『―――花梨お手製夜着―――』
絆〜後日談〜



頼忠と頼柾が酒を飲みながら寛いでいた。
「忠直ったら面白いなぁ。あんなに嫌っていたきのこも、母上が料理したものだと喜んで食うんだもんな。今まで全く興味を示さなかった勉強も、母上が教えるって言えばこれまた喜んでやるし。」
花梨の側には必ず忠直がいる。お互いに笑顔の二人が。そんな光景を思い出し、頼柾が笑いながら杯を空にした。
「・・・・・・・・・。」
頼忠は唇の端を歪めた。二人は仲が良い。本来ならばそれはとても喜ばしい事。だが、失われた時間を取り戻すかのような濃密さは頼忠の心に影を落とす。母となった喜びを知る前に子を失った花梨、母の温もりを知らずに育った忠直。それは、守ると誓いながら守れなかった頼忠の代わりに受けた罰だ。
「変わったのは兄上も同じだな。」自分の盃に酒を注ぎながらからかうように兄を見た。「あんなに厳しく躾けていたのに、甘やかすんだから。」
「・・・・・・・・・。」
視線を逸らし、くいっと一気に飲み干した。
「忠直を甘やかしているのか、それとも惚れた女によわ―――。」

パタパタパタ。

元気な花梨の足音が近付いて来て、頼柾は兄をからかうのを止め、室の戸口を見やった。
と。
「見て見て見て〜、可愛いでしょう?」
飛び込んで来るなり抱えていた忠直を下ろして二人に見せびらかした。
「―――は?」
「―――あ?」
二人して鳩が豆鉄砲を喰らったかのように眼を見開いて固まった。
「へへへ。一度縫ってみたかったんだ、こういう可愛い夜着。」
「それが夜着だって?」
頼柾がやっとの事で声を出し訊いた。忠直が着ているのは白い単衣。だが、歪んだ円らしき黒い布地があちこちに縫い付けられている。しかも、首の後ろから頭の形に沿って覆うように布が縫い付けられ、それには眼、耳、鼻としか見えないモノが付いていた。
「うん。牛さんの着ぐるみパジャマもどきの着ぐるみ夜着。どう、似合っていると思わない?」
花梨はご機嫌だ。
「・・・・・・・・・。」
「う・・・し・・・・・・。」
白と黒のまだら模様、そんな牛がどこにいるのだ?
「ぼく、かわいい?」
忠直が首を傾げ、キョトンとした瞳で母を見上げた。
「うん、可愛い。忠直、すっごく可愛い。」
しゃがみ込むとぎゅっと抱き締めた。
「へへへ。」
頬を真っ赤にして照れ笑いを浮かべた。
「あ、あの、花梨殿。忠直は人形ではありません―――。」
さすがにちょっと、と思った頼忠が言い掛けたが。
「うん、すっごく可愛い。似合っているよ!」
頼柾がかき消すほどの大きな声で褒めた。
「おい、頼柾!?」
『良いじゃないか。姉上がこんなにも喜んでいるんだから。』
眉を顰めた兄を小突き、頼柾は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「でしょう?だと思ったんだ。」
嬉しそうに花梨が満面の笑みを浮かべた。
「羨ましいな、忠直。俺も欲しいよ、こんな夜着を。」
忠直の側に寄ると、そのヘンな夜着を手で引っ張りじろじろと見ながら言った。
「きたい?」
「勿論着たいけど、これは小さくて無理だよ。残念だなぁ。あ〜、残念!」
にやにやと笑みを浮かべた。
「ははうえ、よりましゃおじうえもきたいって。」
「うん?」
「あ、待て。忠直、我が儘言うのは止めなさい。」
後ろから頼忠が慌てて注意するが。
「ぬって。ねぇ、よりましゃおじうえにもぬってあげて!」
「うんうん、義姉上、お願いするよ。」
二人して花梨に熱心に強請った。
「分かった。そこまで言うなら、縫ってあげるよ。」
花梨が頷いた。
『あ〜あ・・・・・・。頼柾、私は知らんぞ・・・・・・。』
花梨をよく知る頼忠は青冷めたが。
「うん!よかったね、おじうえ。」
「おう、ありがとな。楽しみにしているよ。」
知らない忠直は嬉しそうに、頼柾は楽しそうに言ったのだった。



そして数日後の夜、頼忠は忠直が着替えるのを手伝っている花梨を眺めていた。
と。

ドタドタドタ!

