花梨02 |
「花梨殿、今日は顔色が宜しいのですね。」 外出の供に付こうと来てくれた幸鷹さんが、少し驚いたように言う。 「久し振りに良く眠れたので気分が良いんです。」 眠れた原因が傍にいるから、頬が赤らみそうになるのを必死に誤魔化しながら答える。けれど。 じっと見つめる視線が強すぎて余計に動揺してしまう。 「あちこちで怨霊が人を襲っているらしいので、様子を見に行こうと思っているんです。戦う事になりますけど、大丈夫ですか?」 話題を反らせる事に成功したようだ。 「イサトが祇園社に怨霊が出ると言っていましたね。」途端に真剣な顔つきになった。「行きましょう。」 あの日以来。 怨霊を見ても、怖くは無い。 攻撃を受けて怪我をしても、痛みは感じない。 私の精神は狂ったのだろう。 滅びに震えている京の人達なんかよりも、死んでもなお、この世に未練を残して苦しんでいる怨霊の方を可哀相と思ってしまうのだから。 「おまえのおかげで今回は楽に勝てたな。」 イサトくんは、怨霊を前にしても逃げ出さずに戦う私に嬉しそうに言うけれど。 「よく頑張りましたね。立派な戦いでしたよ。」 冷静に前を向いて的確に指示している私を幸鷹さんは誉めてくれるけど。 「立派な戦いでしたよ。きっと御仏も誉めてくださるでしょう。」 泉水さんは、穏やかな微笑みをくれるけれど。 この人達は何も解っていない。 私はただ、やれと言われた事をしているだけ。勝手に押し付けられた義務を果たしているだけ。京の人達の事なんて、私にはどうでも良い。傷ついている怨霊をこれ以上苦しませたくは無い。救えるものなら、怨霊達の方を救いたい。 あの時。 頼忠さんが抱き締めてくれなかったら、私は何度でも死のうとしただろう。 もしかしたら。 私が、あの怨霊のようになっていたかもしれないのだから・・・・・・・・・・・・。 欲しかったのは温もり。 必要だったのは、私に関心を持つ心だけ。 『龍神の神子』でも『高倉花梨』でもない、一人の人間としての存在に気付いてくれる人。 期待もしない。 疑いもしない。 何の力も無い事を許してくれる人が欲しかった。 ただ、其処にいる事を許してくれる人が。 誰でも良かった。 存在している事を認めてくれるのなら、いくらでもこの身体を捧げよう。 違う。 餓死寸前のこんなにもがりがりに痩せ細った身体は、貢ぎ物にはならない。 私は利用したのだ。 死のうとした私に憐れみを感じたあの男の優しさに付け込んだ。 一度でも抱き締めてしまえば、もう放っておく事など出来やしないだろうから。 この苦しみを背負っていては立ち上がれない。 この孤独の中では、息をする事なんて出来ない。 もう、一人では・・・・・・・・・。 だから。 この『暗闇の世界』に。 引き摺り込んだ。 あの優しい男を―――――――――。 注意・・・『1』の次の日。 |
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