『―――後日談〜内裏3〜―――』



龍神の神子が内裏にやって来た、とみんなにバレてしまった。
『だからって何でこんな事になったのだろう・・・?』
几帳の奥で花梨は密かにため息を漏らした。折角来たのだからと宴が催されてしまったのだ。勿論、帝のご臨席の下で。
当然、花梨も正装させられていた。重っ苦しい袿を何枚も重ね着し、長い髢を付けている。それだけでも辛いのに、面白くも無い楽器の演奏や舞を観せられ、和歌や漢詩といった類の会話を聞かせられている。更に几帳の向こうからは貴族達の好奇の視線が突き刺さってくる。居心地が悪すぎる。
『勝手に誤解して来ちゃったんだから罰として受け止めよう。』
姫君、それも偉い人達は直接しゃべらなくても良いらしい。それだけは助かった。貴族達の質問には彰紋達八葉が代わりの答えてくれるから、黙って座っているだけで良いのだから。
『ふぁあ〜〜〜。眠い・・・。』
あくびが出、扇で顔を隠した。
と、曲が終わって舞い人が深々とお辞儀した。拍手と褒め称える言葉で賑やかになる。だが、次の演奏を誰がするのかと顔を見合わせて声や音が途切れたその一瞬の間に。

「本当にこの娘が龍神の神子なのか?そうは見えないが。」

との声が室内に響いた。
八葉の三人が身体を強張らせた。緊張した空気が流れる。花梨は扇を持った手を下ろすと、その言葉を放った主をじっと見つめた。
でっぷりと太った年配のその男は薄ら笑いを浮かべている。花梨や帝に聞かせようとタイミングを計り、そして成功したと満足しているようだ。周りの者達も同調の笑みを浮かべていた。
『当然かな?』
何処の馬の骨とも分からぬ小娘を龍神の神子と信じろと言う方が無理がある。この者達の基準では、貴族の姫ではない花梨は人として認められていないのだから。
「太政大臣殿、この方が龍神の神子だと言う事は僕達八葉が証人です。侮辱するような言葉は慎んで下さい。」
彰紋が眉を顰めて言った。
「恐れ多いと承知しておりますが、私も一言。」太政大臣の取り巻きの一人が口を挟んだ。「東宮様のお言葉ですが、私も信じる事は出来ません。昨年は龍神の神子様の出現を、みなが望んでおりました。その心の隙に付け込まれたのではありませんか?」
一人が言えば、同意見の者は勢い付いて口々に言い始めた。
「私もそう思いますな。このような基本的な和歌一つ知らぬ、琴一曲弾けぬ者が神子姫に選ばれたとは。龍神の選ぶ基準が理解出来ぬ。」
「証を見ぬ事には信じる事など出来ません。」
「龍神がこの方の呼び掛けに応えてくれました。そして穢れの全てを祓うのを、この眼で見たのです。それを誤解だと言うのですか?」
幸鷹が怒りを隠しきれない気色で言った。
「しかし我々は見てはいませんからね。」
肩を竦めると、小馬鹿にしたような表情を浮かべた。
「黙りなさい。」帝が口を挟んだ。「京をお救い下さった神子に感謝の言葉を述べるどころか侮辱するとは。恥ずかしいと思いなさい。」
「別に構いませんよ。」
我慢の限界を超えた。
花梨と八葉が生命を賭けて頑張ったのは、こんなやつらを守る為だったのか?―――違う。守りたいものがあったからだ。感謝されたくてやった訳では無い。
「私は自分の望みを叶えただけですから。」
だからと言って、悪口、それも努力を否定する言葉を大人しく聴いているなんて馬鹿らしい。花梨は鬱陶しい髢を引き千切るように外し、立ち上がった。
「なっ!」
「何だ、この姫は?」
ざわつく。
「龍神の神子の役目は終わったんです。偽者と疑われて困る事も無ければ、信じて貰えたからと言って得する事もありません。どうでも良いです。」
几帳から出ると貴族の真ん中を歩き出した。
「神子。」
泉水がさっと手を差し出し、歩みを助ける。廂に出ると花梨は柱を背にして座った。
「ほら御覧なさい。化けの皮が剥がれおったわ。」太政大臣取り巻きの貴族が勝ち誇ったように言った。「証を見せられないから逃げ出したのであろう。あんな小娘が龍神の神子を騙るなんておこがましいわ。」

