そんなはじまりの夜 7 |
スバルに戻り、教えられたようにドアをロックして、銀次が倒したままになっていたシートの上に身を横たえる。 身体の向きは、先程と同じくドア向き。 時間は、既に深夜だ。 いつのまにか、月の位置もかなり移動している。 フロントガラスからそれを見上げ、銀次がちらりと肩越しに運転席を振り返った。 蛮もまた、銀次に背中を向ける形でシートに身体を横たえている。 「あの、さ」 「…あ?」 「なんだか、遅くなっちゃったね。…ごめん」 「別に。いいからもう寝ろ」 「うん…。じゃあ、おやすみ。美堂君」 「…あぁ」 蛮のごく短い応えを背中で聞いて、薄汚れたタオルケットを胸のあたりまで引き上げる。 狭い車内。 サンルーフを見上げるように真上を向いて横になれば、狭すぎるシートは計らずとも二人を不必要に密着させ、肩を触れ合わせてしまう。 それがどうにも、落ち着かなくて。 結果として、窓側へと身体を捻り、互いに背中を向けて眠ることになるのだが。 数時間前と同じような体勢になり、銀次が"うーん、やっぱり何か寝苦しいような"と眉間を寄せ、もぞもぞとシートの上で身体の位置を変える。 確かにスバルのシートは固く、寝心地としては決して良くはないが、別段それが気に入らないわけじゃない。 ふわふわの柔らかいベッドなどに比べれば、断然こちらの方が好ましい。 ということはつまり、この寝苦しさはシートの固さのせいでも狭さのせいでもないはずなのだ。 と、すると。 「あ、そうか」 ふいにそう呟き、銀次がくるりと蛮の方へ身体を反転させた。 そして、目前にきた蛮の後頭部を見つめ、笑みを浮かべる、 「んだよ?」 不審そうな声。 銀次が、にっこりとそれに返す。 「寝苦しかったの、何でかワカった」 「何だ、いきなり」 それを気配で感じて、いかにも振り返りたげな素振りの蛮に、銀次がくすっと笑い肩を竦める。 そして、やっとすっきりしたーというような口調で言った。 「オレ、美堂君のことが気になってたんだ」 唐突な言葉に、瞑っていた蛮の目が勢いよく開いた。 「は!?」 構わず、銀次が蛮の背に続けて言う。 「もう寝たかなー、とか、オレがもぞもぞしてるせいで、もしかして眠れなくて怒ってるのかなーとか。男とこんな狭いトコにいんのって、本当は嫌なんじゃないのかなあとか」 「あ? 何言ってやがる?」 「背中向け合ってるから、相手がどんな顔してるかわからなくて、勝手に考えてぐるぐるしちゃうんだよね」 「……だから何だよ」 「コッチ向いて。オレの方」 「ああ!?」 「顔見えてたら、気にならないから」 「ばっ…!」 「今どんな顔してるかなぁって、思わなくてすむでしょ。あ、でも今。美堂君、きっと思いっきり困ったーって顔してる」 「べ、別にオレはだなぁ…!」 「あ、図星?」 「―テメエ…!」 反論しようと振り向きざまに怒鳴りかけ、蛮が目前にきた銀次の笑顔にぎょっとなる。 それでも一旦勢いづいて反転した身体を、元に戻すのもなんだか癪に障り――。 「痛ぁっ! なんでいきなり殴るんだよ〜!」 「ケッ! 泣きべそカミナリ小僧の分際で、生意気なんだよ。ばーか!」 噛みつくように目前で怒鳴られ、銀次が思わずきょとんとなる。 …蛮のこう言う所は、意外にも自分より子供っぽいかもしれない。 何でもムキになりやすいところとか。 銀次がそんな風に、胸の内でそっとこぼして、クス…と笑う。 痛いなぁ、もう〜と殴られた頭を撫でつつも、なんだかその顔は妙に嬉しそうだ。 一瞬で毒気を抜かれてしまいそうなそれに、蛮が心持ち頬を染めて視線を逸らせる。 街灯から離れた位置に停車しているせいで、車内は暗い。 相手の表情ぐらいは見えても、顔色まではわからない。 内心で、そのことにほっとする。 それにしても。 どうやら、自分はこの顔に弱いらしい。 舌打ちは、既に星の数ほど。 やれやれ、こん畜生。 