DEAR MY JEWEL (後編)




ひとしきり泣いた後、波児に宥められてどうにか落ち着いた夏実の話で、オレはやっと話が見えた。


・・・・・なんで、そういうコトなら、早く言わねえ。
波児も知ってたなら、なんかフォローしたってよさそうなもんだ。
ったく。



「だから、一週間くらい前、銀ちゃんともうすぐバレンタインだよねーって話してたんです。そしたら銀ちゃんが、それって大好きなヒトにあげるんだったら、オレから蛮ちゃんにあげても変じゃないかなーって」

・・・そこで止めろ。夏実。
そりゃ、どう考えても変ってもんだろが。

「でも義理チョコっていうのもあるし、お父さんや兄弟とか、フツーのオトコの子のトモダチとか、そういうヒトにあげることもあるんだから、全然おかしくないですよーって言ったら、銀ちゃん、とっても嬉しそうに”そうなんだー”って」

夏実、いいか、よく考えろ。
オメーは、そこで大事な説明を一個抜かしてやがる。
しかも、一番大事なトコを!
「オンナから」、ってとこがよ!
例えば、父親がいくら義理チョコだからって、息子からチョコもらって嬉しいか?
幼児ならまだしも、高校生の息子とかからだったら、どうよ?
フツーのオトコ友達にフツーにオトコがチョコくれてやったら、どうよ?
普通、ひかねーか?


『オレも蛮ちゃんにあげたいなあ。チョコレート。いっつも、オレ、迷惑ばっかかけててさ。なんか、返せるもん何もなくて。感謝のしるしにとかでもいいんだよねー?』
『もちろんですよv あ、それなら、手作りチョコとかどうですか? 好きなカタチにできるし、チョコペンでメッセージとか書いたら、蛮さん喜ぶかもv』
『ええ、そんなこともできるの! ねえ、夏実ちゃん、ソレってオレにもできそう?』
『うん、簡単だから、大丈夫ですよ! じゃあ、本番に備えて明日から特訓しましょうー!』
『よーし、頼むね! 夏実ちゃん!』
『まっかしといてくださいv』


・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで、そうなっちまうんだ。
しかも、ただの「日頃のお世話」に対するお礼かよ。
そんなもんに苛立って、怒鳴りつけたオレは、なんか底なしに滑稽だ。
アホだ。

けど。



「オレ、蛮ちゃんが好きだよ!」


・・・じゃあ、あれは何だったんだ・・・?



しゃべるだけしゃべってすっきりしたらしい夏実は、カウンターの中に戻り、洗い物をし始めた。
猿回しや絃使いも、事情を訊くだけ訊くと、店から出て行きやがった。
大方、銀次の後を追っかけに行ったのだろう。
もと親衛隊つーだけはある。
波児は、オレが頼んだコーヒーを出すと、いつものように新聞を広げた。
なんだかオレ1人、することもなく行くとこもなく(本当はあるはずだが)、所在なげにカウンターでコーヒーを飲んでいる。
店は、相変わらず客もいねーし、静まり返って居心地が悪い。
いつもは、銀次のヤローが1人うるせえからなあ。
よく考えたら、オレはここに銀次をおいて、時々1人でぶらっと出かけたりするが、こうやって、オレがここにいんのにアイツがいねーことって、今まで滅多になかったんだな。

あまりに静かで、外を降る雨の音が店内にまでよく響いてきやがる。
まるで、オレを責めるかのように。
アイツが出ていった時にはまだ小降りだった雨が、今じゃすっかり本降りだ。
まあ、ガキじゃねーんだから、どっかで雨やどりぐれえはしてるだろう。
それに今頃、猿回しが得意の獣笛とやらで、鳥でも使ってとっくに銀次を探し出しているかもしれねえ。
いや、雨だから鳥は役にたたねーか。
雨に匂いを消されたら、鼻がきく動物も役立たずかよ。
いや、それでもどーにかするさ。
ネズミとかよ、他に何だっていやがるだろう。

だったら。
オレが、わざわざ出てっても、どうせ無駄足だしよ。


・・・・・・・って。

どーでもいいが、波児も夏実もあれきり何も言いやがらねーが、銀次のコトが心配じゃねーのか?
こんな雨降ってるしよ。
あれから何時間もたってるのによ。
なんで、オレに探しに行けとか、そーゆーコト言わねえんだ?


