を私よりも詳しい人達がいると言うのは不思議な感じだけど。まぁ、頼忠さんとの事はどうにかしなければならないけど、思い出したその時に考えれば良いと思っている。嫌なら嫌だと拒絶して良いとみんなが言ってくれるから、思い悩む必要は無いと。
だけど・・・・・・・・・。


「源頼忠、頼忠さん――――――。」


花梨は何度かその名前を声に出してみる。すると。

チクリ。

胸の奥深くで、微かな痛みが走る。
滑らかに滑り落ちるその名前は、呼び慣れていたと解る。だけど、この痛みは何なのだろう?
子供の父親―――ならば、そういう行為をしていたのだ、この男と。なのに、この男の説明は全く解らない。


「恋人だったんですか?」
「・・・いえ。違います。」
「違うの?」
「はい。」
私は、恋人じゃない男と寝ていたの?
「私はあなたを好きだったんですか?」
「・・・・・・・・・。」
苦悩に満ちた顔・・・・・・。私は、好きでもない男(ひと)と寝るような女の子だったの?
「じゃあ、あなたは、私の事を好きだったんですか?」
「・・・・・・はい。お慕いしておりました。」
「・・・・・・・・・。」
「どういうきっかけだったんですか?」
「運命、としか答えられません。」
「話せない事なんですか?」
「・・・・・・・・・はい。」
「あなたが襲ったの?」
「違いますっ!」
間をおかず、否定をする。
「じゃあ、合意の上?」
「はい。いえ、私はそうだと信じたい。」
「・・・・・・・・・。」
嘘を付いているようには見えない。だけど、その言葉を信じて良いのだろうか?一方的な意見を。
「申し訳ありません。私の口からは、これ以上の事は申し上げられません。」
「回数は?一回?二回?三回?」
「・・・・・・そのような関係になってから、ずっと。毎夜です。」
「・・・・・・・・・。」
「十月の上旬頃から、毎夜です。」
「三ヶ月間、ずっと・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」



夜。
花梨は眠れないままに考え事をしていた。
顔は良い。声も良い。身体も大きくて、大人の男性って感じ。物静かで真面目、誠実と評判の人。素敵な男性だと解るけれど・・・何でこの人なの?みんなが心配しているような、強引に、力尽くで襲うような人には見えない。じゃあ、私から誘ったのだろうか?
でも。
表情と言えない、生真面目で無愛想な顔。
無口、口下手で、会話が続かない。
お慕いしている、とか言いながら、他人行儀で一歩離れている。
つまらない。非常に、退屈。
「そりゃあ、私の記憶が無くて戸惑っているのも、悲しんでいるのも心配しているのも解るけどさ・・・。だったら、一から恋を始めようとか思わない訳?あの人が傍にいても、全然、嬉しく無い。」
下手に馴れ馴れしく寄って来ないのは良かったけど、何でこの男(ひと)なんだろう?物静かで、傍に居ても邪魔にならないのも良かったけど。
秘密にして隠しておきたいのなら、口の堅いこの人は最適だっただろうなって思う。利用されていると解っていても、不器用なこの男は黙ってされるがままになっているだろう。て事は、自分の思い通りになる男を選んだのだろうか?
「都合の良い男ってだけじゃない。」



――――――そう。最初の印象は、そんな程度のものだったのだ。







花梨08E 頼忠09E 花梨10E

※ブラウザを閉じてお戻り下さいませ。