まったくどうかしている。 まったく、コイツを出会ってから。 いったい、オレはどうしちまったんだか。 「あぁ、もういいから、とっと寝ろ。泣き虫小僧」 「むっ! 言っとくけどね、別にいつも泣きべそかいてるワケじゃないから!」 「ったりめーだ! んなべそっかきで、GetBackrersのナンバー2が務まるかよ!」 「ああっ、それってもう決定なの!? 美堂君がナンバー1って!」 「おうよ、決まってるだろうが! 実力、貫禄ともにこのオレ様がリーダーよ! テメエは下僕」 「げ、下僕ってねぇ!」 「あーもう、うるせえ! 寝ろっつってるだろうが!」 「だって、美堂君が!」 横でぎゃんぎゃん喚く銀次に辟易としつつ。 とりあえず、それだけ喚く元気が出たのなら、良しということだなと蛮が思う。 そして、もうとっとと寝入ってしまおうと、再び銀次に背中を向けようとして。 蛮は、ふと―。 気になっていたことを思い出した。 「おい、それよりよ。カミナリ小僧」 「えっ?」 「お前。いいのか?」 「な、何が…?」 突如、神妙な声音になった蛮に、銀次の方も喚いていた声のトーンを落とし、少し真剣な面もちになる。 「このまま、誤解されたまんまでよ」 静かに言われ、ぴくりと銀次が僅かに瞳を見開いた。 「美堂、君…」 だけども。 すぐにそれを穏やかな表情に戻し、こくんと頷く。 「…うん。いい」 「つってもよ」 「美堂君がワカってくれたから、それでいい」 蛮が、その答えに思わず瞠目する。 「…お前なぁ…」 いっそ殺し文句かというような台詞を吐いて、銀次がまたにっこりとした。 「それだけで、充分うれしかった」 「……アホ」 「うん…」 ったく。どうせ、これも無自覚なんだろう。 それだけにタチが悪ぃぜと、蛮が心中でこぼす。 まったく。 いったいこんな調子で、どれだけの輩を、その足下に傅かせてきた事やら。 コイツが命掛けで下層階を守ろうとした、そのカナシイまでの決意には及ばないまでも、それでもコイツのことも、また命がけで守ろうしたヤツらがいる。たぶん。 あのオンナみてーなヤツも、きっとそのご同類だ。 その事になぜか強い苛立ちを覚えつつも、蛮が思う。 「まあ、いい」 「ん?」 「くだらねぇ事をこれ以上、無い脳ミソでぐちゃぐちゃ考えやがるな」 「無い脳ミソっていうのは、ヒドイけど」 「本当の事だろうが」 「…ちぇ」 否定でも肯定でもない、ささやかな舌打ちがそれに答える。 まだまだスレても慣れてもなくて、蛮にとっては微笑ましいようなものだが。 「けど。オレさ」 「あ?」 「今まで自分の事、よく知らなかったんだなあって、それだけはワカった」 「何が?」 「こんなに、我が儘で傲慢だったって…」 ふいに呟くように言って、銀次が少しだけ遠い目をする。 フロントガラスの向こうに見える、黒く巨大な影。 皆を捨てても、あそこを離れても、誰に何と咎められても、自分の意志を通したいと初めて思った。 その事自体に後悔は無いが、そうしてきた自分を責める気持ちは、たぶんずっとこのまま捨てることは出来ないだろう。 仕方ない。 戒めだと思う。 それがわかっていて尚、自分は美堂蛮を求めたのだから。 蛮がその思いつめたような横顔をちらりと見、それから肩で一つ息をつくと言った。 「オレは知ってるぜ?」 「…えっ?」 「テメーが、なかなかに傲慢ちきで、その上見かけによらず強情っぱりで、とんでもなく根性が据わってるってよ」 「…それ、すごくけなしてる?」 「さあな」 「誉めてはないよね」 「どーだかよ」 「…もう。美堂君ってば」 少しふてくされたような口調でそう言って、銀次が唇を尖らせる。 そして、けれども、すぐに笑んだ。 もしかして、気遣ってくれたのかな?と、それに気づいたのだろう。 なんだか蛮のことなら、もう大抵の事はわかる気になっている自分が居る。 もう何年も、そうして一緒にいるかのように。 