なんとなく、だんだん苛立ってきている自分に気がついた。
少しばかり嫌な予感に、胸の奥もざわついている。

まさかと思うが、
あいつに限ってそんなこた、あるわけねーが・・。
万が一にも・・。


――けど、まさか。

まさかもう。
帰ってこねえって、
そんなこたぁねえよ・・・な?


いや、そんなこと、あるわけない。
そのうち、戻ってきやがるさ。
別にわざわざ探しになんか、行かなくても、よ・・・。

思いつつ、カウンターの上に置かれたままになっていた、例の粉々になったチョコをちらっと見る。
ハート型の上にあった文字も、すっかりはがれて原型をとどめていなくて、さっぱり読めやしねえ。

・・・ひでえこと、しちまったな・・。

何げなく、小さなカケラを1つ摘んで口にほうり込むと、ほろ苦い味がした。

ブラックチョコか・・・。
アイツ、オレの好み、よく知ってたな。
ウィスキーでも飲みながら食うと、なかなか旨い。
コーヒーにも、割に合うか。
もう一かけらと手を伸ばしたところで、夏実が叫んだ。
「蛮さん! 食べちゃだめー!」
「お?」
「もうっ! 食べちゃだめです!」
「だ、だってよ。ソレ、オレのじゃ・・」
「それでも駄目です! 銀ちゃんのいないところで食べちゃ! ちゃんと目の前で食べて”おいしい”って言ってあげなくちゃ駄目なんです!」

・・・・・・・おいしいも何も、板チョコ溶かして、型に入れて固めただけじゃねーのか?
同じ味だっての。
つか、板チョコのままもらっても別に、その方がオレは食いやすいけどよ・・・。
てなことを言うと、厨房の包丁でも持ち出しかねないので、さすがに自重した。



それにしても・・・。
暗くなってきやがった。
遠くで雷の音がする。
まさか、アイツが呼んでいるわけでもねーだろが。


波児が、ぼそっと言った。
「こんな雨の日だったなあ。銀次のヤツが、初めてこの店にきたのは・・」

ああ。そういや、以前そんなこと言ってたな。

「冷たい雨に打たれたような、そんな、淋しそうな哀しそうな目してたな・・・ 淋しくて淋しくて、1人でいるのがつらくてたまらねえって、そんな顔だったぜ・・」

だから、何よ。

「今頃、どっかで雨に打たれながら、そんな顔してんじゃねえかって思ってな・・・」
「そうですよね・・。銀ちゃん、寂しがりやだし・・」
「行ってやらなくて、いいのか? 蛮」
「そうですよー。きっと、蛮さんが探しにきてくれるの、どこかで待ってるんじゃないですか?」
「意地はってねえで・・・よ」


遅せえんだよ、テメーら。
なんで3時間も経ってから言うよ!
もっと早く言えってんだ!!



「しゃあねえなあ・・・。ったく、あのバカ」

そう言って、カッコつけて面倒そうに立ち上がり、店の扉をゆっくり開いて外に出て。
2,3歩歩き出してからのオレの行動は素早かった。
ほとんど、戦闘態勢の時と同じスピードで、人波をかき分けて走り、アイツの立ち寄りそうな場所に向かう。
そうたいして行くとこなんてねえはずだから、どうせすぐに見つかるさ、とそうタカをくくっていた。
いきつけの店なんて「HONKY TONK」以外にそうそうねえし、金なんか小銭くらいしかろくに持たせてねえ。
いざ、どこかに行くといっても、電車賃にもたんねーし、ほとんど金がかからずに雨やどりできるとこなんか限られてるから、見つけるのなんか造作もねえとそう思っていた。




なのに。

なんで、どっこにもいやがらねえ・・?










どこ行っちまったんだ?








――クソ、あのバカ!



どこだ?!
どこにいやがるんだ!?





余裕でいたのが嘘のように、オレは必死になっていた。
雨が降っているのもすっかり忘れて、バシャバシャと水たまりを蹴散らして、人の傘に視界を遮られるのに苛立ちながら、とにかく見慣れた姿を探し求める。

今日してやがったバンダナ、オレンジだったな。
目立つはずだ。
夜の人混みの中でさえ。

きっと見つかる。


大丈夫だ。


あいつが、まさか、
オレを離れて、
そんなに遠くへ行くはずがねえ・・・!





だが、想いと裏腹に、不安ばかりがでかくなる。



チョコをその手から払い落とされた時の、あの哀しそうな瞳が脳裏をよぎった。



まさか、あんなことで。
もう、本当に帰って来ねえなんて。




―――― そんなこと、ねえよな?





