花梨06A |
体調が悪い。 花梨は身体を起こしたが、褥から出る気分になれずに座り込んでいた。 ここ数日の自分の体調を思い返すと―――身体がダルいし重い。頭痛に吐き気。眩暈に立ち眩み。食欲が無い。 色々な自覚症状はあるが、寝込んでいる余裕なんてない。もうすぐ終わる。無理をしなければ大丈夫だろう。誤魔化し誤魔化しやっていこう。 そう決心すると、ゆっくりと立ち上がって着替え始めた。 明王の課題は終わったから、あちこちの怨霊を封印して回る。 「よっしゃあ!豆狸一丁上がりっと♪」 封印の成功にイサト君と彰紋君が笑顔で褒め称えてくれる。 「やったな、花梨。」 「これで豆狸がこの地を穢す事はなくなりましたね。」 その二人の声が遠く感じる。 「・・・・・・・・・。」 返事もせずにぼうっと封印符を眺めていると、そんな様子の私は二人に心配掛けてしまった。 「花梨?おい、花梨!」 「花梨さん、どうしたのですか?」 「・・・・・・・・・。」間が空く。「えっ?何?どうかしたの?」 「どうかしたのじゃないぜ。調子が悪いなら帰るぞ!」 「そうですね。」 イサト君が私の腕を掴んで引っ張るように歩き出したけど、私はまた眩暈を感じて座り込んでしまった。 「ごめんなさい・・・・・・。」そう言って立ち上がろうとしたけれど、身体が重くて体重を支えられない。「・・・・・・・・・。」 「おい、花梨!花梨、大丈夫かよ?」 「あっ!僕、車を用意します!イサトは花梨さんの傍に居て下さい!」 そう話す二人の声がだんだん小さくなり、意識が無くなった――――――。 眼が覚めた時、私は自分の褥で寝ていた。 「あ・・・・・・。倒れちゃったんだ。」 ぽつりと呟いたら、几帳の後ろから泰継さんが入って来た。 「神子。お前は今、自分の身体がどう言う状態か、解るか?」 「え・・・・・・?ただの体調不良でしょう?」 「違う。気が乱れている。」そう簡潔にいうと、手を私の瞼の上にかざす。「迷いが体内の気を狂わせた。お前の気は龍神の神子の神気、影響は大きい。」 「まよ・・・い・・・・・・・・・?」 「思い当たる事はあるな?」 思い当たる事?それはある。いっぱいある。迷いと言うよりは悩みだけれど。これは解消出来ない。 「・・・・・・大丈夫、かな?」 「八葉は神子を守る。身体だけでなく心も。迷いがあるなら私に相談しろ。」 「・・・・・・・・・。これは私一人で解決しなきゃいけない事だから。」 「そうか。ならば、戦いではお前に負担が掛からぬよう、我々が守る。問題無い。」 ちょっと安心したけれど。 「皆に説明をして来る。」 その言葉で困った今の状況に気付いた。 「待って!泰継さん、待って下さい!」慌てて声をかける。「話さないで!秘密にして下さい!」 秘密にしたい。あの男(ひと)だけには、絶対に知られたくない。ただでさえ二人の関係が苦しめているのに、これ以上悩ませたくは無い。私は帰る。だから、そんな余計な事を知らせる必要は無い。 「神子。お前を守る為には、全員が知っておいた方が良い。」 「無理はしません。絶対に、心配掛けるような真似もしません。約束します。だから、誰にも言わないで!紫姫にも。お願いだから・・・・・・っ!」 必死になってまくし立てると、考えていたようだけどすぐに決心は付いたようだ。 「解った。お前の望み通りにしよう。」頷いてくれた。「だが、私を何時も傍に置け。私がお前を守る。」 「解りました。ありがとう御座います・・・・・・。」 相談をした結果、私は疲れが溜まっていたと言う事にして、三日間休養する事になった。やらなければならない事は沢山あるけれど、これが条件だから飲むしかない。そして、薬湯を飲んでお呪いをしてもらうと、嘘のように楽になった。何だか、このまま出掛けても大丈夫のような気もするけれど、約束は約束。大人しくしていよう。 退屈しのぎに、紫姫に絵巻物を借りて眺めていると。 「やあ、姫君。お身体の具合はいかがかな?」 そう言って翡翠さんが入って来た。 「あ、こんにちは。泰継さんの薬湯を飲んだら、もうすっかり元気ですよ。心配掛けてしまって御免なさい。」 絵巻物を見ていたって退屈なものは退屈。おしゃべりの相手をしてくれるのなら、誰だって大歓迎だ。 だけれど。 「なぜ、御一人でいるの?」 「え?」何を言っているのか解らない。「泰継さんは今夜の準備があるからって帰りましたけど、また来ますよ?」 そうじゃない、と首を振る。「体調の悪い姫君の傍にいたいと思う男は、ここにはいないの?姫君には、傍にいて欲しい男はいないの?」 「・・・・・・・・・・・・。」 答えられないでいると、翡翠さんはすっと傍に座り私の手を取る。 「叶わぬ恋に苦しんでいるのなら、私に貴女の全てを預けてはくれまいか?あの男を過去の事にして差し上げるよ。」指先に唇を押し付けてくる。「どうかこの海賊に攫われてはくれまいか?辛い思い出のあるこの京ではなく、伊予の地へ。」 ズキリ。 指を這い回る柔らかな感触が、心に痛みをもたらす。『叶わぬ恋・・・・・・・・・。』 「今はまだ答えはいらないよ。」立ち上がると、御簾に近づく。「では、全てが終わったら返事を貰いに来るよ?」 一人になったけれど、もう絵巻物は眼に入らない。先程まで柔らかな唇が触れていた指先を見つめる。 誰が何と言おうと、私の運命はもう決まっている―――自分の世界に帰る。 御免なさい。もう遅い、遅すぎるの。欲しいのはあの唇だけ。あの男(ひと)以外の唇はいらない。 終わりが見え始めた今、全てが終わった後の事も考えなければならない。 京の事は京に住む人々に任せよう。 じゃあ、私は? 泰継さんや翡翠さんとの会話で解った事は、私は自分の世界に帰ると言う事。帰るしかないという事。あの男(ひと)の傍にいられなくなるのは辛いけれど、解放しなければ。役目として無理矢理相手をさせていたけれど、もうこれ以上は駄目。縛り付ける口実は無くなるのだから。 そんな事を考えていると、哀しくて辛くて涙が零れ落ちてくる。 自覚してはいなかったけれど、漠然とした恐怖感、嫌悪感を抱いていたのだろう。体調を崩すほどの悩み・・・・・・。 こんな状態で、自分の世界に戻れるのだろうか?無事に帰れたとして、これからどうやって生きていくのか?色々不安はあるけれど、結局の所、この世界に居場所がなくなるのが辛いのだ。シンデレラと同じ、魔法が解けてしまえば只の女の子。この、家族がいなければ住む場所も仕事も無い京では、生きていけない。帰るしかない。あの男(ひと)との永遠の別れ・・・・・・・・・。 翡翠さんの申し出を受ければこの世界に残れるけれど、伊予の地で生きる事になるのだから、頼忠さんには逢えない。意味が無い。・・・・・・まぁ、翡翠さんは翡翠さんなのだから、頼忠さんの身代わりにはならないけれど。 戦いが続いている間は帰らずに済む。このまま終わらなければ良いのに、とさえ思ってしまう。あの男(ひと)を、この絶望の恐怖から救いたいと願っているのに。 そんな自分が嫌で嫌で仕方が無い――――――。 注意・・・第4章後半。朱雀編。 |
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