「オイシイ生活」
3
おなかいっぱいになって、ビールも飲んだりしたもんだから、なんかオレは早々と眠くなっちゃって。 でもまあ、まだ寝るにはまだまだ早い時間だし。 夜8時。こんな時間、小学生だって寝てないよ。
ご飯の後片付けも終わって(ってほど、何にもないけど)、オレはなんとなく手持ち無沙汰で、窓際の壁にもたれて足を投げ出して、片手で文庫本を開いている蛮ちゃんを、テーブルの上に頬杖をついて見つめます。
お風呂入ろうかなあ。 でも、今入ったら、絶対お湯の中で寝ちゃいそうだし。 あ、そうそう。 ご飯の後はとにかくお風呂だーってことで、お風呂の準備はもうしてあるんですよ。
”自分ンちのお風呂”というのにかなりわくわくしつつ。
だって、ほら。 無限城出てからすぐに転がり込んだ蛮ちゃんのアパートは、もうとんでもなくオンボロでねえ。 お風呂なんて、当然のようになかったし。 台所で髪の毛洗ったり、身体拭いたりしてたんですよ。 お金ある時は、銭湯行ったりもしたけどね。 すぐに『オメーはもう行くな!』って禁止されちゃったし。 蛮ちゃんは、いろいろ恥ずかしかったみたいです。 だってオレ、銭湯なんて初めてだったし。 泳いじゃダメって知らなかったもん。 でも銭湯出て、まだ乾いてない髪のまま、蛮ちゃんと夜の道を肩をならべて歩くのはとても好きでした。 怒らせちゃったなあって、ちょっと気まずいまま、だんだん遅れて歩いてるとね。 いきなり足止めて、バツが悪そうにオレを振り返って、 『オラ、とっとと来いや!』 って、腕、ひっぱってくれてね。 またプイッって怒ったみたいに前を向いて、早足に歩き出すんだけど。 その向けられた背中が、なんかやさしくて。 掴まれた腕はちょっと痛かったけど、そこからじんわりと胸の中にまであったかいものが広がってくのがわかって。 湯上りのほこほこの身体が、ちょっと熱く感じた。 夜風にさらさら流れる蛮ちゃんの黒い髪を眺めながら、オレ…。
オレを無限城からひっぱりだしてくれたのが、この人で本当によかった―― って、しみじみそう思ったんだ。
え? 惚気てる? 惚気てないよ。 だって、本当のことだもん。
「オメーなあ…。ヒトの顔じっと見てニタニタしてんじゃねえよ。不気味だろうが」
あれ?
本見てるんじゃなかったの?
なんで、オレの方見ないで、オレがどんな顔してんのかわかんの?
「むっ、失礼だなあ。それよっか蛮ちゃん。さっきから本ばっか読んじゃってさー」 「ああ、コレか。結構面白れぇぜ?
読めたら、オメーにも貸してやらぁ」 「ええっ、いいよー。だって、それ、わかんない漢字いっぱいだもん」 「つって読まねぇと、いつまでも脳ミソ、からっぽのまんまだぜ?」 「うー」 ヒドイなあ、いくら何でも空っぽってほどじゃないと思うんだけど…。 でもそういう能力については、どうも実際からっきしダメで。覚えようと思っても、カラダが拒絶しちゃうんだよね。
蛮ちゃんはねー。活字中毒なんですよ。 公園で寝起きしてた時も、暇さえあったら、そこいらへんから本とか雑誌とか拾ってきて読んでたもん。 でもそのおかげで、オレの頭じゃ考えられないくらいの知識をいっぱい持ってるんだけど。
でもねえ。 せっかくの、新居での第一夜なのに。 テレビもないし、構ってもらえないオレとしては少々不服なのです。
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