『―――頼柾が嫁さん探しを始めた理由〜―――』 絆〜後日談〜 |
「何か手伝う事、ある?」 頼柾が裏庭で洗濯物を干している花梨に声を掛けた。 「ありがとう!でもこれで最後だから大丈夫。」 笑顔で言うと手ぬぐいを竿に引っ掛けた。風で衣や手ぬぐいがはためいている。気持ちの良い光景だ。 「ご苦労様、義姉上。」 労いの言葉だが、言われた花梨は眉を顰めた。 「なんだかその呼ばれ方、違和感がある。」 兄である頼忠の妻となったのだから、頼柾にとっては義姉。だが、ずっと名前で呼ばれていたのだから簡単には慣れない。 「忠直に母上様と呼ばれるのは気にしていないじゃないか。」 「それは嬉しいから。」 タンポポの花の側にしゃがんで地面を眺めている忠直を、目を細めて見つめる。蟻だか何だかの虫でも観察しているのだろう。 「俺の義姉になったのは嬉しくないの?」 哀しそうな表情をして見せた。 「頼柾さんったら・・・。」苦笑。「頼柾さんの方が年上じゃない。それにしっかりしているからお兄さんみたいなんだもん。」 「ははは。」 確かに子供っぽいところのある花梨を姉と思うのは難しい。だが、花梨ちゃんと呼んだら兄の頼忠が不愉快に思うだろう。不愉快以上の反応をされたら・・・・・・。うん、名前で呼ぶのは絶対に駄目だ。 「ゆっくり慣れてくれ。」 「まぁ、10年後なら気にならなくなると思う。」 「ははは。」 大真面目に頷く花梨に苦笑した。 「結婚してから3ヶ月過ぎたけど、兄上の短所って見付かった?」 「短所?」 空になった籠を持ち上げた。 「前に訊いた時、無いって言っていただろう?だけど側にいる事も多くなって気付かなかった事も見えてくる頃だからね。どう?」 「短所・・・・・・、て言うか、困っている事が一つある。」 花梨はしばらくの間考え込んでいたが、躊躇いがちに口を開いた。 「何?」 「頼忠さん、私を抱き枕にするの。」 「は?抱き枕?」 瞬時には言葉の意味が理解出来ず、訊き返した。 「そう、抱き枕。」顔を顰めた。「ほら、仰向けで寝ると腰に負担が掛かって疲れるでしょう?だけど布団とかを抱き抱える格好で寝ると楽なんだよね。それは分かっているんだけど、頼忠さん、一晩中私を抱き締めているんだもん。」 「・・・一晩中・・・・・・・・・?」 「うん。離れようとすると引き寄せるし、そもそも大人しく寝ていないし。」 「・・・・・・・・・。」 赤面。 「寝返り打つのが大変でこっちが疲れちゃう。頼忠さんって眠りが浅いから、動くとすぐ起きちゃうんだもん。起こしたくないから、つい我慢しちゃうんだよね。だから翌朝、身体がバキバキなの。」 「・・・・・・・・・。」 「それが原因なのか、朝、起きられない。なのに頼忠さんったら起こしてくれないんだもん。起こしてって頼んでいるのに。」 「・・・・・・・・・。」 そろりそろりと後ずさり。 「お疲れのようですからゆっくり休んで下さいって言ってくれるけど、お母様もお父様も朝早くから働いているのに嫁が一人ぐーすか寝ている訳にはいかないじゃない。ね、そうでしょう?」 そう問うように見上げたが、そこに頼柾はいなかった。 「あれ?頼柾さん?」 きょろきょろ辺りを見回すが、姿は見えない。 「もう!訊いたから答えているのに、何でどっか行っちゃうのよ?失礼だよ。」 苛立たしげに籠を乱暴に持ち直した。 「誰が閨の中での秘め事を訊いた?」 台車や樽の後ろにしゃがんで隠れている頼柾は独りごちた。手を振って熱を持ってしまった頬に風を送る。 花梨と結婚してからは、頼忠は嫉妬深い眼つきで頼柾を睨み付ける事は無くなった。花梨も悩みが無くなってよく笑い、忠直も嬉しそうだ。 そう、良い事尽くめのようにも思えるのだが。 「参ったなぁ・・・。」 今度は頼柾が悩みを抱える事となったのだ。 数日前の事。 『ん?兄上、何か問題でもあるのか?』 深刻な表情で考え込んでいる兄、頼忠に声を掛けた。 『いや・・・何でも無い。』 そう言うが、眉間の皺は深いままだ。視線の先に眼を向けると、そこには妻、花梨がいた。頼忠に背を向けて縫い物をしている。 『義姉上がどうかしたの?』 『・・・・・・・・・。機嫌を損ねてしまわれた。』 迷った末に白状した。 『へぇ?兄上、何をやらかしたの?』 花梨至上主義、大切に大切に扱っているこの頼忠が、何をそんなに怒らせたのだろう?興味津々、軽い気持ちで訊いた。 だが。 『いや、まぁその・・・なんだ。』 頬がうっすらと紅く染まった。弟の眼から逃げるように顔を逸らして妻の背中に視線を戻した。が、口元がだらしなく歪んでいるのが見える。 『痴話喧嘩かよ・・・・・・。』 呆れて頼柾も花梨の背中を見ると、視線を感じたのか花梨が振り返った。 『っ!―――んべ〜〜〜!』 そこに夫の姿を確認すると、花梨は針を布に刺し、そして自由になった右手人差し指であっかんべーをして見せた。そのまま前を向いて縫い物の続きを始めてしまう。 『なっ!?・・・・・・・・・〜〜〜。』 そんな妻の可愛い態度に驚きの表情を見せたが、すぐに切なげにも見える複雑な顔で考え込んだ。 『・・・・・・・・・。』 兄の頭の中が見えるようだ。ちょっかいを出しに行きたいが止めた方が良いだろうかとでも悩んでいるんだろう。 ため息一つ吐いてその場を去った。だが正直、蹴っ飛ばしてやろうかと思った。ふざけんなと叫びながら。 何年も恋焦がれていたらしい相手と想いが通じて嬉しいのは分かる。しかしそれにしたってあまりにも、である。 「俺も、嫁さん欲しいな。」 心の奥底から思う。羨ましい訳では無い。だが、兄夫婦の惚気も気にならないぐらいの心奪われる女人が側にいてくれたら。可愛くて俺にベタ惚れの妻が欲しい。 風ではためく『サル』を見上げた。 「着ぐるみ夜着は縫わない女、ね。」 これだけは譲れない条件だ。 |
注意・・・3月下旬頃。 そういやあ、新婚さん♪なんですね。 2007/03/27 02:52:11 BY銀竜草 |