そんなはじまりの夜 6










「えへへ…」
「何だよ、気色悪ぃんだよ。泣きながら笑うな」


「う、何それ。ひどい言われ方だなぁ。でも、もう泣いてないから」
「嘘つけ。まだ鼻水垂らしてやがるヤツが、何言ってんだかよ」
「だって…。涙が止まっても、鼻水はまだ止まらないんだもん。しょうがないでしょ」
「へーそうかよ。って、オイ! テメエ、オレ様の肩で鼻水拭くんじゃねー! あぁ、ったく。ちっと待て!」


蛮の肩で俯いたまま、未だ鼻をぐずぐずやっている銀次に、蛮が仏頂面のままズボンのポケットをごそごそやって、"おら、ティッシュ"と銀次に手渡す。

「あ、ありがと」

"美堂君、ティッシュなんか持ち歩いてるんだー。なんか意外"と内心で感心しつつ、その中から一枚を取り、銀次がそれを特に意図なく、くるりと裏返す。
「ん? パチンコ・パチスロ"omega7"?」
「あ? ああ。そいつは、この前オープンしたパチンコ屋で配ってたヤツでよー。って、んだよ、何がおかしいんだよ!」
なぜかいきなりくくっと笑いを漏らす銀次に、ティッシュを取ったのを確認し、蛮が銀次の手からそれをひったくる。
「別に何も言ってないケド」
「じゃあ何だ!」
「何って。ただ、なんか美堂君らしいなぁって」
「あ゛ぁ?」
鼻を拭きつつ、銀次が返したその答えに、蛮の仏頂面がますますひどくなる。



そしてふと、まだ自分の肩で小さく笑いを噛み殺している銀次を憮然と見下ろすと、やおら凭れられている側の肩を乱暴に揺すった。
振り落とされそうになって、銀次が慌てる。
「うわっ! 何、いきなり!」
「うるせえ! いい加減、頭どけろ。重てえんだよ!」
「ちょっ、美堂君っ」
「いつまでも調子こいて、ヒトの肩に懐いてんじゃねえっての。おら、どけ!」
言うなり、まんまと銀次の頭を肩から振り落とさせると、蛮は"ざまあみろ"とばかりに、さっとベンチから立ち上がった。
銀次が両手の甲で目元を拭いつつ、抗議のような声を上げる。
「乱暴だなあ、も〜。ちょっと待ってよ。オレ、顔ぐっちゃぐちゃなんだから。すぐ上げられんないよ」
語尾はさも困ったように情けなく萎むけれど、蛮はそんなことなどまったく意に介さない風に、ズボンのポケットに両手を突っ込むと、とっとと歩き出した。


「んなこと、オレが知るか。行くぞ!」
「え、え! ちょっ、ちょっと待って」
「んな夜中だ。誰も歩いちゃいねえし、第一ヤロウの泣き顔なんぞ、誰が好きこのんで見るかよ」
「そりゃ、そうだけど。で、でも…っ」
「ま、ホモのオッサンにでも襲われねえように、せいぜい気ぃつけろや」


肩越しに振り返り、からかうように言って、歩幅を大きくする。







実は――。
今更ながらに、照れ臭くなってきたのだ。






まったく。
らしくねぇことをした。



泣いてるヤツ相手とはいえ、肩を貸して、しかも頭まで撫でちまった。
何やってんだ、オレは。
しかも、チチのでかい美女ってぇのならまだしも、相手はヤロウだぞ。
どうかしちまってる。
まったく、アイツといるようになってから、チョーシ狂いっぱなしじゃねえかよ、オレは。





無意識に舌うちする。
どうやら、この癖が銀次にもうつってしまったらしいのだが、そんなことは当の蛮はもちろん知る筈もない。






そして、数歩大股で歩いたところで、蛮はいきなりぴたりと足を止めた。



後ろから、未だ自分を追ってこない気配に、どうにもこうにも苛立っている自分がいる。
もう一度舌打ちした。


まだこれ以上甘やかすかと心中で己を叱咤するが、気になるものはどうしようもないのだ。
"ほっとくと、余計気になってイライラすんだよ! しようがねえだろうが"となぜか言い訳まで立てて、忌々しげ再び肩越しに振り返る。



