『―――後日談〜内裏4〜―――』



花梨はその貴族の首に腕を回すと、そのままぶら下がるように体重を掛ける。
ガクン。
ガッタン!
ガシャン!!
二人は重なるように倒れ、その拍子に膳や徳利なども引っくり返って割れた。
「わぁ!」
「きゃあ!!」
「気が狂ったか!?」
周りの者達は怒りの形相で花梨を睨んだ。
だが。

もあぁ〜〜〜ん。

公達から黒い煙のような物が湧き出た。それはもこもこと集まり、形作って行く。
「きゃあ、怨霊よ!」
「逃げろ!!」
悲鳴を上げながら我先にと逃げ惑う。
「神子!」
「神子殿!」
泉水と幸鷹が花梨の側に駆け寄る。
「彰紋くん!」
「はい!」彰紋が回り込んで公達と腰を抜かして座り込んだままの太政大臣の間に立った。「堅き岩壁よ、みなを守りまいらせよ 岩堅耐援!」
叫ぶと、一人一人の身体を淡い光が纏わり付くように包み込んだ。
同時に。
バシュッ!!
怨霊の放った攻撃が彰紋と後ろの太政大臣を襲った。
「くっ!」
「ぎゃっ!」
「大丈夫?」
「はい、僕は大丈夫です!」
「あうぅぅぅ・・・。」
呻き声を上げて転げ回っているが、彰紋がほとんど受け止めたようで大臣の方は大した事は無さそうだ。視線を彰紋達から幸鷹へと移す。
「幸鷹さん、お願いします!」
「分かりました。」打刀を握り締める。「端光、射し来たりて我らの加護となれ 鋭牙攻援!」
各自の持つ武器が光を放つ。
バシッ!!
怨霊は再び彰紋達二人を攻撃するが、今度は彰紋が大臣を転がすようにして被さり、避けた。
「兎に角追い出して!術は使っちゃ駄目だからね。」
術の力は大きい。建物を破壊してしまう。そう言うと花梨は横に避けた。
「分かりました。」
「良い判断です。」
「はい!」
攻撃する間を与える前に泉水と幸鷹が立て続けに攻撃する。
「たぁ!」
「はっ!」
ギギギィーーー!
悲鳴を上げ、のたうつ。
花梨は室の入り口に駆け寄ると御簾を全て巻き上げた。
「はぁ!」
怨霊の体勢が整う前に彰紋が攻撃する。
グワァァァ!!
御簾に引っ掛かり破れたが、室内から出た。
「もう一回頑張って!」
「はぁ!」
幸鷹が攻撃すると、怨霊は廂から簀子へと追い出された。
「泉水さん、束縛しよう!」」
「はい。」数珠を握り締める。「気疎きものにまとわれ 雨縛気。」
ギャアォーーー!!
怨霊が動きを封じられ、もがき暴れる。
「はっ!」
「やあ!」
グオォォォ!
幸鷹と彰紋が同時に攻撃すると、怨霊は庭へと吹っ飛んで行く。
「神子殿!」
何時の間にかに来ていた頼忠が庭から太刀を手に声を掛けた。
「頼忠さん!青龍を呼んで。」
簀子縁に駆け出ると、高欄に手を置いた。
「承知致しました。」頷くと怨霊を睨んだ。「東天を守りし聖獣青龍よ、この太刀に降りよ。」
太刀を振り下ろすと青龍が現れ、怨霊に襲い掛かった。
ギェエエエーーー!!
悲鳴は絶叫に変わっている。怨霊に向かって手を伸ばした。
「めぐれ、天の声。響け、地の声。かのものを封ぜよ!」
花梨の全身が神々しい光に包まれる。そして手から眩い光が放たれると、怨霊を包み込んだ。
ギャアァァァ・・・・・・。
苦しげに暴れるが、次第に悲鳴が小さくなり札に封じ込められた。

「お見事で御座いました。」
「おめでとう御座います。」
「さすが神子殿です。」
「ありがとう御座いました。」
ひらひらと舞う札を見てふっと笑みが浮かんだ。口々にお礼の言葉を言う。
だが。
「あ?きゃあーーー!」
高欄から身を乗り出していた為、バランスを崩した。外に出ていた上半身は重い袖だ、身体を支えられない。
「神子殿?神子殿!」
頼忠が叫んだが、声では支えられない。クルリと反転するとそのまま庭に落ちた。
「神子殿!」
「花梨さん!」
「神子!」
廂にいた者達が慌てて飛び出てくる。高欄に手を掛け、地面を覗き込んだ。
「・・・・・・・・・ふぅ。」
「・・・・・・・・・。だ、大丈夫。」
間一髪、頼忠が地面に転がり花梨の下敷きとなっていた。
「はぁ〜〜〜。」
「よ、良かった・・・・・・。」
「御無事で何よりです・・・・・・。」
安堵のため息を吐くと、座り込んだ。