『証、ねぇ。』
龍神の神子だと証明する一番簡単な方法は、龍神を呼ぶ事だ。
『でもこの内裏、滅茶苦茶に破壊しちゃうよ。私が責任を取るから見せろ、て言うんだったら呼ぶけどさ。』
と思うが、龍神は神様だ。こんなつまらない理由で呼ぶ訳にはいかない。
しかし言葉だけでは納得して貰えないのは分かっている。反対に、反論すればするほど姫君らしからぬ態度を疑われるだけだ。それ以上に喧嘩になってしまう。八葉に、彰紋のお兄さんに迷惑が掛かってしまう。
代わりに花梨は風のざわめきに耳を傾けた。
「申し訳ありません。」
彰紋が側に来てゆっくりと座った。
「ん〜?別に気にしていないから謝らなくて良いよ。元々頼忠さんが恋人になってくれるっていう条件で頑張ると約束したんだし。」今考えると、随分不埒な交換条件。貴族達には言えない。「でもイサトくんには内緒にしておこうね。」
怒るから、と口元で指を一本立てて言った。
「そうですね。」
弱々しい笑みを浮かべた。
「ところで神子、どうして此処にいらっしゃったのですか?」
「噂を聞いたから真相が知りたくて。」
「噂?どういう内容ですか?」
幸鷹も廂に出て来て側に座った。
「うん、まぁその・・・・・・。」バツが悪そうに小声になる。「私が彰紋くんのお兄さんのお嫁さん候補になっているって。」
「あぁ・・・・・・。」
こちらも似たような表情で頷いた。3人ともその噂を知っていたようだ。
「龍神の神子って何だか素晴らしい姫君との噂になっているみたいだけど、実物を見れば違うって事が分かると思って。」
「神子殿、それを御自分でおっしゃいますか・・・・・・。」
幸鷹は呆れてため息をついた。
「でも誤解も解けたし、彰紋くんのお兄さんが優しくて素敵な人だって分かったし、此処に来て良かったな。」
機嫌良くそう言い、室を覗き込むと奥にいる帝に手を振った。
「神子殿、あなたって人は―――っ!」
『しまった!説教が始まっちゃった!!』
クドクドと続く説教を、頭を垂れて聞く羽目になった。


「今日は闇夜ですね。ここの庭はとても美しいので花梨さんに見て欲しかったのですが。」
幸鷹の小言が切れた瞬間、彰紋がここぞとばかりに口を挟んだ。
「そうですね。丁度雲に隠れてしまっていますね。」
花梨を気の毒に思っていた泉水もそれに乗り、瞳を外に向けると残念そうに言った。
「ねぇ、お月様を呼ぼうか?」
「え?そんな事が出来るのですか?」
「さぁ?でも泉水さんが笛を吹いたら鳥が飛んで来て舞ったんでしょう?だったら、私の笛の音をお月様が聴きに来てくれるかもしれないじゃない。ね?試してみよう!」
そう言って懐から笛を取り出すと吹き始めた。
「この曲は・・・・・・。」
曲名に月が付く懐かしいメロディに幸鷹が顔を綻ばせた。

「女子(おなご)が笛だと?」
「琴は弾けんくせに笛を吹くだと?」
ざわざわ。
多くの者達の常識に外れた者は異端視され、排除される運命にある。化け物を見るような眼つきで花梨を眺める。
「呪いでも掛けているのか?」
「もしかして、この笛の音で彰紋様達を騙したのではないのか?」
そして聞き慣れない旋律に慄く。
「ほう?なかなか美しい音色だな。」だが、帝だけは感心したように呟いた。「吹いている神子にぴったりな元気で可愛らしい曲だ。」


次から次へと演奏していた花梨だったが。
シャン・・・シャラ・・・ン・・・・・・。
頭の中で鈴の音が響き、笛を口から離した。
「これは・・・・・・?」
妙な気を感じ取った泉水も不安そうに周りを見回す。
「どうなさいましたか?」
顔色の変化に気付いた幸鷹が二人に尋ねた。
「ねぇ・・・・・・・・・。」
花梨の瞳が丁度室に入って行く公達の後を追う。と、笛を幸鷹に押し付け立ち上がった。
「神子殿?」

「成信殿、遅かったのですね。」
太政大臣が声を掛けた。だが、成信と呼ばれた者は返事もしないで太政大臣に向かって歩いて行く。
「成信殿?顔色が悪う御座いますが、大丈夫ですか?」
と取り巻きの一人が声を掛けた、その時。

「ちょっと待ったぁ!」

叫びながら花梨が公達に飛び掛かった。






連載中・・・。

曲名に『月』が付くのは、『荒城の月』のように物哀しく美しい曲が多い。
が、「元気で可愛らしい曲」ってどんな曲だよ、花梨ちゃん?