銀次は、まだ先ほどの場所から、一歩も歩き出してはいなかった。
俯いたまま、両の手の甲で目のあたりをごしごしやっている。
自分が歩き出してからまだ数十秒しかたっていないのだから、銀次がそのままでいるのもさして不思議ではないのだが。
蛮の中では、どうやらかなりな時間が経過していたようで、もう待ち切れないとばかりに、焦れた足が踵を返した。





「ああ、ったく!!」




歩幅は、銀次を離れた時よりもさらに大股。
しかも、離れる時の早さに比べれば、引き返す時にはかなり加速もしていた。




あっという間に目前まできた蛮の、その靴先を俯いた瞳で見つけるや、目を擦っていた手がぐい!と力任せにひっぱられ、銀次は驚いたように顔を上げた。
銀次にしてみれば、まさか蛮が戻ってくるなんて、予想だにしなかったわけで。


「美堂君…?」


それに応えたのは、今度は思いっきりの舌打ち。





「ちんたらしてんじゃねえ! さっさと来い!!」

「えっ、うわ! 美堂君!」




捕まれた手首を強引に引かれ、そのまま先をたって歩き出す蛮の背中を茫然と眺めつつ、それでも抗うこともなく、ひっぱられるようにしてその後を歩く。
銀次が"どうして"と問うより早く、蛮の怒声が応えた。

「テメエが車戻らねぇと、オレも寝られねーだろーが!」

その言葉に、思わず銀次がきょとんとする。
問いかけは戸惑いがちに、蛮の背中に投げかけられた。
「え。な、なんで?」
「ロ…ロック出来ねーからに決まってるだろうが!」
さも当たり前だというように返すけれど、それにしては言葉の出だしが詰まったのはどうしてだろう。
銀次がちょっと首を傾げつつも、車ってそういうものなのかと素直に納得する。


「あ、そうなんだー」


けれど、銀次が納得したのは車のことだけではなかったらしい。
痛いほど手首を掴んで大股で歩く蛮の背に、銀次がふわっとやわらかく微笑むと、小さく呟くように言った。




「…やさしいんだ、美堂君」




「はあ!?」
「やさしいんだよね、美堂君って」
「ば、馬鹿が! 何寝言言ってやがる!」



言葉と同時にいからせる肩に、さぞかし憤怒しているだろうと銀次が想像する。
それでも振り返らないのは、そう出来ない理由がきっとあるから。
ピアスのある蛮の耳朶が、少々赤い。






銀次がそれに、心の中でくす…と笑いを漏らす。




まったく。素直じゃないんだから。
冷たそうなフリして、怒ってばかりいて。


でも、きっと、それも見せかけだけなんだ。
本心は、きっと、そうじゃない。



傍に寄れば寄るほど、しみじみ思う。
こうやって、近くにいるからこそ、蛮のやさしさやあたたかさがわかる。




たぶん、今まで。
彼のこんなに近くに来た人は、ほとんどいなかったから。
(意図的に、蛮が寄せつけなかったせいもあるだろうが)
それが、わからなかったんだろう。




だって、本当にやさしいんだもん。
美堂君ってば。
本当は、人一倍、彼はやさしいんだ。
たぶん、自分なんかとは比較にならないくらい。



今だって、握力200の力で掴まれた手首は確かに痛いぐらいだけれど、包んでくれる手のひらは、とてもあたたかくて。心まで包んでくれるみたいで。
ぶっきらぼうな仕草でカムフラージュしながらしか見せられない、そんな無器用なやさしさも、だからこそ、そこにはただ1つの偽りもなくて。





そんな彼を――。




たぶん、これから。
もっと、ずっと、好きになる。


そんな予感がする――。





――互いの胸で、相手には絶対に気付かれないように、それぞれ思う。










「えへへ、美堂君ったら照れてるv」
「な…! 照れてねえわっ、このボケ!!」
「いたっ! 痛いなぁ、もう! すぐ殴るんだから〜〜!」


「うるせえ、カミナリ小僧!」
「だーから! オレは"カミナリ小僧"じゃなくて、"天野銀次"だってば〜!」




最後の言い合いは、先ほど車を降りた時とは全く違い、少し甘味と、それから大いに笑みを含んでいた。














予想外に長くなっちゃったので、キリのいいところで(苦笑)
本当にあと一回。車で寝るシーンだけで終わりますからー(涙)
もう少しおつきあいくださいませー。







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