絆〜反04〜



「なっ!」
「まさか本当に・・・・・・?」
「何を驚いているのです?目立たないようにするのが一番安全ですよ。」
幸鷹と勝真は絶句するが、責任者という肩書き、それも幸鷹の意見を拒絶する事の出来る立場に酔っている少納言はうっすらと笑みを浮かべた。
「目立たないって・・・・・・。」
斎王、龍神の神子の外出だと言うのに、あまりにもみすぼらしい。車はたった一台で、しかもボロボロ。お供の者は数人、警護の武士は一人もいない。そしてお付きの女房や調度品などの荷物は別に行くとは。
「俺も供に付こう。」
「やはり検非違使の者を数人護衛に―――。」
「必要ありません。」二人の言葉を遮り、きっぱりと言った。「帝から仰せつかった責任者は私です。この少納言にお任せ下さい。」
「「・・・・・・・・・。」」
幸鷹と勝真は顔を見合わせた。
「お待たせ致しました。」
泉水を伴い、泰継が花梨を抱き上げてやって来た。
「こ、これは・・・・・・っ。」
泉水も車のあまりのみすぼらしさに驚くが、泰継は一瞥しただけだった。
「あの、警護する武士はいないのでしょうか?いないのでしたら院に何人かお借り出来ないかお願いし―――。」
「必要ありません。」遮った。「武士がいれば守らねばならない者がいると知らしめる事になりますから、これで良いのです。」
「近付くな。」
泉水に説明しながら泰継に近寄って来た少納言に、泰継が強い口調で言った。
「あの、神子、いえ斎王はまたお身体の具合が宜しくなかったので、泰継殿が呪いを掛けているのです。」
少納言の顔がむっとした表情に変わったのに気付き、慌てて泉水が言った。心配顔の勝真や幸鷹に詳しく説明をする。
「そ、そうか。」手に入れられなかった神子の顔を拝んでやりたかったが、これが無事に済めば右近衛府少将に抜擢するとの約束だ。引き下がろう。「では乗せろ。出発する。」
神子を先に乗っていた女房に託す。そして頷いた。
「ではお願いします。」
心配そうに見守る八葉の視線を背に、意気揚揚と馬に跨った。



「なぁ、あんたが団子の好きな女房か?」
祇園社にお参りにやって来た一人の女房にイサトが声を掛けた。女は一瞬不思議そうに首を傾げたが、心当たりがあったようですぐに微笑んだ。
「髪の長い美しい殿方のお知り合いかしら?」
「良かった。翡翠から使いを頼まれたんだ。」そう言うと、二つの包みを手渡した。「こっちがあんたお気に入りの団子だ。そしてこっちは、海の向こうから届いた傷薬だってさ。」
「傷薬?」
「あんたの娘が怪我したんだろう?これをほんの少しの湯で練って痣に塗ると、消してくれるんだ。時間が経っているから完全には無理でも、目立たなくなるかもしれないから試してみてくれってさ。」
「そう、気付いていらしたの。」
包みを見つめる。
「治ると良いな。」
励ますように腕を掴んで軽く揺すった。
「えぇ、そうね。ありがとう。」
涙が零れ落ちないように瞬きを繰り返すと無理に微笑んで見せた。
「おう。じゃあな!」
片手を上に上げると、ぱっと身を翻して走り去って行った。
「ありがとう・・・・・・・・・。」
そこにはいない男に心を込めてお礼を言うと、包みを大事そうに抱き締めた。



伊勢斎王が伊勢に赴く時の群行(ぐんこう)路は近江国の勢多・甲賀(こうか)・垂水・伊勢国の鈴鹿・一志(いちし)と通る。任を解かれた時は反対に。だが、不名誉な理由で解任された時は別の路で帰京する。
そして神子、花梨は一志までその別の路を逆に辿って行く事となっている。―――少納言の嫌がらせで。