「銀次ー! 銀次ィィイィ――!!」

気がつけば走りながら、オレは、ヤツの名前を叫んでいた。












気がつけば、もう夜も深く、時計は午前0時を回っていた。
いくらなんでも、これだけ探していないとなれば・・・。

まさか。
もうこの街には、いねえってことか?

いや、それよりも、オレより先に猿回しやらが「HONKY TONK」を出やがったんだから、もうとっくに銀次を見つけて、無限城にでもかくまっていやがるのかもしれない。
そして、オレがこうやって、必死に探し回っている様を、どこかで笑って見てやがるのかもしれない。
だとしたら。
とんでもなく、滑稽な男だ。オレは。



「銀次・・・・・」


・・・・・・・・ちゃん


「・・・?」


小さく呼んだ名に、消え入りそうな声が微かに反応した。
「・・・・!」
思わずばっと振り返ったオレの視線の先に、無限城が真っ正面に見える歩道橋が映る。
その手すりに凭れる人影はない。
が。

オレは即座に走り出していた。
もどかしげに階段を駆け上がり、その上に立つ。
次の瞬間。
一気に、全身の力が抜けたような気がした。


歩道橋の真ん中あたりに、手すりに背中を預けるようにして、丸く膝を抱えて蹲っているバカがいた。
顔を、立てた膝の上に伏せているため、表情はわからない。
眠っているのか?と思うほど、ぴくりとも身動きもしない。
それでも、ゆっくりと近づいていくと、その足音に一瞬その肩が強張り、それからすぐ力が抜けた。
近づいてくるのが、オレの気配だとわかったんだろう。
そばに立ち、見下ろす。
バンダナも服も、なにもかも濡れそぼって色が変わり、重そうだ。


どこ行ってやがったんだ、このバカ!
ずっとここにいたってわけじゃねえだろう。
ヒトを心配させやがって。
どんだけ、探したと思ってんだ!!


いや、言いたいことは、それよりも。


・・・・誤解しちまったんだ。
テメーは悪くねーんだ。
悪いのは、コッチだ。
だから、泣くな。
オレが。
オレが悪かったんだからよ・・・。

なのに。


ああもう!!
何だってんだ!
じれってぇんだよ・・・!
なんで、こういう時、何一つ言葉がでねえんだ、オレは!
さっさと謝って、オレが悪かった、おら帰んぞ、来い銀次!で、とっとと連れて帰りゃいいんじゃねーのか!?


なんで、何も言えねえんだ・・。


仕方なしに、フウとため息を肩でつき、銀次の隣にどっかと腰を下ろす。
歩道橋の上も、もちろん水びたしだ。
坐るにゃ適した場所でもねえが、ぼけっと立ってるのもアホみてーだし。

・・雨はいつのまにか、やんでいた。
よく考えてみれば、オレもすっかりびしょぬれで、髪はしなだれた状態になり、シャツも濡れて肌に張り付いている。
煙草でも吸いたいところだが、それも胸ポケットで水をたっぷりふくんでやがって。
どうせ、しけて、火などつきゃあしねえだろう。

夢中で、気がつかなかった。
テメエのことしか、頭になかったからよ。

思いつつ、何も言わず丸まったままのヤツをちらっと見る。
こういう時、相手がコイビトってぇのなら、そっと肩でも抱き寄せてキスの一つでもしてやるもんなんだろーが。
コイツは、相棒でダチで、タメとはいえ何か弟みてーなもんだし。
って、いやまあ、それも実は建前だが。
心の内ではそうじゃねえことぐれえ、オレは自分でもうとっくに気づいてる。
けど、テメエのこと大事にしたかったから、それを言うつもりは毛頭なかった。
ただ、そばにいて、オレの隣で笑ってくれてりゃそれでいいと。
本気で、そう思っていた。



「・・・・なあ、銀次」 「・・・ねえ、蛮ちゃん」

いい加減何か声をかけねーとと思っていた所へ、銀次も沈黙に堪えられなくなったのかオレを呼び、同時に名前が交差する。

「あ?」 「えっ?」

「あんだ?」 「何・・?」

「「・・・・・・・・・・・・・」」

今度は、相手の返事を待って、同時に口をつぐむ。
銀次がゆっくりと顔を上げ、オレを見るとくすっと笑った。
「何がおかしい」
「蛮ちゃん、頭」
「あ?」
「風邪ひいて元気のないウニみたいだね」
「あ゛あ゛?!」

言うにことかいて、何だ、そりゃあ!

