花梨05



一つの結界を壊せたのは良かったけれど。
「何でいきなり冬になるのよ?寒すぎるじゃない。」
嬉しそうな笑顔の裏で、内心愚痴る。急激な温度変化は辛い。
紫姫が冬用の衣を用意してくれたとは言え、コートが欲しい。手袋、マフラーが。温石と言うホッカイロのような物があるとは聞いているけれど、石ですか?石って、重くないですか?邪魔じゃないですか?用意させて、やっぱり使わないなんて事になったら申し訳ないから言い出せずにいる。
そして。
そんな憂鬱な気分を更に悪化させる人達―――幸鷹さんと翡翠さん。
いい加減、お互いに妥協するって事を覚えてよね。と言うか、幸鷹さん、諦めなさいよ。
翡翠さんにとって、京の出来事は義理も義務も無い他人事。真面目にやれだなんて命令口調で言って従うわけ無いじゃない。策略家のわりに、おだてたりしてその気にさせるって言う戦略は知らないのかしらね?
子供よりも幼い喧嘩をしていた頼忠さんと勝真さんも信頼し合うようになったから、何とかなると期待はしているけれど。
「・・・・・・ならなかったら、蹴飛ばしてやる。」
半分冗談半分本気で呟くと、出掛ける為に室を出た。



明王の課題をこなす為に、神泉苑に行く。
と。
課題内容が良く理解出来ていないのに、幸鷹さんは子供と囲碁を始めてしまった。
いえ、別に怒っているのではありません。ありませんけどね。この雪の中で囲碁、ですか?興味も無いしルールも分からないこの囲碁を見ているのは辛いのですが。歩いている間は何とか我慢出来たけれど、ただ突っ立っているのは寒さが身に凍みます・・・・・・・・・。
気付かない内に震えていたのだろう、熱心に、興味深そうに勝負を見ていた翡翠さんが、私をチラリと見るなり一番上の衣をパッと脱いで、それで私を包んでしまう。
「ひ、翡翠さん?」
「姫君、こんなに冷えてしまって可哀想に。」
「・・・・・・・・・。」
普通にしてくれれば、暖かくて御礼を言いたいところだけれど。なぜ、す巻き状態なの?しかも私を抱え上げていれば、誘拐犯と誤解されますよ?つーか、私を攫う真似で遊ぶのは止めてくれませんかね?

顔が半端ではないほど端正で、才能豊かで優秀な男達。そんな人間は、平々凡々な私には眩しくて近寄り難い。それだからだろうか、一人一人短所とも言える所がある。魅力とも言えるほどの親しみ易さが。
頼忠さんは、頑固で融通が利かない。
勝真さんは、閉所恐怖症。
イサトくんは、怒りっぽい。
彰紋くんは、子供っぽい。
幸鷹さんは、猪突猛進突っ走り、周りが見えなくなる時がある。特に、翡翠さん相手だと。
泉水さんは、自分の才能に気付いていない。
泰継さんは、人間の感情に疎くてピントの外れた会話が笑える。
そういう魅力が翡翠さんにもあるけれど、それは私をからかって遊ぶところ。・・・いい加減、大人になって下さいよ。

「翡翠殿!何をしているのですか!?」
やっと勝負が終わったけれど、あ〜ぁ、また喧嘩になっちゃったじゃないの。大人の喧嘩を仲裁するのはもう飽きました。放っておこうかしら?
ずっと考えていたのだけれど、神子の役目って幼稚園の先生みたいだよね?怨霊を封印出来るって言っても、私の願いを龍神様が叶えているだけで、私自身の力な訳ではない。何も出来ないのよね。怨霊と戦っているのは、八葉だし。力を発揮出来るよう仲良くさせるのって、やっぱり幼稚園の先生。・・・・・・アホらしい。



そんなこんなで疲れた一日だった。
夜、精神安定剤代わりの頼忠さんを待っていると、彼は室に入るなり顔を顰めた。
「・・・・・・侍従の香り、か。」
「ん?侍従?」くんくん匂いを嗅ぐと、微かだけれど確かにする。私に染み込んでいたようだ。「あぁ、翡翠さんの上着を借りて着ていたから、私に移っちゃったみたいですね。」
「翡翠の上着?」
「そう、今日は寒かったから。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「あの・・・侍従の香りは苦手ですか?」
眉間の皺が気になって聞くけれど。
「いえ・・・大丈夫です。」
「頼忠さん?」
傍に寄って袖を掴むと、いきなり抱き締められた。抱き締めるだけで、何も言わないし何もしない。私が寒かったと言ったから暖めてくれるのかと思ったけれど、そういう感じではない。そんな態度に戸惑うけれど、頼忠さんなりの理由があるのだろう。気が済むまでこのままでいよう。私が毎夜して貰っているように抱き締め返すと、頼忠さんは眼を閉じた。
『??????』



朝、身支度の手伝いをする女房さん達が、沢山の温石を用意してくれた。
「気付かず申し訳ありません。」
「あ・・・・・・。」頼忠さんが一言言ってくれたのだろう。やっぱりあの男(ひと)って優しい。嬉しくて笑みが零れてしまう。「ありがとう御座います。」
やっぱり少し邪魔だけれど、好意を受け取ろう。これで翡翠さんのお遊びから逃げられる。頼忠さんの心の暖かさも伝わって来るようで、その石の存在感が嬉しいから。
と、喜んでいたら。
「これをお飲み下さいませ。温まりますよ?」
にっこり笑顔で差し出した湯気の立つこれは・・・・・・薬湯?げっ!
心配して用意してくれたのだから飲まなきゃいけない。いけないのは解っているけれど―――苦いっ!
渋々口を付けるけれど、喉を通らない。涙目で少しずつ喉に零し入れていると、挨拶に来てくれた頼忠さんと眼が合った。
「・・・・・・・・・。」
ホッとしたような表情をされてしまったら、直接本人に文句は言えない。それに、実際に身体はぽかぽかと温まってきたし。
でも―――不味い。やっぱり不味い。飲みたくは無かったよ。気が利くのも問題ありだわ。
「・・・・・・(ばか)」
心の中で悪態を吐いた――――――。






注意・・・第4章前半。白虎編。

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