『―――後日談〜内裏2〜―――』 |
小さな声で話していたのだが、こちらの声が聞こえてしまったらしい。様子がおかしいと感じたようで、扉の側に人が集まって来ている気配がする。 『ど、どうしよう?』 慌てて室の中を見回す。そこ以外にもあっちにもこっちにも扉はある。だが、何処にどう繋がっているのか、その向こうに誰がいるのかは分からない。取り敢えず帝の側にある几帳か屏風の陰に隠れようと走り出した。 が。 「帝、失礼致します。」 後3歩ほどの所で警護担当の貴族が扉を開けた。 途端。 「何者!?」 戦う者の形相で腰の刀を抜き、切っ先を花梨に向けた。 「きゃっ!」 飛び上がった。だが名乗る間もないまま、 「何事だ!?」 「帝!」 「どうした!」 誰何(すいか)する声に反応して多くの男達が飛び込んで来た。 「この方は大丈夫だ。下がりなさい。」 帝は言ったのだが、 「何者だ!」 「女、どうやって入り込んだ!」 「何が目的だ!?」 ざわめき声にかき消された。 「あの・・・えっと・・・・・・・・・。」 十数本の刀に囲まれると、さすがの花梨も恐怖で言葉にならない。じりじりと後ずさりする。 「答えろ!」 「答え如何(いかん)によっては・・・・・・・・・。」 「童と言えども容赦はせぬ・・・・・・っ!」 こちらもじりじりとにじり寄って行く。 『うわぁぁぁ・・・・・・。』 思わず眼を瞑ったが。 「あの、何があったのですか?」 男達の後ろから天の声、ならぬ物静かな泉水の声が聞こえた。 「泉水さん!」 ぱっと眼を開けると叫んだ。 「え?そのお声は・・・・・・神子?」 「泉水殿、御存じの者か?」 怪しい童が呼んだ名は、貴族世界の中で一番の人畜無害だと思われている源泉水。驚き一斉に振り向いた。 「はい。あの、何故神子が此処にいらっしゃるのですか?」 脇に寄ってくれるように控えめに頼むと、人垣が割れ、道が開いた。 『た、助かったぁ・・・・・・。』 優しげな雰囲気の泉水の姿が見え、花梨は安堵のため息を漏らした。 しかし、泉水が花梨の側に来る前に。 「不審者は何処です!帝は御無事ですかっ!?」 騒ぎに気付いた幸鷹が駆け込んで来た。そして人垣の道の向こうに花梨がいるのを発見、その花梨と眼が合った。 『しまったぁ!逃げなきゃ。』 「神子殿、どうしてあなたが此処にいるのです!?」 泉水を押しのけ、花梨に詰め寄った。 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」 そう謝るが、怖くて帝の後ろへと逃げる。 「だからどうして此処にいらっしゃったのですか?どうやってこんな奥まで入り込んだのです!?」 「うきゃあ!ごめんなさい!!」 「ごめんなさい、では分かりません!」 二人の間にいるのが帝だという事にも気付かぬまま、追い駆けっこするように周りをぐるぐると回る。 「何なんだ、この童は?」 恐れ多くも帝の室に入り込んだ怪しい輩。なのに泉水だけでなく、清廉潔白との評判の幸鷹とも顔馴染みだとは。しかも幸鷹は怒ってはいるが、不審者に対する態度とは違う。どう見たって悪戯をした娘を叱る父親だ。 「なぁ、どうする・・・・・・・・・?」 「どうするって言われても・・・・・・・・・。」 「う〜〜〜ん・・・・・・・・・。」 二人は帝の周りで騒いでいる。危険が及ぶ前に引き離した方が良いのだろうが、当の帝は眼を細めて笑っている。どうしたものかと戸惑い悩んでいると。 「あ、あの、花梨さん?」 何時の間にか入って来た東宮が戸惑いの声を上げた。と、花梨と呼ばれた不審人物はぱっと東宮の方に視線をやった。そして。 「彰紋くん、助けて!!」 帝の後ろから走り出て、今度は東宮の背中へと隠れるように回った。 「花梨さん?」 「彰紋くん!?」 泉水や幸鷹だけでなく、東宮とも知り合いなのか?この女は何者だ?それも東宮様に向かってのこの物言い、驚くのを通り越して茫然だ。 「神子殿!隠れていないで出て来なさい!!」 逃げた花梨を追い駆け、彰紋に詰め寄った。 「幸鷹殿、どうか落ち着いて下さい。」 「神子が怯えております。」 彰紋、泉水の二人で花梨を庇い、幸鷹を宥めようとする。だが、今度は二人に噛み付いた。 「これが落ち着いていられるような状況ですか!?」 「花梨さんは天女のような方ですから、屋敷の中に閉じ込めるような事は出来ませんし・・・・・・。」 「神子は御無事だったようですし―――。」 「そうやってお二人が甘やかすから、この方は全く反省せずに無茶な事をし続けるんです!」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 不正に関する事ならどんな上級貴族相手でも一歩も引かずに対応する幸鷹だが、それ以外の事で東宮を責めるなんて。 なんという光景だ。 「えっと・・・喧嘩を止めた方が良いのかな?」 一人の公達がおずおずと周りの者達に訊いた。 「そ、そうだ。東宮様をお守りした方が・・・・・・・・・。」 今気付いた、という風に近衛府の者に促した。 「いや、幾らなんでも幸鷹殿だから大丈夫だと・・・・・・。なぁ、そうだろ?」 彰紋、幸鷹、泉水の3人が八葉として龍神の神子と共に京を救った、というのは貴族の誰もが知っている事。だが、幸鷹が『みこ殿』、泉水が『みこ』と呼んでいるのに、呼ばれている童のあまりの噂とは違う様子に、威厳の無さに、その者が『龍神の神子』だとは誰一人として思い浮かばない。 「それよりも騒ぎの元凶であるその童を撮(つま)み出した方が良いんじゃないのか?」 伝言ゲームのように隣の者に判断を仰ぎ続け、 「いや、東宮様の親しい者を排除する訳にもいかんだろう。―――なぁ?」 「え?オレに訊かれても・・・・・・。」 最後の者はオロオロと眼を泳がせた。 「甘やかすだなんて・・・・・・。」 「それ以外、どう言えと?」 彰紋を睨んだ。 「神子のお話をお聞きになるのが先ではありませんか?」 「理由がどうであれ、此処、内裏にいらした事自体が問題なのです。」 今度は泉水を睨んだ。 「あのね、彰紋くんのお兄さんと話がしたかった―――。」 さすがに二人が責められているのが申し訳無く、事情を説明しようとした花梨だったが。 「神子殿は黙っていて下さい!」 怒られてしまった。 「あ、あの・・・あまり大きな声を出さない方が―――。」 「神子にそのような物言いは―――。」 「これが冷静でいられるような状況ですか?」 「周りには大勢の者達がおります。話し合うなら場を移して―――。」 「帝の御前で騒ぎ立てるのは―――。」 「誤魔化さないで下さいっ!」 「うわ〜〜〜ん!ごめんなさい!何度でも謝るから二人を責めるのは止めて〜〜〜!!」 予想通りというかそれ以上の幸鷹の怒り方に、とうとう泣き出した。 「ぶっっ!!」 我慢していたのだが堪え切れなくなり、帝は腹を抱えて笑い転げたのだった――――――。 |
連載中・・・。 |