絆〜歩06〜 |
「・・・・・・。」 「どうしたの?」 長い間大きな木を見上げている花梨に、忠直は尋ねた。 「うん。美味しそうだなぁって思って。」 その木には大きな柿の実が沢山成っている。艶々していて、とても美味しそう。 「うん。これはおいしいってよりましゃおじうえがいってた。」 花梨はぱっと振り向いた。 「勝手に食べたら怒られるかな?」 期待を込めて訊いた。 「だいじょうぶだとおもうけど。」首を傾げた。「おこられたら、いっしょにおこられてあげるよ。」 「ふふ、ありがと。」クスリと笑いながら忠直の頭を撫でた。「じゃあ、2、3個貰っちゃおうね。」 「うん!でも、かりんしゃまにはとどかないよ?」 忠直もその柿の木を見上げた。しかしその木は他の柿の木よりも成長したようで、腕を伸ばしても花梨の背では届きそうもない。 「あぁ、大丈夫大丈夫。これぐらいの高さならお任せあれ。」 だが花梨はにっこり微笑んだ。 「美味しいね。」 「うん!」 柿を手に入れた二人、簀子に並んで座って食べる。 ガタガタガタ。 音がした方を見ると、帰って来た頼柾が何かの道具を仕舞っていた。 「頼柾さん、柿、食べますか?」 「おう!頂くわ。」 怒鳴ると、左手で右肩を揉みながらやって来た。 「どうぞ。」 ドカリと座った頼柾の前に皿を置いた。 「あんがと。」パクリ。もぐもぐ。「美味いな、これ。庭のあの柿か?」 「うん。勝手にもいできちゃったけど。」 「構わないよ。喰う為に植えてあるんだから。で、誰に取って貰ったの?」 頼忠に取って貰ったんだったら『勝手に』とは言わないか。そんな事を考えながら軽い気持ちで訊いた。 「ん〜?自分で。」 忠直が口に入れようとして床に落っことした柿を拾って盆の隅に置いた。 「え?」 何だかおかしな事を聞いたような気がする。皿からもう一つ取り、口に入れようとしていた手が止まった。 「だから私が自分で。ね?」 代わりに一つ取り、忠直の口に入れる。 「うん。かりんしゃまがきにのぼってとってくれたの。」 もごもごと食べながらしゃべる。 「ちょっと待て。花梨ちゃんが木に登ったの?」 食べる気無くして皿に戻した。 「うん。」 自分も一つ口に入れた。 「何て事するんだ。危ないじゃないか!」 「あの木はそんなに高くないし、それに曲がっているから上手い具合に足の踏み場所があるから大丈夫だよ。」 「落っこちたらどうすんだ?」 「そんなにドジじゃないもん。上手かったでしょう?」 忠直に同意を求めると。 「うん。おしゃるしゃんみたいだった。」 頷いた。 「それ、褒め言葉じゃない・・・・・・。」 「しょうなの?でもしゅるしゅるとのぼっていたから―――。」 「そんな事はどうでも良い!」遮った。「柿が食いたかったら俺か兄上に言え。二度と登っちゃ駄目だからな!」 「何で?」 「危ないからだろうが!」 「だから大丈夫だってば。得意なんだから。」 「駄目って言ったら駄目なの。女の子が木登りしちゃいけません!」 「はぁ〜い・・・・・・。」 渋々頷いた。 「よし。」 ほっと安堵のため息を吐いた。が。 「おこられちゃったね。ごめんなしゃい。」 神妙な顔で忠直が花梨に言った。 「うん。怒られちゃった。」首を傾げて忠直を見下ろした。「今度はバレないように頼柾叔父さんにはあげないで二人で食べようね。」 「うん!」 「花梨ちゃんっ!」 「何?」 にっこり反省していない微笑みで見返した。 「・・・・・・・・・。」 夜、頼忠が帰宅すると、 「全く、お転婆ってのはああいう娘を言うんだろうな。」 弟が柿を頬張りながらぶつぶつと独り言を言っていた。 「どうかしたのか?」 弟に近寄り、皿に盛ってある柿を一つ取り、口に入れた。 「柿だよ、柿。この柿。」 兄上に注意して貰おう。そう考えた頼柾は兄に向き直った。 「柿?これがどうした?」 「これ、庭のあの柿の木の実なんだ。誰が取って来たと思う?」一瞬間を空け、考えさせる。「花梨ちゃんだよ、花梨ちゃん。」 「・・・・・・・・・。」 口の動きが止まる。何度か瞬きを繰り返す。そして再び咀嚼するとゆっくり飲み込んだ。 「花梨ちゃんの背じゃ届かないからって木に登ってもいだんだってさ。」 「そうか。」皮の剥いていない柿をざるから一つ取り、じっと見つめた。「木にお登りになられたか。」 「危ないって言ったのに全然反省してくれなくて―――。え?」 「そんなにお元気になられたのだな。良かった・・・・・・。」 眼が細まり、微かに微笑んだ。 「・・・・・・・・・。兄上?」 「何だ?」 「木登り、危なくないか?」 「あ、そうだな。今度注意し―――。」言葉が止まった。少しの間思案すると頷いた。「花梨殿に言っても無駄だ。代わりに忠直に言い聞かせておこう。」 柿をざるに戻すと立ち去って行く。 「・・・・・・そう。頼むよ。」 