「テメエなあ、ヒトがどんだけ心配して・・! この!この!」
「いででで!! 痛いよ、蛮ちゃん! 痛い〜!!」
銀次の首に腕を回して引き寄せ、両手の拳でこめかみあたりをいつものようにグリグリやって、ふと、その左側の頬が腫れていることに気づく。
「あ? テメエ、どしたよ?それ」
言われてはっとしたように手を当てて、その手のひらについた血に、銀次が苦笑いして言う。
「ちょっと殴られちゃって」
「誰に」
「ここの下歩いていた時にさ、コイビト同士でいちゃつきながら歩いていた高校生くらいの子が、前からきたちょっとヤバそうな兄ちゃんと肩ぶつかっちゃって。それに気づかずに行きかけたら、その兄ちゃん、浮かれてんじゃねえって、そのオトコの子の方を捕まえて襟首締め上げて殴ろうとしたから」
「代わりに殴られてやったってのか?」
「うん・・。だって、こんな日に目の前でコイビトが殴られたりしたら、女の子だってかわいそうでしょ」
「見せてみな」
肩から回した方の手で、銀次の顔をぐいと自分の方に向ける。
「ま、てーしたこたぁねーけど。スバル戻ったら薬ぬっとけ。・・・しかしまあ、相変わらずお人好しだな、オメーは」
「だって・・・。オレ、ちょうど哀しいついでだったし」
言って、少し淋しそうに笑う。


”哀しいついで”・・・か。
なるほど、目が真っ赤だ。
どんだけ泣いたか知らねえが。
そんな腫れぼったくなるまで、何も泣くこたねーだろうが。

いや、そんだけひでえコトをしたんだ。
お前に。オレが。

思いながら、頬に添えていた手をひっこめる。
その頬があまりに冷たくて凍えていて、ふれているのが切ないくらいだったから。


「蛮ちゃん・・」
「ん?」
「さっき、ごめんね・・」

・・・・・・・なんで、テメーがあやまるんだ?


「蛮ちゃんが怒ったの、なんでだろうって、ずっと考えてた。オレ、自分だけ舞い上がって、自分のキモチだけで、蛮ちゃんが勝手に喜んでくれるだろうって、そう思ってて・・・。オレ、蛮ちゃんのキモチとか、考えてなかった・・」
「・・・・・・・・・・・」
「ここでぼーっと雨の中、立ってたらね。女の子が傘くれるっていうんだ。でも、キミが濡れちゃうでしょうって断ったら、濡れたい気分だからいいのって。好きな男の子にチョコあげたんだけど受け取ってもらえなくて、フラれちゃったんだって。オレも、今ちょっと濡れてたい気分だからごめんねって、傘は返したんだけど・・。それでやっと、わかったんだ。・・・そっか、つまりオレって、蛮ちゃんにフラれたんだ・・・って」


オレは、その時、とっととこのバカを探しに出なかったことをつくづく後悔した。
1人で歩き回って、いろいろ考えて学習する事自体は悪かない。
だが、ほっとくと、それがどんどん突拍子もない考えに発展していく。
軌道修正してやるヤツが、たえずコイツには必要なんだ。


「あのなあ・・」
「ねえ、蛮ちゃん・・」
「・・・・・何だ」
「オレ、さ。今まで通り、蛮ちゃんのそばにいちゃ、駄目・・かな」
「・・・あ?」
「どうしても駄目だったら、仕方がないけど・・」
「・・・何、言ってんだ・・?」
見上げてくる目が、哀しそうに潤んで揺れる。
「でも・・。オレ、蛮ちゃんに嫌われたら、行くとこないもん・・」
潤んだ瞳から、ぽろりと一筋涙が冷たい頬を伝う。
「オレのこと、そうゆう風に好きじゃなくていいから。もう、あんなコト。絶対にいわないって誓うから・・。そばに、おいといてよ・・」
「銀次・・・」
「もっと、相棒として、強くなれるように頑張るから。蛮ちゃんの足、ひっぱったりしないように・・・・ 本当に、絶対、頑張るから・・・。ねえ、蛮ちゃん・・・・ オレ、蛮ちゃんのそばに・・・いたいよ・・・・・・・ずっと、蛮ちゃんのそばから・・・・離れたくない・・よ・・・ぉ・・・・!」
最後の方は、歯を食いしばるように絞り出すように言って、またさっきみたいに膝を抱えて泣きじゃくる。


そんなこと、テメエ、ずっと考えてたのか?
無限城の見える、この歩道橋で。
帰るとこもなく、行くあてもなく。
冷たい雨にうたれながら、
凍えた身体を抱きしめるようにして蹲って。
頼りない肩をして、
1人で、
そんなつらいこと、考えてたのかよ・・?