ガラガラガラ。
一台のみすぼらしい車がゆっくりと走る。
カッカッカッ。
その横を一頭の馬が車の速さに歩調を合わせて走る。
タッタッタッ。
数人の従者が遅れまいと早足で歩く。
ガラガラガラ。
カッカッカッ。
タッタッタッ。



「美しい建物ですな。」
「庭の景色も素晴らしい。」
宮の大納言の新しい屋敷の完成披露の祝宴に招待された貴族達はため息を漏らし、口々に褒め称える。美しい女房によって珍しい酒や肴が次々と運ばれ、またしても感嘆の声が上がった。
「さすが宮の大納言殿。贅の限りを尽くしておられる。」
和歌を詠み、楽器を演奏し、舞を踊る。酒に酔い始めると、若い公達は気に入った女房の気を引こうと袖を引っ張ったり扇を取り上げたりする。少し年齢の高い者は宮の大納言相手に冗談を飛ばす。
宮の大納言邸の宴は時間が過ぎるに連れ、賑やかさ、華やかさを増していった。



最初の目的地、河陽宮に向かっている頃、陽が傾き始めた。
「これでは陽が落ちてしまう。少し急ごう。」
ただ自分が休みたいだけの少納言はそう言って馬の足を速めた。供の者達は急ぎ足から小走りとなって合わせる。
ガラガラガラ。
カッカッカッ。
タッタッタッ。
人気の少ない小道に差し掛かった。そこの石垣の上には一人の男が座っている。
ガラガラガラ。
カッカッカッ。
タッタッタッ。
一行が男の前を通り過ぎると、男は立ち上がり、崖を駆け上って行った。
ガラガラガラ。
カッカッカッ。
タッタッタッ。



北の方から厳つい男達がこっそりと京に入って来た。そしてばらばらとなり、何処に何があるのか確認する為に歩き回っていた。
「ここか。」
「ここだな。」
裏門に紅い布を縛り付けてある屋敷を見つけると、一人の男がさり気なく近付いた。布で隠すように紙が挟んである。それを取り上げると開いた。
「ふん。」
満足げな笑みを浮かべると頷き、また目立たぬように立ち去った。



少し行くと、木の枝の上に一人の男が座っていた。茂っている葉が男の姿を隠し、余程眼を凝らして見なければ気が付かない。
ガラガラガラ。
カッカッカッ。
タッタッタッ。
一行が男の下を通り過ぎると、男は抱えていた弓で狙いを付ける。そして射った。
ヒューン。
ビシッ!
「うわっ!」
馬上の者の右肩に矢が突き刺さった。仰け反ると、そのまま転がり落ちる。
「少納言殿!」
「何事だ!?」
周りの従者達が慌てふためき周りを見回す。供の一人が駆け寄り、少納言の肩に突き刺さっている矢を捻るようにして乱暴に引き抜いた。
「ぎゃあ!」
血が噴き出した。絶叫し、転げ回る。
と。
ガッガッガッ!
長い髪を靡かせて一人の男が馬で駆け寄って来た。
「どけっ!」
従者達を蹴散らす。
「わぁーーー!」
「どけどけどけっ!」
何処に隠れていたのか、何人もの男達が刀や太い丸太を振り回しながら走り寄って来た。
「うわっ!」
「止めろ!」
従者達は騒ぐが、その多くが腕っ節には自信の無い文官貴族だ。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、大混乱となった。
「何をしている!神子を守れ!!」
少納言が怒鳴るが、騒ぎに紛れて先ほどの矢を引っこ抜いた従者が少納言の背後から回し蹴りで後頭部を蹴り、吹っ飛ばした。
「ぎゃっ!」
「うわぁぁぁ!」
逃げ惑うふりをし、他の従者が倒れている少納言の怪我をした肩を踏み付けた。
「ぐがあっ!!」
賊の一人が車の御簾を持ち上げた。中で女房の一人が神子を抱えている。だが、女は怖がるどころか賊に頷いた。
「よく眠っているよ。さぁ、早く!」
「お頭!」
賊の男は振り向いて叫んだ。
「姫君をこちらに。」
馬に乗っている男が走り寄ると、端に寄っていた女から神子を受け取り抱え上げた。そして馬の背に乗せる。
「もう良いぞ!」
叫ぶと馬の腹を蹴り、駆け去って行く。
「さぁ、私達も行くよ!」
女房装束を脱ぎ捨て気軽な衣に戻った女が車から飛び降り、走り去る。
「ま、待て・・・っ!」
肩を押さえて少納言がよろよろと立ち上がるが、矢を引っこ抜いた従者が足が縺(もつ)れたふりをして再び肩から背中にぶつかって押し倒した。そして肩を踏み付けた男が賊の一人にぶつかり、吹っ飛ばされたふりをして少納言の後頭部の上に倒れ込んだ。
「ぐっ!・・・・・・・・・。」
「おい、逃げるぞ!」
「遅れるな!」
バタバタと賊が逃げて行く足音が聞こえたが、もう痛みで顔を上げる事さえ出来ない。そのまま意識を失った。



