そんなはじまりの夜 2



「ねえ」
「あ?」
「美堂君はさ、こういうの初めてじゃないの?」
「車で寝るのがってか?」
「うん、そう」
「初めてじゃねーよ。前に奪い屋やってた頃は、ターゲットを張り込むのに幾晩も車で寝たぜ。狭っ苦しいとこに3人でよお」
「寝られた?」
「…つーかよ、んな寝てもいられねーだろ。いつ飛び出してかなきゃなんねえか、わかんねぇんだし」
「あ、そうか。そうだよね」
「オメーは?」
「え? 何?」
「こういうの」
「あ、うん。…無限城の中で、車乗り回すバカはいなかったよ」
「は?」
「車、必要ないでしょ。あんな入り組んだとこ。まあ時々、外から車ごと突っ込んでくるヤツもいたけど」
「ギャングの特攻隊かよ?」
「何それ。裏社会の抗争やらトラブルやらに巻き込まれて、挙げ句に命を狙われて無限城に逃げ込んでくるんだよ。何も知らずに、とにかくあの中にさえ紛れ込んでしまえば、何とかなるんじゃないかってね」
「そこが最も危険な場所だとは、何も知りもしねえで―ってか?」
「そう」
「なるほどな」
「美堂君も、そうかと思った」
「は? オレが誰かから逃れて無限城に入ったってか?」
「そうじゃないって、すぐわかったけど」
「ったりめーだ」
「うん」

背中を向けたままでも、答える銀次の表情が少し綻んでいるのが感じられ、蛮もまた目元を緩ませる。
そして、ふと思い出し、肩越しに銀次を振り返って言った。

「じゃあ、オメー。車乗るのも、もしかして初めてか?」
蛮の言葉に、やわらいだ空気がぴくりと瞬時に剣呑としたものになった。
少々、ムッとした声色で銀次が返す。

「…悪い?」

「……へえ、それで、お前…」


やおら、くっと吹き出し、また背中を向けて笑い出した蛮に、今度は銀次の方が上体を起こして蛮を振り返る。


「なんだよ! 何、笑ってるんだよ! ちょっと、美堂君!!」
「ぶはははは……!」
「あのねえ。感じ悪いよ、ちょっと!」
「そーれで、オメー、サイドシートで窓にしがみついて、カチンコチンに固まってやがったんだな〜!」
「な…!」

思わずカッと真っ赤になるが、まあ事実そうなのだから、仕方がない。
車なんて初めて乗る上、道路には当たり前のことだが他にも車がいっぱいで。
蛮が機嫌よく派手にハンドルを切るたびに、実は隣で「ひゃあ〜!」となっていたのだが、それを気取られてからかわれるくらいならと、努めて冷静を装っていたのだ。
まあそれも、これで徒労に終わったが。

くっくっといつまでも笑っている蛮に、銀次がさすがに憮然とした顔になる。

「ちょっと、しつこいんだけど! 美堂君!」
「はは… ったく! オメー、マジで馬鹿だな!」
「あぁ! またバカって言ったな〜!」
「だってよぉ、バカなんだからしょうがねえだろが!」
「しようがなくないよ! もう! バカバカ言うな!」
「バカに、バカっつって何が悪いよ!」
「馬鹿はソッチでしょ! バカにバカって言われたくないね!」
「ああ?! 誰がバカだとぉ!? もういっぺん言ってみろっての、この!」
「何度でも言ってやるよーだ! ばーかばーか!」
「んなろー! カミナリ出しすぎて、頭の回路ショートしてる野郎が、えっらそうに!」
「な…! みどぉおく〜〜ん! あのねえ!」
「その美堂ォオってのヤメロ。やなヤツ思い出すからよ!」
「はあ? 何言ってんのもう! ああ、まったく。馬鹿につける薬はないっていうけど、ホントだよね!」


言い捨て、銀次がサイドシートのドアをいきなりに開いた。
そして、そのままするりと身を滑らせるようにして、スバルを降りる。
その音に、蛮が少々驚いたようにそれを振り返った。

「あ? おい、どこ行くんだよ!」
「知らない」
「知らねぇって。おい、カミナリ小僧!」
「天野銀次!!」

答えとともに、バン!とスバルのドアが閉じられ、蛮が思わず呆けたような顔になる。
それでも、車を降りて公園内をズンズン歩いていく完全にふてくされた背中に、噛み締めるように笑いが漏れた。

結構、ガキだな。あのヤロー。
よくあんなで、『雷帝』とやらが務まってたぜ。

思い、ほくそ笑む。

しかしま。可愛いもんじゃねえか? なかなかによ。




本当にケツの青いガキで、正真正銘のバカだったら、こんな喧嘩も出来ねえからなあ。
蛮が思う。
だけども、それをからかって面白がっているあたり、自分もヤツと同じで大概ガキなのかもしれないが。


まーいい。
すぐに帰ってくるさ。
ったく、あンのバカ。


蛮は、夜の公園に消えていった銀次を思いつつも、特にすぐにそれを追い掛けるでもなく、煙草を求めてポケットをさぐる。
そして、箱から一本を指に取り出すと、シートの傾きを少々直し、両足をハンドルの上へと投げ上げた。
ジッポが開かれ、マルボロの先に火が点る。
そして、煙をぼんやりとくゆらせながら、ぼそりと低く呟いた。



「けどまあ…。そういうバカだから、いいのかもしんねぇけど」






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