「・・・・頑張るこた、ねーよ」
苦しげに言ったオレの言葉に顔を上げて、頼りない視線をオレに向ける。
「どうして・・」
頑張っても、駄目なの?
努力しても、もう駄目ってことなの?
その目は、そう言っている。
また、自分は拒絶されたのかと。
絶望的な色をして・・。


「ばかやろ・・っ!」
考えるより早く、オレは銀次を両腕に抱きしめていた。
氷みてえに冷たい身体だ。
畜生・・!
胸の奥が疼いて、どうしようもない。
愛しさに、息が出来ないくらい、どうしようもなく、コイツが愛しい。


「・・んで、テメエはそんなに大馬鹿なんだよ!」
怒鳴るように言われて、オレの腕の中で銀次の身体がびくっとはねる。
怖がらせるつもりはないが、胸の中を駆けめぐる強い感情に、声が自分で押さえられない。
「テメエは、馬鹿なんだからよ、いちいちつまんねえこと、1人で考えるんじゃねえ! オレの気持ちなんぞ、いくら1人で考えたって、テメエにわかりっこねえだろう!?」
「・・・・・うん・・・・」
「わかんねーことは、いつもちゃんとオレに訊けっつってんだろーが! 1人で勝手に思い悩むな! 1人で何もかも、勝手に抱え込むんじゃねえ・・・!」
「蛮ちゃん・・?」
怒鳴るだけ怒鳴って、一息つく。

ちがう、こんなことが言いたいんじゃねえ。



今、一番言わなきゃなんねーことは。
―― 一つきりだ。









「オレは、テメエが好きだぜ。銀次」





「・・・・・・・・・・・えっ」



「オレは、言葉とかモノとかで、気持ちを言うのは好きじゃねえ。そんなものに変えてくうちに、嘘っぽくなってくのが嫌えだから。言葉やモノは平気でヒトを裏切っていくからよ・・・ オレは今まで生きてきて、それを身をもって知っている。だから、こんなことはもう二度と口にしねえ」


「だから、この先、オレを信じるか信じねえかはテメエ次第だ。こっから先は、テメエが決めろ」


「オレは、どっこも行かねーし、テメエを離す気もねえ」


驚いた顔のまま、じっと真っ直ぐ見つめてくる銀次の瞳が少しずつ、少しずつ細められていく。
ばんちゃん、と唇が動くのに、声にならない。
その冷たい頬を両手の中に包み込んで、やさしく笑ってやると、途端にコドモのような泣き顔になった。

「蛮ちゃん、蛮ちゃん・・! オレも、蛮ちゃんが好きだよ・・! ずっとずっとそばにいるよ、ずっと、蛮ちゃんが、大好きだよ・・! どっこも行かない・・!!」
「おうよ・・」
答えながら、強く銀次の身体を抱きしめる。
堰を切ったように嗚咽に震える身体を腕に抱くと、銀次の手がオレにしがみつくように、ぎゅっと背中でシャツを掴む。
濡れた銀次の前髪が、頬にあたってくすぐってえ。
雨に濡れそぼった身体は冷たかったが、抱きしめているうちに、合わさったところからだんだんと暖かくなった。


そっか・・。
二人でいるってことは、こういうことなのかと、
頭の隅で、そう思った。
冷たい身体も1コだけじゃ冷たいままだがよ、
2コありゃあ、こんな風に、あったかくなることもできるんだ。

簡単な、ことだったな・・。


思いながら、銀次の肩にそっと両手をかけて、少しだけオレの身体から剥がすようにする。
まだ、くっついていたいよ?という瞳に笑いがこみ上げそうになるが。
それをさりげなくシカトして、細い顎に指をかけた。
上向かされて、不思議そうな顔をしている銀次の、なに・・?と動く唇に、ゆっくりと唇を近づけていく。
一瞬だけ、自分の唇に銀次のひどくやわらかな唇の感触と温度を感じ、それからフッと小さく吹き出した。


「目ぇ閉じろ、ボケ・・」


低く言われて、ばっと真っ赤になって慌てて目をぎゅっと閉じやがる。
そんなに、顔に力いれなくてもいいんだけどよ。



そして、もう一度。


ゆっくりとふれた唇からは、
その頬を伝って落ちてきた、ヤツの涙の少ししょっぱい味がした――
















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