その顔を見つめ、蛮が静かに言う。 二人の距離が近いせいで、蛮が小声になるのが、何か耳の近くで囁かれているような気がして、銀次が内心でどきりとした。 「…なあ?」 「う、うん」 「眠れねぇ夜はよ。別に、無理に寝ようとなんざ、するこたぁねえぞ」 「え…?」 「こちとら、翌朝何時に出勤って、きっかりした営業時間を決めてるワケじゃねえんだからよ。一晩ぐれぇ寝なくったって、どうってこたぁねえ」 「…うん」 「夜が明けてから寝たって構やしねえし、朝からでも構わねえ」 「…うん」 「それによ。俺は別に、テメーのせいで眠れねぇで腹が立ちゃあテメエに怒鳴るし、男とこんな狭いトコにいんのがうっとおしくなりゃあ、とっとと出てく。そうしねぇのは―。そうじゃねえってことだ。わかるか?」 「え、うん…」 「――つまり、その」 「うん」 「話ぐれぇ聞いてやっから。つまんねーとこで気ぃ使うな」 「美堂、君…」 銀次が、その言葉に瞠目する。 蛮は、それを見つめ、そしてにやりと笑って言った。 「コンビだろうがよ?」 「――うん!」 最後の一言は、銀次の心の奥に、しっとりと染み込むようにやさしく響いた。 そんな風に思われていたことが、信じられない。 だけども、蛮のこういう言葉に偽りはないということも。 口が悪くて、ぶっきらぼうで無器用で、それでも本当は誰よりも優しいということも。 まだ一緒にいるようになって僅かだけど。 銀次は、もう、それを知っているから。 だから。 「ありがとう…」 またこぼれそうになる涙を堪え、銀次が蛮の肩口に額を寄せる。 まるで甘えるように。 「って。お、おいコラ…! だからって、くっつくなっての!」 蛮が、目前に来た金色の頭に、再びぎょっと焦って怒鳴る。 が、銀次は、それでも自分からはどうしても離れたくなくて、せめて蛮に引き剥がされるまではそうしていようと、さらに額を擦り付けるように密着した。 「おい!っつってんのが聞こえねーのか?! オラ暑苦しいっ、離れろ!」 「やだ」 「はあ!? あのなぁ、テメエ」 「離れろっていうんなら、美堂君が自分でひっぺがせばいいじゃん」 「んだとぉ!?」 「チカラづくでも」 挑発的に言って、それとは逆に、まるで離さないでというように、蛮の服の脇あたりをぎゅっと掴む。 「…おい?」 「…そうしたら、いいじゃん…」 声は少し切なげだ。 そう言われて、じゃあ遠慮なくと無理矢理ひっぱがせるような相手なら、こっちも苦労はねぇよ―と、蛮が胸の内でぽつりと呟く。 「…ねえ」 「あ?」 「ねえ、もうちょっとこうしててよ」 「カミナリ小僧…?」 「なんか、安心するから」 「あ、安心って、よ」 「ね…?」 結局は強請られて、蛮は心中で特大の溜息を落とした。 どうも、こういうのだけは当分慣れられそうにない。 ストレートにぶつけられる想い、素直すぎる言葉。 くっつかれたり抱きつかれたりは、とにかく好き嫌いの問題以上に、慣れないから対処に困る。 かと言って、離れろと、それを振り解くほどには不快じゃない。 まぁ、相手が他の誰かなら、また違うのかもしれないが。 他ならぬ。コイツだから。 「ったく、よー」 頬をくすぐる金色のくせっ毛からは、妙に甘い香りがした。 それをもっと引き寄せ、さっきみたいに、またそっと撫でてやりたい衝動にかられる。 ヤバイ、と理由もなく、頭の隅で警鐘が鳴り響いた。 いや、もう既に手遅れか。 こんな狭い車中で、シートを倒して、まるで寄り添うようにくっついているなどと(しかも男同士で)、それだけでもう正気の沙汰じゃない気がする。 ――それでも、いつか。 これが、日常になってしまう時が来るのだろうか。 こうやって、寄り添って眠るのが、ごく当たり前の日常。 それも、そう遠くはない未来で。 って。 おいおい、冗談じゃねえぞ。 心の中で自分にツッコミを入れ、蛮がフ…と静かに笑みを漏らす。 まぁ、それも。 