花梨01 |
夜。 花梨はそうっと屋敷を抜け出した。 目的地は、神泉苑。 あそこが私の世界に繋がっている。 そこから帰れる・・・・・・・・・。 「やっぱりダメか・・・・・・・・・。」 湖の辺に立ち、帰りたいと祈ったのだけど。強く強く願ったのだけど。 「どうして帰らせてくれないの?この世界の人達は、誰も私を必要としていないのに。」 空を見上げれば、月は天高く昇っている。 でも・・・この月は私の世界の月じゃない。お母さん達が見ている月は、私には見られない。 涙が溢れる。 もう良い。 どうなっても良い。 帰らせてくれないのなら。 帰れないのなら。 せめて、魂だけでもあの世界で眠りたい。 ――――――私を死なせて―――――― 花梨は靴を脱ぐと、湖に足を入れた。 「冷たい・・・・・・。」 突き刺さるような痛みが、救いに感じる。 一歩。また一歩。 これで楽になれる。ゆっくり休める。もう、苦しまなくて良い・・・・・・。 水が腰の高さにもなり、足の進み具合が鈍くなった時。 「花梨殿っ!」 叫ぶ声が聞こえた。 「花梨殿!お戻り下さい!」 その声を無視して更に足を進めるけれど。 「花梨殿、駄目です!お戻り下さい!」 背中から力強い腕に抱き締められた。 「いやっ!放してっ!!」振り解こうともがくが、自由になれない。 「私の事なんて信じていないんでしょう!必要としていないんでしょう?もう放っておいてっっ!」 「花梨殿・・・・・・っ!」 力は弛まず、抱きかかえられるようにして水から引き上げられた。 「何で・・・っ!何で放っておいてくれないのっ!」 吐き出すように叫んだ。 「申し訳ありません・・・・・・・・・。」 私を助けたのは、源頼忠さん。 何で助けたの? 私を信じていないのに。 『龍神の神子』はおろか、『高倉花梨』という名前の人間も信じてはいないのに。 「申し訳ありません・・・・・・・・・。」 その言葉を繰り返すだけだけれど、言っているこの人は私よりも苦しそうで。 もう抵抗する気を無くしてしまう。 明日からは再び、苦しいだけの日々が続くのに。 もうすっかり冷え切った身体は動かない。冷たい水をたっぷり吸い込み重くなった服が、余計に動く気力を失わせる。 座り込んだまま動こうとはしない私を見つめていた頼忠さんは、黙ったまま私を抱きかかえた。 今更抵抗する力なんて残っていない。 男の肩に頭を乗せると、目を閉じた・・・・・・・・・。 自分の部屋に送られ、私の世話をさせる女房を呼びに行こうとしていたけれど、私は頼忠さんの服を握り締めている手を離す事は出来なかった。 手先が冷え切って開く事が出来なかったから。 でも、それ以上に・・・・・・・・・。 ただ騒いでいるだけの女房達よりも、余計な言葉を話さなくても心配してくれているのが伝わってくるこの男に傍にいて欲しかったから。 口先だけの言葉なんか要らない。 世話なんかしてくれなくて良い。 私が欲しいもの。今の私に必要なもの。 それは――――――。 私は顔を上げて頼忠さんを見つめた。 お願い―――――――――。 瞳だけで伝える。 お願い――――――抱き締めて―――――――――! 花梨は、温かい腕の中で安らかに眠る事が出来た。この世界に来てから初めて、悪夢にうなされない眠り――――――。 注意・・・第1章前半。 |
※ブラウザを閉じてお戻り下さいませ。