呆然としながら兄の背中に言った。 「どうしたらこんなに散らかるんですか?」 また頼柾の室の掃除を頼まれた花梨は驚き、頼柾に尋ねた。花梨が掃除してからそれほど日は経っていないと言うのに、ごちゃごちゃと床に物が散らばっている。 「どうしてだろうね。自分でも分からないんだ。」 ぐるりと室内を見回すと、両方の掌を肩の辺りで上にし首を傾げて見せた。 「ぼくのしつのほうがきれい。」 花梨の後を付いて来た忠直も室を覗き込んで言った。 「物を仕舞わないからです。一旦出しても、使い終わった時に仕舞えばこんな状態にはなりません。」 「すぐに使うんだよ。一々仕舞うなんて面倒じゃないか。」 「それだと当然片付きはしませんね。」 大きなため息を一つ吐くと、覚悟を決めて室に入った。 「じゃあ、始めようか。」 「は〜い。お願いしま〜す。」 「うん!」 一人は無駄に愛想良く、一人は元気良く返事をした。 「はい、かりんしゃま。」 「ありがとう。」 花梨の指示通りに忠直が袴や小袖を拾っては花梨に手渡す。そして花梨はそれを畳んでは積み重ねていく。 「それは触っちゃ駄目。頼柾叔父さんにやらせなさい。」 武器類を拾おうとした忠直を止める。 「まぁ俺だって、分かってはいるんだけどね。」 代わりに頼柾が小刀を拾い、指をそっと這わせて刃の研ぎ具合を確かめる。鞘を探すが見付からない。 「今度刃物を剥き出しにしたまま置いたら掃除の手伝いはしませんよ。」 袴の腰紐部分に絡んでいた鞘を見せた。 「そんな所にあったのか。いくら探しても見付からないから捨ててしまったのかと思ったよ。」 嬉しそうに受け取った。 「まぁ、苦手な事って誰にでもあるし、しょうがないか。」 呆れ半分諦め半分のため息を漏らした。 今度は机の周り、筆や紙を文箱に入れ、蓋を閉めた。書き損じの紙はゴミ箱に捨てる。そして書物を拾っては重ねていく。 「頼柾さんは読書家なんですね。」 武術や武具に関するものから物語、歴史書まで色んなジャンルの書物がある。前に掃除した時よりもかなり増えている。机の上に乗りきらない。 「物語とか歌集は嫁に行っちまった姉上ので歴史書は父上の。で、その武術とか武具に関するのは兄上の。」 弓を拾い、室の隅に立て掛けた。矢は弓の隣に置いてある箙(えびら)の中に入れる。 「返さないんですか?」 「みんな読み終えたからくれたんだよ。でもまぁ、今度は忠直の番だな。俺も読み終わったから全部持って行きな。」 「ぼく?」 一冊の書物をパラパラと捲る。物語や歌集なら平仮名だが、これは漢字だらけだ。まだ文字の勉強をまともにやっていない忠直には全く読めず、つまらない。 「いらない。」 パタンと閉じるとゴミ拾いを再開した。 「何だ。折角のこの機会に押し付けようと思ったのに。」 大げさに残念がる仕種をした頼柾に、花梨は噴き出した。 「ところで、兄上の室を掃除した事ってある?」 武具類の片付けを終えた頼柾は、花梨が何をしているのかを見て手伝える事は無いかと考えた。 「ありません。何時でも塵一つ落ちていませんから。」 床に物一つ無くなると、箒を持ち、掃き始める。 「同じ兄弟で何だろうね、この違いは。」 花梨の側に付いて回り、箱やら机をどかして掃き易いように手助けする。忠直は雑巾で拭く。 「兄弟って言ったって別の人間ですし、関係ありませんよ。一人一人に長所と短所があるわけだし。」 「へぇ。俺にも長所ってある?」 頼忠が戸口で聞き耳を立てているのに気付いてわざと花梨に尋ねた。 「優しい。気が利く。元気。明るい。説明が丁寧上手。我慢強い。料理上手。」ちらりと書物の山を見る。「勉強家。努力家。」 「じゃあ、兄上の短所は何?」 「短所?」手が止まる。眉を顰めて考え込んだ。「頼忠さんの短所?何かあったっけ?」 容姿も性格も魅力的、というのは短所になるのだろうか?何事も過ぎれば余計な問題を引き起こすが、頼忠の場合、女性にモテるから焼き餅を焼いてしまうというのは花梨の勝手だ。 「ほら、無口だから何を考えているか分からないところとか。」 「でも、おしゃべりな人が正直に言っているとは限らないんだよね。」 「無表情だし。」 「詐欺師ってみんな愛想が良いよ。」 「頭ガチガチの頑固者で。」 「自分の考えをしっかり持っている、でもあるんだよね。周りに影響されてすぐに意見を変える人は信用出来ないし。」 しばらくそんな会話を続けていると、頼忠はその場を静かに立ち去った。もう花梨に言わせる意味は無い。 「分かった分かった。」手を振ってもう良いと合図する。「全く痘痕(あばた)もえくぼってこの事だな。」 「何か言った?」 「い〜や、なんでもな〜い。じゃあ、これをどかすね。」 促し、掃除の続きを始めた。花梨が頼忠を嫌ってはいない、それどころか好意を持っていると伝わった事を祈りながら棚を拭いていた。 |