花梨終章C



貴方はなぜ、何も尋ねないの――――――?


貴方は知った筈だ。
私が貴方から逃げた事を。
貴方の記憶を失わせた張本人であると。

なぜ、怒らないの?

何時もどんな時でも、貴方の視線を感じる。
でもそれは、以前とは違う。
秘密の夜を過ごしていた時のような、苦しそうな瞳では無くて。
記憶を失った頃のような、物問いたげな視線でも、
この世界に来た頃のような、申し訳無さそうな表情でも無い。

私を優しく包み込み、温かい。

愛しげに私を見つめる。
強く抱きめる。
私が頼忠さんの名前を呼ぶと、嬉しそうな笑顔を見せてくれる。
貴方の世界の中心に、私が居る。
私に、そんな価値がありますか?
『神子殿』ではない私に。『主』じゃなくなった私に。
遠慮とも諦めとも違うその視線に、私は戸惑いを覚える。


でも。

貴方は今日も私の胸に頭を乗せて眠る。
過去に見た寝顔とは違って、眉間に皺は寄っていない。
穏やかで安心しきった、無防備な顔・・・・・・・・・。
頭を抱き締めて髪を撫でると、
気持ち良さそうに、嬉しそうに、口元に笑みが浮かぶ。

こんな私でも。
貴方を幸せに出来ますか?
貴方は幸せだと感じてくれますか?


貴方が失った家族も友人も、あの世界も返す事は出来ない。
何より。
私が貴方に何をしたのか。
どんなに我が儘で自分勝手でズルい女の子だったか、
貴方には話せない。
今の貴方が考えているような優しい子ではなくて、
意地悪で残酷な人間だった事は、
知られたくは無い。


だから。
貴方の為に何が出来るのか、考えよう。
貴方が好きな事を。喜ぶ事を。楽しめる事を。
何より、幸せだと感じる事を探そう。
私に出来る事は少ない。
それでも、貴方が私にくれた沢山の幸せから、
ほんの少しでも返せるように。
努力だけは惜しまずに。

過去を気にする暇なんてないように。
今の私で、満足して貰えるように。
一瞬たりとも、この私に失望しないように。
今の貴方を幸せにする事だけを考えて、生きていこう。
それが貴方への償いであり、私の願いだから――――――。






花梨C編終了。

独り自分の世界に帰る花梨を、衝動的に追い掛けてしまう頼忠を書きたかっただけ。それだけだとハッピーエンドに向かわないから、頼忠の子を宿す花梨、記憶を失ってしまう頼忠、で。
そうしたら、こんなヘンな話が出来上がりました。
頼忠の記憶が無いのだから、貴方の子供を妊娠しています、なんて言えないよなぁって。そして、頼忠の子だと知られても、あの頃の事は話せないだろうな。頼忠を含めて、皆が冷たかったから自殺を図ったとか、そしてそれがそういう関係になったきっかけだったとか。その時に助けてくれた人が別の人なら、その人とそういう関係になっただろうとかは特に。
普通の人は、こんな話は思い付いても書かないでしょうね。

長らくお付き合い下さいまして、ありがとう御座いました。

共通の後書き

2005/02/27 02:55:55 BY銀竜草
2005/07/14 11:15:50 BY銀竜草(終章追加)


花梨11C 頼忠終章C

※ブラウザを閉じてお戻り下さいませ。