別に悪くはねえけど。 「おら、いい加減寝るぞ、カミナリ小僧」 自分の肩に頬を寄せ、じっと身じろぎもせずにいる銀次に、蛮が言う。 さすがにもう眠くなってきたか?と、そう思ったのだろう。 が、その言葉に返ってきたのは、さも意外そうな声だった。 「え。寝るんだ?」 「…あ?」 「話聞いてくれるんじゃなかったの?」 「あぁ?!」 「そう言ったじゃない、今さっき。無理に寝なくていいって」 「いや、言ったがよ。今日は眠らせろ。オレは眠ぃぞ!」 「オレ、眠くないもん! ねえ、話しよーよ。美堂君」 「テメーと今すぐ話すことなんぞねえ!」 「えー、けち。じゃ、オレの話、聞いてくれるだけでいいからさー。ねえねえ!」 服の袖口を掴んで揺すられ、まるでこれじゃあ母親にお菓子を強請るガキじゃねえかと、蛮がぴくりと眉間をひきつらせる。 まったく、コイツは――。 「うっるせえ、チョーシに乗んな! このカミナリ小僧が!」 「もうっ! だから、オレはカミナリ小僧じゃなくて、天野銀次だってば!!」 そうして、そんな風に。 二人の距離が急速に縮まった、そんな夜。 (実際の距離でも、心の距離も) 空にあった半月が羨ましげにそれを見下ろし、自らも半身を探しに行くかのように西の空に消える頃。 二人は、この世に生を受けてからたぶん一番、深くて安らかな、幸福な眠りの中にいた――。 「――でさぁ。あん時さ」 「どん時よ?」 「ん? だから、あん時だってば」 「わかんねぇよ」 「えー! もう、ワカってるくせに。蛮ちゃんってば!」 「"あん時"だけでわかるかよ。バーカ!」 「嘘だー。絶対ワカってるっ」 「…テメエなぁ。何だってぇの、その自信満々な態度は!」 倒されたスバルのシートに、二人して寝転がって、薄汚れたタオルケットを胸まで被って。 いつのまにか大人びた男の顔になった蛮が、サイドシートの銀次に怒鳴る。 もう、目の前にいるんだから、怒鳴らなくても聞こえるのにーと、笑い返す銀次は、いつのまにか少し大人びて、なのにそれに反比例して無邪気さは増したような。 そんなすっかりやわらかくなった表情で、笑顔全開で蛮に答える。 「とにかくさ! あん時蛮ちゃんが買ってくれたコーヒー、あったかくて、すごい嬉しかったんだよねー」 「コーヒーだぁ?」 「そ。あ、でも、何で夏なのに、あったかいコーヒーだったんだろ?」 「あぁ。そりゃあよ。落ち込んでるバカにゃ、冷てぇのよか、ホットのが頭の血の巡りがよくなりそうだからよ」 「あ、なるほど。ふぅん、そういうもん?」 「ああ」 蛮の答えにふうんと頷き、それから、さらに締まりのない顔で、えへへ〜と鼻の下を擦って笑った。 「…んだよ」 「ううん!」 「な〜んだよ! ヒトの顔見て、へらへら笑いやがって、気色悪ぃ!」 「おわっ! 蛮ちゃん、何いきなりっ! 痛い痛いいたい〜〜っ! 」 「はっきり言えってんだよ! 一人意味ありげにほくそ笑んでやがんじゃねえ!」 「んあっ、だから、こめかみ痛い〜〜っ! やめて蛮ちゃんっ! 言うから、言うからっ!」 「おう!」 両の拳でぐりぐりやられて、じんじんするこめかみを両手で撫でつつ、ぼそり、と銀次が言う。 「だから、その…。"あん時"だけで、やっぱ通じてるんだなあって――」 蛮の顔が、いきなりバツの悪そうなそれになった。 そういうところは、昔とそう変わっていないかもしれない。 銀次が思い、胸の内でふふっと笑う。 「うるせー。そりゃ、こんだけ四六時中一緒にいりゃ、テメーの考えてることくらいワカるっての!」 「…うん、ナルホド。そっだね!」 そればっかりじゃないでしょと言いたげな瞳を、なんだよとギロリと睨み付け、素知らぬ振りをして蛮が返す。 「だいたい。ありんこみてーなテメエの脳味噌じゃ、考えることなんざ、たかが知れてるしよ」 「むっ。ありんこはないでしょ。失礼だなぁ」 「あー、そりゃ確かに失礼だわな。