「義姉上!?」
物凄い足音がして頼柾が頼忠と花梨の室に飛び込んで来た。
「っ!?」
「なぁに?」
「わぁ♪」
絶句する頼忠、にこやかな花梨、そして歓声を上げる忠直。
「何なんだ、これは!?」
着ている夜着の胸元を引っ張りながら喚いた。
「ん?何って、夜着だけど?」
「おシャルしゃんだ、おシャルしゃんだ!」
忠直がはしゃいで頼柾の側に駆け寄った。頼柾が着ているのは濃い茶色の単衣。だが、お腹の辺りに縦長の楕円(だえん)の形をした少し薄目の茶色い当て布が当ててある。そして、忠直が着ていたのと同様、首の後ろから頭の形に沿って覆うように布地が縫い付けられていた。当然のように、耳や鼻、眼付きで。
「だから何なんだ、これは!」
「着ぐるみ夜着が欲しいって言ったのは頼柾さんでしょう?だから縫ったんだけど。」
「本当に縫うこたぁ無いだろうが!」
「だって忠直と約束したんだもん。破る訳にはいかないよ。」
平然と、大真面目な顔で答えた。
「おシャルしゃんおシャルしゃん。よりましゃおじうえ、よくにあっているよ!」
「煩い、黙れ。」
「なんで?ぼく、ほめてるんだよ?」
「こんなので褒められたって、嬉しい訳無いだろうが!」

『そんなに嫌だったら何で着たんだ・・・・・・?』
頼忠、弟の火を吹く勢いで怒る姿を見ながら心の中で独り言。

「なんでおこっているの?なにがいやなの?」
キョトンとした瞳で尋ねるが。
「こんなん着て寝られるか!他の夜着を出してくれ。」
花梨に向かって唾を飛ばしながら叫んだ。
「久しぶりに雨が止んでお日様が出たから全部洗っちゃったの。でもまだ全然乾いていないよ。」
「じゃあ、兄上。取り替えてくれ。兄上が着て寝れば良いさ。」
キっとキツい眼で睨み付けた。頼忠は己の恐ろしい姿を想像して震え上がったが。
「駄目。頼忠さんはおサルさんじゃないもん。」
花梨が断った。
「じゃあ、俺は猿だと言うのか!?」
ドシンドシン、足音高く歩き回る。
と。
「あれ?」頼柾の後ろ姿を見た忠直が首を傾げた。「このおシャルしゃん、おしりがあかいんだね。しょれにおっぽもちゅいてる。」
腰下辺りに赤い当て布。そのすぐ上からブラブラと垂れている紐、尻尾を掴んだ。
「うん。おサルさんは赤いお尻が特徴だから。それに、長い尻尾が無かったらおかしいってお母様が言うから付けたの。」
「お母様って、母上の事か!?」
見る見るうちに険しい顔つきになっていく。
「え?そうだけど、それがどうした―――。」
花梨の質問が言い終える前に。
「はぁ〜はぁ〜う〜え〜〜〜!」
叫びながら室を飛び出して行った。



「おじうえ、おこっちゃった。」
不思議そうに首を傾げながら花梨、母の元に戻って来た。
「そうだね。何が気に入らなかったんだろう?」
花梨は大真面目な顔で頼忠、頼柾の兄に尋ねた。だが、瞳が楽しそうに煌いている。
「全く貴女と言う方は・・・・・・。」
妻の肩に腕を回して抱き寄せた。武士の妻となれば花梨は苦労するのではないかと悩んでいたが、あっけないほどあっさりと源家に馴染んだ。いや、馴染み過ぎている。

「母上、何で余計な事を言ったんですか!?つーか、どうして止めなかったんですか!」

「でもね、頼柾さんが縫ってくれって言ったんだよ。頼忠さんだって聞いたでしょ?」
大人しく抱かれたまま、上目遣いで頼忠を見た。
「そういう問題ではありません。」
遠くで母親を責め立てている弟の声と大笑いしている母の声を聞きながら、これは喜ぶべき事だろうか、それとも・・・・・・、と悩むのであった――――――。






注意・・・結婚して1〜2か月過ぎた頃。

この時代、っていうか、平安時代にはホルスタイン乳牛はいなかったようです。

どんなに悩んでも頼忠なら、花梨ちゃんが幸せなら問題無し、という結論に達する事でしょうね。ほら、被害者は自分では無く弟、頼柾だから。。。
それにしても、頼忠の母上様は嫁が着ぐるみ夜着を縫っていても怒らないんだね。それどころか助言してら。どんな姑だよ?

2007/09/21 02:16:28 BY銀竜草