「・・・・・・・・・終わったか?」
「終わったのか?」
「あぁ。」
「終わったようですね。」
「怨霊が消えた。」
貴族や女房達が遠目から恐々と見つめていた。
「凄いな。」
「恐ろしい・・・。」
ポツリポツリと呟く。顔を見合わせ、他の者達も真っ青になっている事を確認する。自分と同じように震えが止まらない事を。

「大丈夫で御座いますか?」
抱え上げると、階まで移動し花梨を下ろした。
「ありがとう御座います。」
苦笑いしながらお礼を言った。と、はっと重大な事を思い出し、顔色が変わった。
「神子殿?」
「頼忠さん、ここにいて。絶対に帰らないでよ!」
そう言うと長袴をたくし上げて足を出し、そんな姿で走る。呆然と立ち竦んでいる者達を吹っ飛ばすようにどかして室内に飛び込んで行った。
「あの、封印札はどうなりましたか?」
残された泉水が暗い庭を見回した。
「ここだ。」
何時の間にか来ていた泰継が札を見せた。
「その怨霊は何です?」
幸鷹が尋ねた。
「調べる。」
一言そう言うとさっさと帰って行く。
「宜しくお願いします。」
背中に向かって言った。本当に余計な事は言わないなと苦笑いしながら。

「彰紋様も幸鷹殿も動揺なさらないのですね。」
八葉同士で何やら話している幸鷹の後ろ姿を見ながら、一人の公達が言った。
「あの神子を信頼なさっているという事か。」
室の中の少女に視線をやった。
「瞬時に反応していたな。しかも指示が的確だ。」
「無駄が無い。戦闘に慣れているのが分かる。」
「さすが龍神に選ばれただけの事はある。」
「うむ、それだけの器量を持っている。」
「そうだな。」
やっと納得し、頷き合った。

「さっきの人、どうですか?」
怨霊に取り憑かれていた公達の側に駆け寄った。
「穢れが酷いようです。」
先に戻っていた彰紋が抱き抱えていた。
「彰紋くんも穢れを受けていたよね。じゃあ、同時に祓うよ。」
彰紋の手を握り、閉じられたままの公達の瞼にもう片方の手を乗せた。
『龍神様、彰紋くんとこの人の穢れを祓って。二人を助けて下さい。』
サァァァーーー。
花梨の手先から光が放たれ、彰紋と公達に吸い込まれて行く。代わりに黒いもやが蒸発するように出ていった。
「う・・・ううん・・・・・・・・・。」
眼が開かれた。
「大丈夫ですか?気分はいかがですか?」
「東宮様?な、何があったのです・・・・・・?」
ぼんやりとしているが意識が戻った事で花梨は公達を彰紋に任せ、真っ青な顔の太政大臣の側に行った。
「おじさん、大丈夫?」
大臣の側で膝を付くと顔色を診る。
「お、おじさん?」そんな呼ばれ方をした事は無い。声がひっくり返った。「ワシの事か?」
「やっぱり穢れを受けちゃっていますね。祓います。」
黒っぽい痣のように見える頬に触れる。
「っ!」
添えられた手から暖かい何かが大臣の身体に流れ込んでくる。その感覚に驚き、眼を見開いた。
「穢れは祓えたけど、数日ゆっくり休んで下さいね。」
「・・・・・・・・・。」
「ねぇ、分かった?」
呆けた顔のまま返事をしない大臣の膝を叩いた。
「あ、あぁ。」
頷いた。
「よし。」
頷くと室内を見回した。
護衛の武官やら陰陽師やらが調べたり報告したりと走り回っている。そして女官や女房が後片付けや掃除などで忙しそうに動いている。こうなったら花梨に出来る事は何も無い。邪魔なだけだ。
「神子殿。」幸鷹が近付いた。「頼忠は紫姫の文を持って来たそうです。大変心配しておられるとの事。」
あちゃあ、と言いながらぺしっと額を叩いた。「帰っても良い?」
期待を込めて訊いていると、帝が側に近寄って来た。
「そうですね。もう宴どころではありませんから。」振り向いた花梨に微笑んだ。「神子、ありがとう御座いました。おかげで被害も無く済みました。」
「でも、食器とか御簾、壊しちゃった。ごめんなさい。」
「いいえ、的確な御判断でした。少しでも遅れていましたら大臣は怪我では済まぬところでした。あの者に代わってお礼を申し上げます。」
偽者呼ばわりしたのに助けて貰った礼も言えない大臣をチラリと見ると、花梨に頭を下げた。
「お礼はいりませんよ。」あたふたと落ち着き無く言った。「これが神子の役目ですから。」
「お帰りになられるなら車の用意を―――。」
「ううん、大丈夫です。」側を通り掛った女房に頼もうとしたのを止める。「頼忠さんがいるから抱えて貰うよ。じゃあ、着替えてくるね!」
「―――は?」
「か、抱えて・・・・・・?」
訊き返したが、花梨は既に神子に宛がわれた局に走って行ってしまっていた。






連載中・・・。