絆〜歩09〜 |
数日後、忠直は全快して自分の室に戻った。そして何時までも話し合えない花梨に物言いたげな瞳で催促している。 崖っぷちに追い詰められているような気分で花梨は家の玄関周りを掃いていた。だが、考え事に没頭してしまった為、手は止まっている。 「申し込む決心はしているんだけど・・・・・・、やっぱり卑怯だよね。」 弱みに付け込んで承諾させるのは、さすがに躊躇いを覚えてしまう。結婚して、はい終わり、では無い。これは一生続く問題なのだから。 「全く兄上ときたら何をグズグズとしているんだか。たった一言が何で言えないんだ?」 ぼやきながら頼柾が帰って来た。 「お帰りなさい。」 気付いた花梨が声を掛けると、頼柾は持っていた包みを持ち上げて見せた。 「おう、ただいまっと。棟梁の屋敷で餅つきしたんだ。沢山貰って来たぜ。」 「お餅?やったあ!」 「何して食いたい?」 花梨が喜ぶと、頼柾も釣られて笑顔になった。 「何でも良いですよ。頼柾さんのお料理、何でも美味しいから。それより、何かあったんですか?独り言を言っていたみたいですけど。」 花梨が尋ねると、途端に頼柾は大げさに顔を顰めてみせた。 「花梨ちゃん、これを見てくれよ。恋文だよ、恋文。兄上宛のな。」 数通の文を振って見せる。 「頼忠さん宛・・・・・・?」 花梨の表情が強張ったのに気を良くし、頼柾は花梨の背中を押す事に決めた。 「俺さ、兄上がこっちに戻って来てからずっと文使いやらされてんだ。ほら、見た目は良いだろう?子供がいようが良い婿候補なんだとさ。」 「・・・・・・・・・。」 「もう3年、いや4年経つのか?向こうだっていい加減焦れてきていてさ、そろそろ押し掛けて来るんじゃないかとハラハラしてんだ。」 「・・・・・・・・・。」 「来ちまったら追い出す訳にもいかないだろう?そしたら兄上の気持ちには関係無く、周りは結婚したと見なすだろうね。そうならない為にも誰か自分で捕まえろって言っているん―――。」 「―――ねぇ。そのお餅、頂戴。」 花梨は頼柾の手から荷物を問答無用で引っ手繰った。代わりに箒を押し付ける。頼柾は手の中の箒と花梨を見比べるが、花梨はさっさと中に入って行った。 「花梨ちゃん、それ、どうするんだ?なぁ!」 どうしようかと一瞬悩んだが、箒を放り投げると花梨を追い掛ける。 「媚薬を作る。」 厨所に入ると、釜戸に火を点けるべく火打石を手に取った。 「餅で・・・媚薬・・・・・・・・・?」 想像していた以上、いや予想外の反応を見せる花梨を呆然と見つめていた。 翌日、花梨と頼柾、忠直の三人は簀子に座って日向ぼっこをしていた。気温は高く上がった上に風は無く、真冬、年末だと言うのに暖かい。 「花梨ちゃんが料理出来るなんて知らなかったよ。」 頼柾は椀に入った餅を口に放り込んだ。隣に座った忠直も嬉しそうに黒っぽい汁をすする。 「これだけ。と言っても、翡翠さんが残していってくれた荷物の中にお砂糖が入っていたから作れたけど、他の物で代用する事も出来ないから全く出来ないって言った方が正しいの。」 「でも、これ、おいしい。」忠直がにっこり笑みを浮かべて椀を差し出した。「おかわり。」 「気に入って貰えて良かった。」側に置いてある鍋からよそう。「沢山あるから好きなだけおかわりしてね。」 「うん!」 『何だか仲の良い家族って感じだな。』 またしても暇な若者達が覗き見していた。 『あぁ。こりゃ頼柾の勝ちかな?』 『そうみたいだな。頼忠は何やっていたんだか。眼の前で弟に掻っ攫われてやんの。』 