花梨10A



「あれ?私、何時この部屋に戻って来たんだろう?」目覚めた時、何時もと変わらない光景に驚いてしまった。「夢、じゃないよね?」
戸惑っていると、朝の身支度を手伝ってくれる女房さんが入って来た。
「花梨様。お身体の具合はいかがですか?」
心配そうに顔を覗き込む、その何時もと違う態度で、昨夜の事は実際にあった事だと確信出来た。
屋敷から抜け出した事。頼忠さんに出会った事。そして、頼忠さんに謝り許して貰った事。―――でも、許して貰ったからって、罪は消えない。それでも、前を向いて歩き出す勇気をくれたのだから、それに恥じない生き方をしなきゃ。許してくれた頼忠さんを呆れさせないように。
そんな事を考えていると、女房さんはちょっと慌てたような声を出した。
「まあ!少し熱がお有りですわっ!今日は一日、ゆっくりお休みになって下さいませ!」
折角着替えたのに、寝る支度を始めてしまう。そんな光景をがっかりしながら見ていたけれど、はっと気付いた。―――頼忠さん!夜の警護をしてくれているらしいけれど、毎朝挨拶にも来てくれる。寝込んでいると知ったら、心配するだろうし責任を感じてしまうかもしれない。これは絶対に寝てなんか居られないっ!
「大丈夫!私は元気、元気ですよ!絶対に寝ませんから!!」
「花梨様?」
「はい、そんな褥は片付けて!!」自分で動き始める。「うん、私は元気〜〜〜♪」
「花梨さまぁ!」
困った女房達の悲鳴にも似た声が響く。

諦めた女房、朝餉の準備をするが。―――「うん?あぁ、今日はいらない。」
では薬湯を、と差し出すが。―――「病気じゃないもんねっ!」
神子時代も記憶を無くした後でも、今日のような女房の手を煩わせる事は無かった花梨の突然の変化には戸惑うばかり。元気になったのは嬉しいが、我が儘言い放題は困りものだ。はて、どうしたら良いのだろうか?



「神子殿。お身体の具合はいかがでしょうか?」
頼忠さんが予想通り、朝早くから来てくれた。
「うん。元気ですよ。昨夜はお世話になりました。」深々と頭を下げると、困ったような表情をする。「記憶はやっぱり戻らないけれど、それを受け入れて、これからはこれからの事を考えていきます。」
そうきっぱり言うと、ホッとしたような表情で微かに笑顔を見せてくれた。
『うわぁ・・・・・・。頼忠さんって笑うとすっごく優しい表情になるんだ・・・・・・・・・。』
ドキドキしてしまう。
「どう、されましたか?」
呆けたように見惚れていた私を不思議そうに尋ねてくる。
「色々と街中の事を訊きたいんですけど、時間、ありますか?」
慌ててそう言うと、残念そうな顔をされてしまった。
「神子殿がお風邪を召されてはいないか心配で、こちらに寄らせて頂きました。ですが、まだ朝餉を食べていないので、一旦、武士団の方へ戻ります。」
「一旦って事は、また来てくれるんですか?」
「はい。神子殿がそうお望みであれば喜んで。」
「はぁ、ありがとう御座います。」ボソボソ。この男(ひと)は口説き文句のつもりじゃないんだろうけど・・・・・・恥ずかしい事、何でこんな真面目な顔して言えるんだろう?―――ん?望めば、望んだ事をしてくれる?
「神子殿?」
「ねぇ、讃岐さん?」私付きの女房さんに話し掛ける。「何か食べる物、ある?頼忠さんに朝餉の支度をして欲しいのだけれど。」
「神子殿?」
慌てたように話し掛けてくるけれど、無視する。
「ここで食べて貰えば、武士団に行って戻って来る時間が無駄にならずに済むんだけど。」
「大丈夫ですわ。」にっこり微笑んでくれる。「少々、お待ち下さいませ。すぐにお持ち致しますわ。」
「神子殿・・・・・・。」
困ったような表情には気付かないフリをして、尋ねる。
「昨夜のあの場所って、どこなんですか?」
「はい?」質問には答えるしかない。「あの、解らないで行かれたのですか?」
「うん。行かなきゃいけないような気がしたの。」
「あそこは神泉苑です。」話題を反らせる事に成功。「神子殿にとっては縁の深い場所です。」
「あの、さっきから私の事を神子殿って呼んでますけど、普通に花梨って呼んでくれませんか?」
話は聞きたいけれど、もっと重要な事があった。神子なんて知らないもん。名前で呼んで貰わなきゃ。
「お名前で、ですか?」
「そう。みんなに頼んで、そう呼んでくれるようにして貰ったんです。どうも私の事を呼んで貰ったように感じられなくて、違和感があるんです。」
「・・・・・・・・・。」
「お願いします。」
「・・・・・・努力致します。」

