頼忠06A



悩み事が御ありのようで、お一人で考え込む事が多くなられた。
そのせいか、私が抱き締めていても安らかな眠りは訪れないようだ。苦しそうな寝顔が痛々しい・・・・・・。



そんなある日。
神子殿がお倒れになられたとの連絡があり、屋敷に八葉が集まった。
泰継殿がご容態を診ている間、イサトと彰紋様を取り囲み、今日の神子殿のご様子を尋ねる。
「松尾大社での怨霊との戦いでは問題はありませんでした。指示は的確でしたし、封印もしっかり出来ました。」
「だけどさ、終わった途端、ぼんやりしていて俺達の言葉が理解出来ていないだよ。だから、体調が悪いのかと思って屋敷に戻ろうとしたんだけど、いきなり気を失って倒れてしまったんだ。」
「朝はどんなご様子でしたか?」
「別に何時もと変わりないように見えたけど?」
イサトが彰紋様に同意を求めると。
「えぇ。」頷かれた。
「頼忠、お前はどう感じていた?」
突然、翡翠が私に話を振ってきた。
「・・・・・・・・・。」
なぜ私に尋ねるのか?その意図を推し量ろうと考え込み、答えられないでいると。
「お前が警護をしているのだから、お傍にいる事が一番多いだろう?何か気付いた事は無かったかい?」
それは事実だが、翡翠のその表情からは裏の意味が見え隠れしている。やはり、秘密に気付いていたか。神子殿に特別な想いを抱いているこの男が気付かない筈は無い。
「・・・・・・・・・ここ数日、考え込む事が多くなられた。」
私に嫉妬しているようだが、ここで暴露するつもりは無いようだ・・・・・・。当り障りの無い事実を言う。
「数日?南の明王の試練が難しかったとか?」
「簡単だったぜ。花梨が答えに導いてくれたからな。」
イサトは彰紋様に同意を求めるように顔を向けた。
「そうですね。課題を言われて悩んでいた僕達を励ましてくれたのは花梨さんでした。今まではその場所に行けば自然と解ったから、とおっしゃって。」
再び、視線が私に集まる。
「食欲も落ちておられるようで、少しお痩せになられた。」
「痩せた?あいつは元々痩せっぽちだから、よく解らないが。」
勝真が不思議そうに言うと、翡翠が意味ありげな眼で私を見やる。
「翡翠?お前は気付いていたのか?」
「いや・・・。終わりが近くなってきたから、考える事でも御ありではないかな?色々と、ね。」
「その思わせぶりな話し方、止めろよな。言いたい事があるなら、はっきりと言えよ?」
苛立ったイサトが怒るが、翡翠は私の顔を見るだけ。
「悩んでいると知っていたんだったら、何で俺達に言わなかったんだ?」
やり場の無い怒りに駆られた勝真が鉾先を変え、私の胸倉を掴み怒鳴る。
それが八つ当たりだと解っているが、反論出来ない。―――私も、自分に出来る事があった筈だと、何か行動していればお倒れになられる事は無かったと、そう感じるから。私だけが、気付いていたのだから。

みんなの非難の視線が私に集まっている時、泰継殿が戻って来られた。
感情の無い瞳で私を一瞬見たように感じたが、気のせいだろうか?
「眠りが浅いようだ。疲れが溜まっている。」
「「「「「「「・・・・・・・・・。」」」」」」」
「三日程、ゆっくり休めば回復する。」
その言葉に、その場の緊張した空気が和む。
「そうかぁ・・・。大した事じゃあ無いようだな。」
「眠りを促す薬湯を用意するから、問題無い。」
薬草を煎じると、さっさとお帰りになられた。
我々がぞろぞろと挨拶に伺うと疲れさせてしまう恐れがあるから、紫姫に伝言を頼んでそれぞれ帰る。私だけは警護の為に屋敷の留まっているが。



神子殿の室の前で警護をしていると、帰った筈の翡翠が近付いて来た。
「ちょっと話があるから。」
そう言うと、意味深な視線を私に投げかけて室に入って行く。
「・・・・・・・・・。」
わざとか?隠れて逢おうとしないのは、私に話を聞かせるためか?


「あ、こんにちは。泰継さんの薬湯を飲んだら、もうすっかり元気ですよ。心配掛けてしまって御免なさい。」

お元気そうな貴女の声音に、ホッと胸を撫で下ろしたが。

「なぜ、御一人でいるの?」
「体調の悪い姫君の傍にいたいと思う男は、ここにはいないの?姫君には、傍にいて欲しい男はいないの?」

その言葉に、ハッとする。
私は何時でもどんな時にも貴女のお傍にいたい。だが――――――貴女ご自身は?

「叶わぬ恋に苦しんでいるのなら、私に貴女の全てを預けてはくれまいか?あの男を過去の事にして差し上げるよ。どうかこの海賊に攫われてはくれまいか?辛い思い出のあるこの京ではなく、伊予の地へ。」

翡翠の、貴女への求婚。即答しないのは・・・・・・・・・拒まないのは、承諾するか悩んでおられるのですか?
―――ズキリ。


倒れるほどの悩み―――恋心だろうか?
一番最初に出会いたかったと言う・・・翡翠。
翡翠の言う、叶わぬ恋の相手・・・アクラム。
貴女が二人のうち、どちらの手を取るのかは解らない。知りたくは無い。
―――どちらにせよ、私の手ではないのだから。
ただ願わくは。
一番苦しい時に伸ばした手を掴んだのがこの頼忠であったという事が、心の傷となっていませんように。貴女を最初に抱き締めたのがこの私であった事を、苦しんでいませんように。私との日々が――――――貴女にとって救いとなっていたと――――――。


終わりが見え始めた今、全てが終わった後の事も考えなければならない。
最初の頃の考え通り、貴女から離れなければならないだろう。貴女はご自分の世界に帰られるのだから。例え残られたとしても、お傍にいる口実が無くなるのだから。誰かの・・・私以外の男の助けを借りて、御一人で歩けるようになられるだろうから。
今から心の準備をしなければ。絶望の闇に沈まないように。貴女に救って頂いたこの生命を捨てないようにする為に・・・・・・・・・。






注意・・・第4章後半。朱雀編。

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