『だらしねぇな。』 自分達は参加していないから言いたい放題だ。 『花梨ちゃんの手料理かぁ。頼柾、良いなぁ。』 『でもさ、料理出来るんだな。やっぱりお姫様じゃ無かったんだ。』 『しっかし美味そうだな。汁粉か、俺も食いてぇ。』 『お前の分は無いよ〜!』 『分かってるよ!』 からかう男を肘で小突く。 「砂糖か。そうだな、砂糖はそう簡単には手に入らないな。」最後の一滴まで汁をすする。「まぁ、甘味をつけるのは砂糖以外にもあるし、今度他ので代用出来るか試してみようか。」 「一緒にやりたいな。と言うか、料理、教えてくれませんか?」 「勉強する気になった?」 「うん。お母様も頼柾さんも何時も忙しいし、私が出来るようになればラクになるでしょう?お腹を空かせて待っている者がいると慌てなくても良くなるし。」 「そうだね。暇な時にでも少しずつ教えてあげるよ。食材の見つけ方からうさぎのさばき方まで全部。」 「うさぎ・・・。」眉を顰める。「それは遠慮しま―――。」 カタン。カタカタカタ。 その時、玄関の方から物音が聞こえ、花梨達はそちらに顔を向けた。 「おう、兄上。お帰り。」 「頼忠さん、お帰りなさい。」 『お?頼忠の登場だ。』 『何か言うかな?』 『そりゃ言うだろう?眼の前でイチャついているんだしさ。』 修羅場を期待して眼が輝く。 「只今戻りました。」 無表情のまま軽く会釈をするが、頼忠は内心、不愉快だった。簀子に三人並んで笑顔で何かを食している。まるで、仲の良い若夫婦とその子供。本当なら、何事も無ければ、頼忠が花梨の隣にいられたのに。 「ちちうえ〜、これ、おいしいよ。かりんしゃまがつくってくれたの〜♪」 椀を持ち上げて叫んだ。 「花梨殿が?」 片眉が上がる。鳩尾の奥で何かがざわりと蠢いた。 「お汁粉。私、お汁粉が好きなんだもん。」花梨は汁をすすって飲み込むと、首を傾げながら頼忠を見上げた。「頼忠さんも食べる?これ、美味しいって言ってくれたよね?」 花梨達に歩み寄った頼忠にも、砂糖の甘い匂いと焼いた餅の香ばしい香りが漂ってきた。過去の想い出が一瞬にして全身を駆け巡る。 『ん?何か様子が変だぞ?』 今まで見た事のない頼忠の表情に驚き、身を乗り出した。 『喧嘩が始まんのかな?』 『殴り合いになったりして。』 わくわく。ドキドキ。 「花梨・・・・・・。」 頭の中が真っ白となり、花梨以外の存在が消えた。予備の椀を取り、お汁粉をよそっている花梨の真後ろで膝を付く。 「頼忠さん?」 気配を感じ、後ろを向こうとした花梨の喉に手を添えると、そのまま強引に顎を上に向けさせる。そして覆い被さるような姿勢で唇を重ねた。 『うわっ!』 『よ、頼忠!?』 『いきなり何しやがっているんだ!』 それぞれ口も眼も、あんぐりと開けた。 「ぅぐっ!」 椀が揺れる。頼柾が慌てて中身が零れる前に取り上げた。 「ちちうえ?」 忠直も瞳をぱちくり。 『甘い・・・・・・。』 頼忠はそんな周りの状況など気付かずに夢中で貪る。 『うわぁ・・・・・・。』 『すげぇ・・・・・・。』 『おぉ・・・・・・。』 眼が離せず、つい感嘆しながら見入る。 「花梨・・・・・・。」 やっと離す。しかし、これだけでは足りない。もっと。もっと欲しい。 「ぐほっ!げほっっ!!」 無理な姿勢での口付けで、むせた。胸を叩いて咳をする。が、ふわりと身体が宙に浮いた。 「兄上?」 「ちちうえ?」 花梨を抱え上げると、無言のまま奥に歩いて行く。 「ちょっちょっと、頼忠さん!?」 『おっと!』 『まさか?』 