そんな会話をしていると。

「準備出来ましたわ。こちらでお召し上がり下さい。」
私に配慮してか、この室に準備してくれた。これで頼忠さんが食べている間もお話出来る。讃岐さんって、気が利くな。
「どうぞ。」
食べるように促すけれど。
「・・・・・・・・・。」目の前にしても、箸をつける事は出来ないようだ。「あの・・・申し訳ありませんが、神子、・・・花梨殿もご一緒して頂けないでしょうか?一人ではどうも・・・・・・。」
「え?頼忠さんの為に用意して貰ったんだから、遠慮しないで?」
「・・・・・・・・・。」困ったように私の顔を見つめていた頼忠さん、突然、器の上の小さなおにぎりを取ると私の手に乗せてしまう。「一人でよりも二人の方が美味しいですよ?」にっこり。
「・・・・・・・・・。」私、この表情に弱いんだけれど・・・。抵抗出来なくて、口に入れる。
「そう、神泉苑。」話の続きを始めてくれた。「あの場所は――――――。」

私が質問をして頼忠さんが答える。
そして、突然気付いた。
「あっ!頼忠さんのご飯、ほとんど私が食べちゃった!」頼忠さんの穏やかで優しい表情と声にぼうっとなっていた私は、頼忠さんが手渡してくれるおにぎりを素直に食べてしまっていた。「どうしよう・・・・・・。」
「私は十分頂きましたよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ありがとう御座います。」
おろおろしている私を安心させるように言ってくれる。
「ごめんなさい・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
だから、そんな顔で見つめないでってば。息苦しくなっちゃうから。

「花梨様。この薬湯もどうぞ。」
ついでと言うより、この機会を逃してなるものかとの女房さんの迫力のある笑顔に断る事が出来ない。
「・・・・・・・・・。」飲まなきゃいけないのなら、一人でよりも二人の方が。「ご飯、一緒に食べたのだから、これも二人で分けようね。」そう言って、余っていたお椀に半分分け入れて頼忠さんに差し出した。
「頂きます。」そう言って、文句も言わずに飲み干してしまう。「さぁ、花梨殿もどうぞ。」
くすん。自分で逃げ道を塞いじゃった。これ以上、駄々をこねる事も出来ずに諦めて私も飲み干した。



その日以降。
頼忠さんは、挨拶に来てはよく私の相手をしてくれるけれど、私が無理をしたり我が儘を言ったりすると、更に現れる確率が高いような気がする。これはただの偶然ですか?
頼忠さんの心の中を探ろうと一生懸命に顔色を窺うけれど―――思考はずれて行く。
もうそんな事、どうでもいいや。逢いたくなったら、我が儘を言っちゃおう。頼忠さんが傍に居てくれると、安心するし嬉しいし。反対に逢えない日が続くと、不安で泣きたくなっちゃう。困らせるような事はしないって決めたけれど、まだ一人は怖いから。私からは来て下さい、とは言えないから・・・・・・・・・。
だから、呆れないで。私の事、大目に見て。一人で歩けるようになるまで、貴方を支えとさせて。――――――それは口実だけれど、心の中で祈り続ける。






注意・・・『09』の次の日。

花梨09A  頼忠10A  花梨終章A

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