ありんこに」 「ああっ! ひどいなあもう、蛮ちゃんってば!」 ぶうとむくれる頬に、蛮がくくっと笑いを漏らす。 それにあったいう間につられて顔を綻ばせ、銀次が満面の笑みで言った。 「でもさ。コンビ組みたての頃の思い出としては、ベスト3に入るくらいに嬉しかったよオレ!」 「は? ベスト3だ?」 「うん! 一番目はさ。もちろん、蛮ちゃんが初めてオレのこと"銀次"って呼んでくれた時!」 「……へぇ」 「でー、二番目はねえ。やっぱあの時かな。不動に肩ざっくりやられて、もう駄目かって思った時。蛮ちゃんがオレと不動の間に飛び出してくれて」 「あー。あの頃はオメー、今以上にムボウだったからな。しかも、自信過剰で生意気で」 「けど。蛮ちゃんの背中にかばわれて。なんかくすぐったかった。オレ、雷帝って呼ばれるようになってから、誰かに庇われた事とかなかったから。…あの時は驚いただけだったけど。後から、何かひしひしと嬉しくて! あぁ、オレ。もう、あんま頑張らなくていいんだぁって」 「ああ?」 「あ、言い方おかしかった? でもナンバー2って、あの頃のオレにはさ。すんごく居心地のいい場所だったんだよね。オレが倒れても、ちゃんとそれをフォローして、後は任せろ!って頑張って戦ってくれる人がいるんだぁって。だから、自分の身を守るのに精一杯でも、それでも大丈夫なんだって。…なんか、当たり前のことかもしんないけど…。すごくほっとした」 「……そっか」 「ん!」 蛮の手が伸び、銀次の髪を、まるで褒めてでもやるようにくしゃくしゃと撫でる。 銀次が、くすぐったそうに肩を窄め、へへっと笑った。 それを見つめる蛮の瞳が、包み込むような、やさしげなそれになる。 「さて、と。いい加減、寝るぞ。テメエも寝ろ」 「うん!」 頷くと同時に、銀次が身を寄せてくる。 「あぁ?! 暑苦しいからくっつくなっての!」 そう言いつつも、条件反射のように腕を差し出している自分に、蛮が苦笑する。 この腕を銀次の枕代わりに提供してやるようになって、いったいどのくらいが経っただろう。 「んー、だってさ。何か。安心するもんね、こうしてっと」 「……ったく。甘えったれめ」 「うん! へへっ」 銀次が、さもしあわせそうな顔で、蛮に頷き、その腕の中で目を閉じる。 実はつい先ほど、悪夢に魘され目を覚ましたなんてことが嘘のように。 こんな風に、互いに眠れない夜や、嫌な夢を見た後に。 月が、白んできた空に消え入るように薄っぺらく見えるそんな夜明けまで。 自販機で買ってきたコーヒーでも片手に、他愛もない話をして過ごす。 それが、いつのまにか二人の習慣のようになってしまった。 何気ない会話。 他愛ない話。 それでも、傍らに寄り添ってくれる体温が、悪い夢も怖い夢も全部癒して忘れさせてくれる。 ただ、それだけのことが、こんなにも嬉しくて。 これって。 いつからだったろう。 銀次が、蛮の肩でとろとろと眠りに落ちていきながら考える。 そして。 あぁ、やっぱり。と思い出した。 ホットコーヒーを買ってもらって、初めて蛮ちゃんの肩に凭れて泣いた夜。 あれが。 蛮ちゃんとオレとの間に流れる、新たな"刻"の最初だった。 蛮ちゃんとオレが、"そんな風に"はじまった夜だった――。 END ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ や、やっと終わりました…。 長らくお付き合いいただき、ありがとうございましたv まだ初々しいアーリーデイズな二人がかけて、大変楽しかったですv ちょっぴりナマイキな銀次っていうのが、また(笑) 蛮ちゃんとぽんぽんやり合っちゃう銀次を原作で読み返して、「うーん新鮮だ!v」としみじみ思いましたよ。 というわけで、一緒に楽しんでいただけましたでしょうか? よかったら感想など、ぜひぜひお聞かせくださいなv novelニモドル 6< |