『マジ?』 顔を見合わせる。それから頼忠の背中を追い、頼柾の様子を窺い、再び仲間と顔を見合わせた。 『頼柾、止めないんだな。』 『これで決まりだな。』 『大逆転勝利じゃないか、頼忠の野郎。』 頷き合う。 『『『みんなに報告だ!』』』 顔を輝かせてその場を飛び出して行った。 「ちちうえ?かりんしゃまをどこにつれていくの?」 びっくりした忠直が追い掛けようと腰を上げた。が、走り出す前に頼柾が腰に腕を回して引っ張り寄せた。 「良いんだ。二人きりにしておこうな。」 「なんで?」 「兄上、お前の父上は花梨ちゃんに結婚してくれるように頼むんだろう。二人の問題だから、忠直は邪魔しちゃ駄目だ。」 「はなしあいだ!かりんしゃまもいってた。ふたりではなしあうんだって。」瞳をきらきらさせてはしゃぐ。「うん、じゃましちゃだめだね!」 「話し合う?いや、話し合う状態では無いんじゃないかな。」 二人が消えた方向に視線をやってぽつりと呟いた。 「だめだよ。わかしゃまがいっていたよ、ことばはだいじだって。」 「若棟梁が何だって?」 眉を顰めて訊いた。聞いた方が良いような、聞きたくないような。 「うんとね、しゅきなおんなのこにはおもったことをどんどんいいなしゃいって。かわいいとかきれいとか、そうゆうことはつたえなきゃいけないんだって。」 「あのやろう。子供に何を教えていやがるんだ。」 がっくりと肩を落とした。 「でね、しゅきだよってめをみていうんだって。それから―――。」 「もういい。」椀を忠直に強引に持たせる。「ほれ、食い掛けだ。残さずに食え。」 「うん!」 箸を持ち、もそもそと口に入れる。頼柾も、花梨が頼忠の為によそった椀を手に取り、汁をすすった。 二人にとっては幸福な結末。真っ昼間だが、まぁ、当人達にはそんな事を気にしている余裕は無いだろう。 「媚薬、か。」頼忠は確かに媚薬を飲まされたような反応を見せた。しかし。「汁粉が何で媚薬になるんだろう?」 「びやくってなぁに?」 「惚れ薬。」 「あぁ、うん。」納得顔で頷いた。「これ、とろけるようにあまいよね。しゅきなおんなのことのしぇっぷん(接吻)もそうなんだって。だからじゃない?」 「ぶーーーっ!」 盛大に噴き出した。 「おじうえ、きちゃない・・・・・・。」 「お、おまえ・・・・・・っ!」顔を顰めている忠直の顔を見ながら、懐から手ぬぐいを取り出して口元を吹く。「何つー事を言うんだ!?」 「うん?」きょとん。「わかしゃまがしょういっていたんだけど、ちがうの?」 「違うとか違わないとかそういうんじゃ無くてな。」忠直の両肩に手を乗せた。「お前、若棟梁に会うな。話を聞くな。」 「なんで?」 「何でも。」 「でも、わかしゃま、やさしいのに。おかしくれるよ?」 「餌付けされたのかよ?」がっくり肩を落とした。しかし気力を振り絞って顔を上げた。「お前には母上が出来たんだ。今度は花梨ちゃん、母上に色々と教えて貰え。」 「ははうえ!」ぱぁっと顔が輝く。「ぼくにもははうえがいるんだ!」 「良かったな、忠直。」 ぽすぽすと頭を撫でた。 「うん!」 「・・・・・・・・・。」 満面の笑みを浮かべてはしゃぐ幼子の声を聞きながら、頼柾は雲一つない青い空を見上げた。 |
注意・・・12月中旬〜後半。 お汁粉=花梨の唇。 頼忠、お前さんはどんな思考回路しているんだ? それは兎も角、頼忠、結局最後は自分の気持ちに従いました。 忠直に口説き文句を教えたのは、若棟梁・・・・・・。 2007/01/31 13:35:06 BY銀竜草 |