暗闇に紛れて宮の大納言邸の塀の陰に大勢の男達が集まって来た。髪の毛はボサボサ、髭もじゃ、鋭い眼光の男達は手に手に刀や槍、鉄棒などの武器を持っている。
一人の男が裏門の中から顔を出した。見回すと一人の品の良い男に尋ねた。
「あなたがお頭ですか?」
「そうだ。中の様子はどうだ?」
「多くの者は既に出来上がっている状態です。どうぞこちらからお入り下さい。」
「よし。行くぞ。」
後ろの者達に頷いて見せると、静かに中へと入って行った。



道端に一台の車があった。そこにいた数人の男達が馬の周りをうろうろと歩き回っている。
「やぁ、待たせたね。」
馬で走り寄ると、男達は一斉に駆け寄って来た。車の中からは一人の女が顔を出した。
「お頭!」
翡翠は腕の中の花梨を手下の一人に手渡した。すぐに降り、また花梨を受け取り抱き上げる。そして準備していた車に乗せた。
「どうでしたか?」
「予想していたよりも人が少なかった。腕に覚えのある者もいなかったよ。」
「そりゃあ、物足りなかったですね。」
「あぁ。じゃあ、出発しようか。」
馬の腹を蹴り、一斉に走り出した。



植えられた木や花の陰に隠れるようにして建物に近付く。そして全員が配置に付くと頭の男が横にいた男達に頷いた。男達は頷き返し、壷を持って建物の床下に滑り込む。そしてそれぞれ紙に火を点けると壷の中に入れ、横倒しにする。煙が立ち昇り始めた。
「ん?コゲ臭いな。何の臭いだ?」
気付いた貴族の一人が鼻をくんくんと嗅いだ。
「何だ?どうかしたのか?」
共にしゃべっていた男が周りを見回した。
「きゃあーーー!」
煙に気付いた女房が悲鳴を上げた。
「か、火事だ!」
男達も騒ぎ始めた。
「消せ!消せ!火元は何処だ!?」
しかし、一箇所では無い。あちらこちらの建物が煙で充満している。そこにいる者は眼も開けていられず、咳き込む。
「逃げろ!焼け死ぬぞ!!」
賊が一斉に建物の中に走り込み、叫んだ。煙で真っ白となっていて足元も見えない。貴族達は恐怖で大混乱になり、料理も楽器も蹴散らし、転び、お互いにぶつかり突き飛ばす。先を争って建物から飛び出した。
「金目の物を探せ!」
「こっちに色々とあるぞ!」
袋に詰め込む。
「何をしている!」
勇敢な公達の一人が刀を手に斬りかかった。だが、気付いた賊の一人が刀で応戦し、他の一人がそっと近付くと紐で公達の片手を捕らえた。
「な!放せっ!」
しかし従う筈も無く、武器を取り上げるとその紐でがんじがらめに縛り上げた。
「これぐらいで良いだろう。行くぞっ!」
頭が叫ぶと、再び一斉に建物から飛び出し、あっという間に逃げ去って行った。






注意・・・秋、8〜9月頃。